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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第3部 脱獄犯編—『正義の魔法使いと小さな花束』
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59話 詠唱魔法

——18時40分 神無月町駅前——

 

「ハァ……ッハァ……結構ギリギリになっちゃたね。兄貴」

「あぁ、思ったより時間が掛かっちまった」

 

 道中、足元がぬかるんでいたりして想定より10分以上遅い到着となった瑞穂と拓斗。

 

「三角ビル……あれだ!本当に駅のすぐ近くにあるね」

 

 駅やビルのネオンと、微かに残る夕日が窓ガラスに反射している。

 19時前とは信じられないほど明るい光景が広がる。

 神無月町駅はそこそこ大型の駅であり、駅に直結しているビルも複数ある。

 軽い買い物だけであったら、ここだけで完結できる。

 一日買い物をしたい場合などは南側のショッピングモールへ向かう。

 それ以上を望むのであれば、中央地区の神無月中央駅が最善となる。

 

 時間帯もあり、スーツを着たサラリーマンなどが帰宅ラッシュで数分に一度大きな波を起こしている。

 その波は道しるべとして機能していた。

 再び訪れた人の波を横目に、比較的に新しい商業ビル——三角ビルの入口へ足を踏み入れる。

 

「7階か……念のためエレベーターは避けとくか」

 

 二つの自動ドアを抜けて、すぐにエレベーターホールが二人を出迎える。

 大きめのエレベーターが二台あり、その脇にはステップの広い階段があり、どうやら非常階段の役割も果たしているようだった。

 

「やっと息が整ったのにー階段かよー」

 

 隣で拓斗が文句を垂れているが、無視をする。

 数分で6階と7階の踊り場にたどり着き、そこにある7階のフロアマップを確認する。

 トイレは男女隣接している作り。位置は現在の瑞穂たちの反対方向と示されている。

 スマホで時刻を確認する。

 

「18時47分……行くか」

「おう!」

 

 己を鼓舞するかのように拓斗は威勢よく拳を翳す。

 三角ビルは9階建で、一フロアにテナントが3店舗程しか入らない細長いビルである。

 要するに2、3分歩けば端から端までたどり着けるということだ。

 かなりの人数が7階フロア内におり、辺りを見渡すも、怪しい人間は見当たらない。

 

「木曜日っていうのになんでこんなに人が多いんだ?」

 

 瑞穂は大股で歩き、不機嫌さを態度で示す。

 彼の隣で拓斗が天井に向かって「多分あれだよ」と指を差す。

 そこには“梅雨の大感謝30%セール!!“と書かれた吊り下げポップがぶら下がっていた。

 

「そういうことか……」

 

 梅雨に大感謝などしたくない。

 梅雨空にお似合いな湿っぽいため息を「はぁ」と漏らし男子トイレの前へたどり着いた。

 迷うことなくトイレ内へ入り、全体を見渡す。

 

 個室トイレが3個、小便器が4個。洗面台が3個とビルの大きさからしては随分とスペースを使った設計。

 他に客はいないようだ。

 

「ここで落ち合って、どこかで面接をするってことなのかな?」

「だったらわざわざトイレなんか中継しないで直接そこへ行けばいいじゃねぇか」

 

 やはり明らかに怪しい。ただの悪戯か、それとも何か策略があるのか分からない。

 

「兄貴ートイレの外で待ってようよ」

 

 拓斗がトイレの出入口の方へ歩みを進めた瞬間——

 

——ドッカンッッーン!!

 

 巨大な爆音が耳を裂き、個室トイレから爆炎が吹き荒れる。

 

「何!?」

 

 それは序章に過ぎなかった。

 

 巨大な音と振動。天井が唸る。

 天井が崩壊した音だった。

 頭上から数えきれないほどのコンクリートの塊が降り注ぐ。

 大きなコンクリートの塊が瑞穂と拓斗の間に突き刺さるように落ち大壁を作る。

 土煙が舞い上がり、拓斗は炎の向こうに消えていく。

 

「——っ!!」

 耳の奥がキーンと鳴り続け、瑞穂は音のない世界へ突き落された。

 

——鼓膜をやれた!?

 

 トイレの出入口は2mを超える巨大なコンクリートで塞がれており、小さな隙間が見えるのみ。

 崩れた天井から炎が上へ上へと昇る。

 黒煙と土煙が絡み合い、双頭の蛇のようにうねる。


「——っ!!」

 何も聞き取れない。

 出入口の方を見ると、拓斗と思わる手が炎の渦の中から微かに見える。

 今の聴力ではコミュニケーションは取れそうにない。

 

「拓斗!!!どうやら耳がやられたらしい!!何も聞こえない!!俺は大丈夫だ!お前は一般人を避難させてくれ!!」

 

 自分の声が不気味に曲がりキーンという音と混ざり、吐き気を催す。

 視界まで歪み始め、燃え盛る炎が襲ってくるように見える。

 思わず膝を着き、えずきそうになる。

 

 崩れた天井を細めた目で睨む。

 そこには黒煙と土煙が混ざり合った、煤けた土色の煙と、隙間から微かに見える夜空の雲。

 炎が差し込み、数十分前の瑞穂の記憶を汚す。

 どうやら屋上から7階までの天井を壊し、瓦礫を瑞穂たちへ襲わせたのであろう。

 ということは、出口は一つ。

 上だ。

 

——一瞬だけだったら行ける!

 

 膝を着いた体勢から、足へ血と、魔力を巡らせる。

 

「行けっ!」

 

 瑞穂は炎が燃え上がる天井の穴に向かい高く跳び上がり、一気に8階へ上る。

 

「やはり8階もトイレなのか」

 

 8階へ飛び上った瑞穂はそのままトイレを出て、その光景に眉を顰める。

 

「これは……」

 

 熱風を感じながら、店内に飾られている衣服などに炎が燃え移っている景色が地獄絵図のように広がっていた。

 微かに聞こえる非常ベルの音と、一部に注がれているスプリンクラーが禍々しさをさらに誇張させる。

 天井が一部崩壊していて、スプリンクラーや防火シャッターが上手く作動していない。

 炎が屋上から入る潤沢な酸素を飲み込み、腹を満たした獣のように膨張していく。

 

 敵が瑞穂と拓斗を狙った犯行であることはほぼ確実だ。だから狙いを定めやすいトイレという狭い場所へ誘導をした。

 個室トイレの爆弾と屋上から7階天井の瓦礫を利用して確実に殺そうとしてきた。

 一般人の命を無視してまで。

 

「俺が巻き込んだってことだ……」

 敵の残虐性が瑞穂に反芻(はんすう)する言い訳を与えてしまう。

 救える未来の可能性も、守れたという事実も、瑞穂の中では最初から存在しなかった。

 彼の思考のどこを探しても、副題も反証も削り落されており、ただ中身のない業を背負っている。

 逡巡していた彼を呼び戻したは鬼気迫る現実だった。

 窓から微かに見えるのは赤いサイレンの光と飛び散る消火剤。

 

「記憶改変は起きていない。敵も一般人ってことか」

 

 7階から下のフロアの避難は拓斗を信じるとして、8階と9階に一般人が残されていないか確認をする必要がある。

 瑞穂は8階全体を調べた後に炎が吹き荒れる中、階段を上る。

 

「誰もいないか!!いるなら返事をしてくれ!!」

 

 聴力も徐々に回復し、非常ベルのけたたましい音が収まりつつある耳鳴りの変わりに響く。

 瑞穂は9階にある全てのテナントを見渡し、人がいない事を確認する。

 あとは自分自身が逃げるのみ、瑞穂は階段を走り抜ける。

 7階、6階、4階、2階と迫りくる炎と道を塞ぐ瓦礫を避けつつ、一気に下る。

 必死の想いで1階へたどり着いた瑞穂は愕然と足を止めた。

 

「嘘だろ……」

 

 そこには出入口を覆い隠す、厚さ2mはくだらない巨大なコンクリート片が鎮座していた。

 瑞穂が天井を見上げると何層にも連なる穿たれたような穴。

 すぐにそれが複数のフロアを貫通して降らされたものと理解した。

 コンクリート片の中央は大きなヒビが入っているが、余りも大きすぎる。

 彼の背中に迫る熱とは相反する冷たい感触が焦りを中和させる。

 遠くから人の声が聞こえる。

 耳をすませるとコンクリート片の先から拓斗の声が聞こえてきた。

 

「まだ、兄貴がいるんです!!」

「拓斗!!一般人は大丈夫か!?」

「兄貴!?う、うん!避難済みだよ!!」

「よくやった。あと……巻き込んでごめんな」

「兄貴……」

 

 瓦礫の裂け目に伸びた拓斗の手を一瞬だけ見た。

 届かない。叫んでも、触れられない。

 瑞穂はコンクリート片に手を置き、拓斗に向けて笑みを浮かべた。

「大丈夫だ!拓斗ばかりにかっこつけられても癪だしな!後ろに下がっててくれ」

 そう言い、瑞穂は再度顔を上げた。

 穿たれ穴の開いた天井。その向こうに続くフレーム構造。残された火の流れ。

 そして、目の前を塞ぐ分厚いコンクリートの壁。

 無機質な敵を睨みつけ、背を向けた。

 来た道を数歩戻りつつ、命を燃やそうとする赤い魔の手を一瞥し口角を上げた。

 踵を返し、再びコンクリートの壁に相対する。

 

「兄貴……絶対に死なないで」

 

——少し前の俺だったらここで死んでいただろうな。

 

「でもな——俺はもう、魔法使いなんだよ!!」

 

 もう呼吸をするのも難しい、炎が背中を襲おうと迫ってくるのも感じる。

 最後に大きく肺を膨らまし、足を肩幅まで広げる。

 パンッと、両手を胸の前で合わせ、手のひらに意識を集中させる。

 手首を捻ると、両手の間に深紅色の小さな魔法陣が浮かび上がった。

 

「《記録解放リリース・レコーダ来い!名もなき刀——無銘!」

 

 合わせた手を離すと、何もない空間から深紅色の粒子が形を作り上げ始め、次第に刀の形を具現化させた。

 記憶した愛刀——“無銘“はずっしりと重く、鉄の匂いがツンとくる愛刀が瑞穂の手の中に現われる。

 鞘を抜き、愛刀を眼前に構える。

 鼓動が高まる。全身の鳥肌が騒ぎ立て、それに呼応するように手足が震える。

 

「気合を入れろ!暁瑞穂!失敗は許されない!」

 

 四肢の震えを武者震いと無理やり解釈し、胸の奥に沈める。

 足元には大きく浮かび上がる深紅色の魔法陣が、歓喜をもたらすかのように淡く輝き始める。

 彼は瞼を閉じて、両手に握られた刀をゆっくりと頭上へ掲げた。

 心の水面(みなも)の静かな揺れは、言魂と化し、真価を開く鍵となる。


 それを人は詠唱魔法と呼ぶ。

  

【我が手に——斬撃の意志を宿せ。来し方を断ち切るために——

 

 深紅色の魔力が体全体から吹き上がり、手へ、そして——

 魔法陣からも円状の深紅が暁瑞穂の身体を外周するように上へ。

 それら全てが向かうは、彼が掲げる——日本刀・無銘だ。

 刀全体に溜められた深紅の魔力は刀身より遥かに伸び、暴れるように刺々しく光を放つ。

 地面に転がる小さき破片は、自然と天へ昇る。

 

 少年は瞼を開き、魔法を奏でる。

                                                《紅玉赫焉斬こうぎょくかくえんざん》】

 

 振り下ろした刀からは深紅の斬光が放たれ、轟音を響かせた。

 煙が舞い上がり、コンクリートの瓦礫たちは全て消え去っていた。

 

「ふぅ……一発でこれかよ」

 

 その威力は瑞穂の力量を超える物であり、反動が体を襲い、熱を帯びる。

 煙は次第に落ち着き、瑞穂は出口へ歩き出した。

 視界には複数の消防車と救急車。

 そして滝のように涙を流してる拓斗がいた。

 

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