63話 オーバーヒート
——Day4 6月14日 アジト——
——カーンーと鳴り響く二つの木刀は、一瞬拮抗するがすぐに己の方へ倒れてくる。
押し返そうとし、足の踏ん張りを利かせ、猪突猛進とばかりに大きく踏みを入れようとする。
しかし、相手はそれを読み切っており、ひらりと躱す。
勢い余った体を踏みとどませられるほど優秀な足はまだない。
冷たいコンクリートにつんのめるように倒れ込み、握られていた木刀を前へ離してしまった。
「痛ってぇ……」
瑞穂は師匠の澪に稽古をつけてもらっていた。
神無月町のアジトは、年季の入った中古マンションを改装したものだった。
烈火と透花が購入し、内部をフルリノベーションしたという。
000号室は二人の部屋であり、作戦会議や資料保管も行われる“司令室”。
瑞穂の部屋は201。
外部からの攻撃を防ぐための結界が長期的に張れない烈火たちは、四重の生体認証で守られているこのアジトが最後の砦だった。
その中でも最も大きなスペースが“稽古部屋”はもともとは地下駐車場だったのを魔改造したらしい。
全体を覆うように厚さ10mのコンクリート壁に囲まれ、最新の換気設備も導入されている。
まさに“訓練のためだけ”に作られた空間だ。
さらに、厚い防音扉の先には、筋トレ専用のマシンがずらりと並ぶトレーニングルームがある。
今も拓斗が一人、汗を流しているはずだ。
本日の調査も空振りに終わり、あとが無い瑞穂たちは鬱憤を晴らすかのように汗を流している。
この後、透花から大事な話があると言われており、限られた時間の中で少しでも前に進むように足を止めないようにしていた。
「甘すぎるよ、瑞穂。踏み込みがバレバレだ。そもそもが——」
息一つ上げていない澪は今の瑞穂の動きのダメ出しをただでさえ響くこの部屋に似合わない大きさの声でつらつらと話す。
「俺と澪とじゃあ実力が違いすぎるだろう。悔しいが今みたいに澪に本気を出されたら着いていけねぇ」
魔法使いとして覚醒してまだ一か月も経っていない新米魔法使いから見る師匠の壁は高すぎる。
「まだ1割も出してないけど?」
「……」
壁ではなく山なのかもしれない。
「畜生ーほぼ毎日筋トレして、修行もしてるのに差が全然縮まらねー」
座ろうと思ったが馬鹿馬鹿しくなり、バッタンと再びコンクリートの床に倒れ込む。
白色で統一された室内は蛍光灯の光を強く反射させる。
明るすぎて一度目を細めると微かに見える垂れ下がる黒髪。
「そんなこと言ってたら透花さん相手にするともっと悲しくなるよ?あの人の強さは別格だから」
薄目で見る澪のポニーテールはひょこひょこと跳ねており、髪の毛が話しているようだった。
瑞穂も透花の強さの片理は何度か見たことがある。
実際、一昨日も怪物の攻撃を一切受けず、手を振り上げただけで跡形もなく消し去っていた。
瑞穂にはそんな芸当は絶対にできない。
「そんなの分かってるつーの」
上を見上げれば眩しすぎるほどの才能を持っている魔法使いたちがゴロゴロいる。
「でも、強くならなかったら誰も守れない……」
「その通りだよ瑞穂」
澪の手を借り、瑞穂は立ち上がる。
そして少し離れたころに転がっている木刀を拾い上げた。
「瑞穂の魔法の色属性は深紅色だね。本当に瑞穂らしい色だと思うよ。力に長ける傾向が強い色だ。でも——」
魔法はその人の性格や特徴が色濃く反映され、色として発現する。
その色属性にも得意不得意がある。
瑞穂の深紅色は基本能力が高くなりやすい色である。
しかし得意な面ばかり見ていると足元をすくわれるのがオチだ。
「ピーキー過ぎるんだ。出力に体が全然追い付いていけてないよ。オーバーヒートになる典型例だ」
【オーバーヒート】
魔力を放出する時に起きる熱の処理が間に合わない時に起きる現象であり、オーバーヒートになると魔力を使うことが著しく制限される。
それが限度を超えると怪物化が起きる。
オーバーヒートには段階がある。
①動けるが魔力はほぼ使えない。
②動けなくなる。
③意識喪失。
④怪物化。
普通は1段階目で強制的に魔法が使えなくなるので、3段階目にすら到達しないし、4段階目である怪物化は外部からの何かしらの干渉がないとならない。
その干渉があったのが指示役のカラスのヒナに起きた怪物化だ。
そしてオーバーヒートになる要因である熱を抑制する三つの能力がある。
それらを総称して【熱管理能力】と呼ぶ。
【熱管理能力】
①抑熱性能——魔力消費の時の起きる熱を抑制する。
②放熱性能——溜まった熱を逃がす。
③耐熱性能——熱にどれだけ耐えられるか。
これら三つの要素が相互作用し合ってオーバーヒートにならないように戦うのが基本戦術だ。
魔力消費量に比例して発熱量も上がるので、大技を使うのは高リスクなる。
それらは修行などで成長するが、瑞穂の色属性——深紅色は実力以上の力を出せるがそれに見合うほどの【熱管理能力】がない。
「あぁ、自分でも分かってるつもりだ。三角ビルで詠唱魔法の紅玉赫焉斬を使った。その一発だけでオーバーヒートになりかけやがった……」
あの時の感覚は熱で自分体が急激に重くなる感じだった。
力量以上の魔法を使える力を秘めている一方、リスクも尋常じゃない。
「まぁ、瑞穂の場合は得意不得意の前の段階だけどね。ひよっこ過ぎるから傾向もくそもないって言うか……」
さらっと酷いことを言う師匠は指を立てる。
「とりあえず覚えてほしいのは“オーバーヒートになるなってこと“細かいのは璃乃たちも含めた時にまたするよ」
「了解だ。さぁ続きと行こうか!!」
——カーンーと再び鳴り響く二つの木刀は、強くなるために己をいじめ続けた。




