55話 群青色の魔法使い
夕暮れの朱色が北の空に微かに残る最上階のウッドデッキは、木の温もりと海風が心地よく調和していた。
モールを外周するように作られたウッドデッキの足元は、踏むたびに音が鳴りそうになる。
しかし、作りが強い素材なのか瑞穂の体重で鳴くほど弱いものではなかった。
視界をモール側へ降ろして覗き込めば、煌々と光り輝くショッピングモールがビビットに飛び込んでくる。
南側へ向かえば遠く感じる海風、天気のいい日であれば日中に海が見える絶好のビューポイントだ。
そして北側を向いている瑞穂たちは遠くに見えるネオンが眩しい神無月中心駅の方面を意味もなく見つめていた。
授業が終わり、すぐに調査のために集まって半日かけた結果は、この景色とは似つかわしくないものだった。
視点を駅の方から下らせると、瑞穂たちが住んでいる住宅街の明かりが切れ目なく繋がる。
そして、さらに足もとの方を見ると、灯りのない陰森が広がり夜色を際立たせる。
そのグラデーションの終着点が今の瑞穂たちだ。
彼以外の全員も同じように感じているようで会話も疎らで、風が吹いた音かと思えば誰かのため息だった。
桐野亮介へ繋がる道は陰森の道より細く暗い。
闇バイト募集で集められた実行犯の概要を手に入れたのみ。
その先の指示役ましては幹部まで届く気がしない。
今日が終われば、あと6日で自分たちの死が確定する。
そう考えると黒いスチールで出来た手すりを握る手が自然と強張る。
まだ恐怖は感じていないはずが、身体は正直だった。
それでも瑞穂は手すりが冷たいせいだと自分に嘘をつく。
「兄貴、大丈夫?」
風に吹かれ、髪が跳ね上がっている拓斗が優しい口調で声を掛けてくる。
彼は人の気持ちを考えて行動をしてくれるいい奴だ。
「拓斗。俺からお願いがある。聞いてくれるか?」
北風が二人を髪を靡かせる。
「……うん」
拓斗は視線をウッドデッキの方へ向け、手すりを握った。
「璃乃のことを認めてあげてほしい。あいつはまだ知らないことも多いが——」
北風が瑞穂の言葉を海へ連れ去ろうとする。
「それが兄貴の願いなの?オレと、り……あいつが上手くやれば兄貴の助けになる?」
手すりを離し、瑞穂の頭の影が揺れた。
拓斗は優しい。今の言葉の中でもいくつ瑞穂を優先したのだろうか。
「どうして——兄貴はあいつにそこまで肩入れするの?」
どこか寂しそうに璃乃たちを見つめる拓斗は手すりから手を離さない。
北風が強く吹く今日は、少し寒かった。
手すりも冷えていたのに拓斗は手を離さない。
「お前に似てるからだ」
拓斗は瞳に遠くの光を写そうと瞬きをする。
「兄貴……オレは……」
——キーン!キーン!キーン!
突然非常ベルが鳴り響いた。
「なんだ!?」
最上階は異常は無いように見える。
「澪!」
瑞穂が真っ先に考えたのは強盗のことだった。
澪は彼の言葉を受け取るかのように頷く。
彼女の足元に群青色の魔法陣が浮かびあがる。
その色は風にさらわれず、朔風を纏い、狐火のように人知れず揺れては千切れる。
「これは!?」
隣にいる璃乃は驚くように数歩後ろへ後退する。
【——我が身体に——彼のものを映せ。あまねし道を透くように——《在巣の霧晴》】
澪のサーチ魔法《在巣の霧晴》
物質を無視した魔力を放つもの居場所を把握する効果を持つ。
「いない。魔法使いや錬金術師の類ではないね。でも——」
魔法陣は足元から消えたが、澪は瑞穂をチラッと見て「任せたよ」と言って、一度ウッドデッキを蹴り上げるように跳ね、目にも留まらなぬ速さで消え去った。
「なにが起きたの!?」
「これが魔法……」
璃乃と明日香は目の前の事象について行けてない様子だった。
「もたもたするな!行くぞ!」
瑞穂は足が止まっている二人を引っ張るように声を張り、先頭を切る。
澪が開けた扉から非常階段を一気に降りる。
久しぶりに見た澪の実戦的な動きに触発され、瑞穂自身の体も加速させるように足に力を入れる。
1階の非常階段の扉が開いており、澪が道しるべとして残してくれいたのが分かる。
瑞穂の肩越しに璃乃たちはいない。
3人は遥か上の階を駆け降りていた。
当たり前だが魔法使いの瑞穂と覚醒していない璃乃たちとでは、スピードがまるで違う。
分かっていても、イラつきが瑞穂の声を尖らせる。
「早くしろ!!」
彼の体感で数分待ち、3人が追い付いてきた。
瑞穂は速度を落とし、澪が残したサインであろう、水滴を辿る。
水滴の間隔が短くなるにつれて、ベルの音も近づいてくる。
——近い。もう少しで追いつく。
「きゃっ!」
璃乃の声と服が擦れる音が聞こえて、瑞穂立ち止まり、後ろを振り返る。
璃乃が右脇腹を抑えて転倒していた。
「おい!!」
拓斗の怒号が響く。
瑞穂は璃乃の抑えている部分を見て思い出す。
野犬に噛まれて傷口だ。
「まだ治ってなかったのか……」
非常ベルが収まり、澪が歩きながら4人に合流をした。
「子供のいたずらだった。はぁ全く人騒がせな——璃乃!?どうしたの!?」
ようやく立ち上がった璃乃は「ごめんなさい」と今にも泣きだしそうな顔を隠すように俯いていた。
彼女が抑えていた右脇腹はブレザーまで血で汚れていた。
結局5人の雰囲気は最悪なものになり、無言のまま駅の方へ向かっていた。
解散をしようとすると駅のすぐ近くにある警察署から見覚えがある人物が姿を現した。
距離がありはっきりは見えない。
「もしかして、あれって早苗さん?」
明日香の一言で瑞穂も確信を得る。
あれは花守生花店の店主の花守早苗だ。
なぜ彼女が警察署から——
「早苗さん?」
明日香が心配そうな顔でまだ気が付いていない早苗に近づく。
「えっ!?」
こちらを振り返った早苗は口元を手で押さえていた。
その手は明らかに震えており、怯えているようだった。
明日香がさらに一歩早苗へ近づいた瞬間に早苗は駅の方へ逃げるように走っていった。
「警察署から出てきたんだから、あんまり触れない方がいいだろう」
瑞穂は独り言のように言い唖然とする明日香の肩をそっと押し戻した。




