57話 雨、上がったね
——琴宮邸 明日香の部屋——
二人は豪雨の中、ずぶ濡れになりながら明日香の家へたどり着いた。
「明日香ちゃん。シャワーありがとう。あとごめんね……」
明日香までずぶ濡れにさせてしまって自分の我儘な行動が親友にまで迷惑をかけているかと思うと、また胸が苦しくなる。
そんな思考に囚われている璃乃を横目に、明日香はソファーにどさっとヒップドロップをする勢いで座って不敵な笑みで言った。
「子供の時みたいで楽しかったよ。あと璃乃ちゃんとシャワー入れたし!」
「恥ずかしいなぁ……」
親友はアメとムチのバランスが相変わらず上手い。
気を使って言ってくれていると分かっていても、感謝より羞恥心が大きなってしまう。
要は明日香の言動に救われたということ。
シャワーから上がって冷房が付いているはずなのに熱さを感じる璃乃も明日香に倣ってソファーに座る。
「でも、璃乃ちゃん右脇腹の傷まだ血が出ちゃうんだね」
「うん。噛まれたところをもう一度噛まれちゃったからね。でもこの間のお手伝いの時よりかは、大分良くなってるんだよ」
そう言って璃乃は笑ったが、明日香はその笑顔の奥にある疲れを見逃さなかった。
明日香はそっと璃乃の手を握る。
「無理しなくていいの。誰かの役に立たなきゃいけないなんて、そんなの——私が言うことじゃないかもだけどさ」
「明日香ちゃん……」
「璃乃ちゃんが笑っててくれるだけで、私は救われるの。ずっと、昔から」
その言葉に、璃乃の締め付けられていたものが解けていくような気がした。
ずっと昔から隣で想ってくれている人がいるという事実を知れただけで、痛みが遠くなっていく。
「……ありがとう」
二人の手は繋がれたまま、静かに時間が流れていった。
気持ちが落ち着いた璃乃は真っ先に謝らくてはならない人物へ通話をした。
————Call Time by 瑞穂————
「瑞穂……ごめんね。私勝手に飛び出しちゃって、澪さんにも迷惑かけちゃったよね?」
相棒は電話先でもニヤリと笑みを浮かべているであろう様子で返事を返してくれる。
『バーカ。お前は何も悪くねぇよ。俺と澪の段取りが悪かっただけだ。まぁ明日香に会って安心してまた泣きじゃくったのは想像の範疇だ』
当たっているのが無性に腹立つ。
瑞穂の声に明日香もクスクスと笑っている。
「私ってそんなに分かりやすい?」
『世界で一番分かりやすい。拓斗も大概だがな。……お前、ずっと調子悪かっただろう』
瑞穂には全てバレていたようだった。
拓斗からの精神的な攻撃と痛む右脇腹が璃乃の調子を崩しており、自分でもそれをコントロールできずにいた。
焦る気持ちと動かない心と身体がアンバランスになり空回りしていた。
「うん……でもこんな時にそんなこと言ってられないし」
限られてた時間の中で自分の不調で周りの足並みを遅らせることはできないと思い、体を動かしていたが結果は目も当てられない程だった。
『俺たちが桐野への道を切り開く。だから璃乃は今の璃乃にできることをやってほしい』
瑞穂の声は優しく璃乃を信頼してくれているのを感じる。
自然と心が落ち着き、明日香に出されていた紅茶の存在に匂いで気が付いた。
ハーブティーの香りを鼻腔の奥に走らせ、肩の緊張を和らげる。
『おい!』という瑞穂の声でリラクゼーションの世界から帰還した璃乃。
「ごめん」と言いつつ、瑞穂の言葉を咀嚼しようとするが……
「今の私にできること?」
難問の回答が見つからずにオウム返しをしてしまう。
『あぁ、俺にできなくて、璃乃にできることだ』
瑞穂にできなくって璃乃にできることなど見つかりそうにないと、スマホを持ち変え苦笑し言葉を探す。
『そろそろ調査に出る。じゃあ——』
「待って!私……」
『俺はお前を信じてる。またな相棒』
———— End call————
——私にできること……瑞穂が私に託してくれたこと。
「切れちゃったんだ。私、瑞穂君に文句言ってやりたかったのに……」
明日香はフンっと鼻を鳴らした後、紅茶を多めに口へ含んだ。
魔法が使えて、頭も良い。そんな瑞穂ではなく、璃乃ができること。
そもそも魔法とは一体なんなのか。
対立する相手を黙らせる力なのか、自分の気持ちを相手に認めさせる力なのか。
それは正義の力なのか、はたまた——
「明日香ちゃん!」
璃乃の突然の大声に明日香は一瞬むせ込みそうになったが、小さな咳一つで落ち着く。
「ど、どうしたの?」
「魔法が使えない私たちにできることは……少ないと思う。でも!それは諦める理由にはならないよね!?」
親友はカップを置いて優しく微笑み、深く頷いてくれている。
「やろう明日香ちゃん。魔法使いじゃない私たちにできることを!」
「やっといつもの璃乃ちゃんに戻ったね」
待たせた分を取り返すための決心は付いた。
あとは走り出すだけだ。
明日香の部屋の窓から見る空から一筋の光が見えてた。
沈みかけている太陽から、オレンジ色の未来が顔を覗かせている。
雲は厚い、恐らく明日も雨だろう。
しかし部屋の中だけは、小さな陽だまりが満ちていた。
「雨、上がったね」




