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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第1部 神無月町病院編—『我儘な魔法使いと復讐者』
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6話 少女と少年

 月光の下で少年は返り血を浴びており、息も絶え絶え。

 しかし、凛とした瞳は彼の黒い髪よりさらに深く(にご)りのない黒色だった。少年はジッと璃乃を見つめる。


 魔法使いはいる!その言葉と彼の瞳が語る意味とは一体なんなのか。

 だが、今の璃乃にはそんなことを考えている余裕はなかった。

 

「ヒナ!!うちに猫がいるの!!」


 立ち上がり、よろけながらも家の方へ向かう。

 

「おい!お前!」


 少年は呆気(あっけ)にとられながらも、ふらつく璃乃の腕を掴む。


「大切な家族なの!ヒナが無事かどうか確かめさせて!」


 手を振り払い、ドアノブに手をかける。

 朦朧(もうろう)としながらでも大切な家族の無事を確かめたい。

 その一心のみ動く璃乃。


——ぷっつん——

 そこで彼女は意識を失った。

 


 目が覚めると明るい光が差し込んできた。


「璃乃大丈夫かい?」

 暖かい声、仁彦だった。


「お父さん?」

 手を握ってくれていた仁彦の手を強く握り返す。

 

「母さん!璃乃が目を覚ましたよ!」


 仁彦も不安だったのだろう。手は汗でびちゃびちゃになっており、頬にはうっすらと涙の跡があった。

 階段を上る音が聞こえる。なるべく足音を立てないようにする心遣い。姿を見る前から分かる。

 

「璃乃!もう心配したんだから!」

 まどかは渾身(こんしん)の力で娘を抱きしめる。


「お母さん、痛いってば」


「心配ばっかりかけて……お母さん璃乃がいなくなったらどうしよかと思って……」


 まどかの腕の中で先ほどの記憶がフラッシュバックする。

 

 あれは確か——

 

 【強盗に襲われた記憶】

 

——強盗に襲われて家から逃げて、でもヒナが心配で。

 急に体が震え始める。


「お母さーん!怖かったよー!」


 まどかは璃乃をさらに抱き寄せた。

 

「もう大丈夫。警察に連絡して犯人は捕まったから。でも怖かったよね。こんな時にいなくってごめんね璃乃」

 二人は泣きながら、お互いを強く抱きしめた。

 

 その後、璃乃の体力はすぐに回復し、3日もすると完治していた。

 

 窓ガラスの修理に一週間かかると言われ、仁彦が絶句したのはまた別の話。



——4月30日——


 今日から学級閉鎖が終わり、登校が再開された。

 校舎内に響く笑い声や授業の音は数日前までは当たり前にあった。その当たり前がようやく戻ってきた。

 しかし、そこに親友の明日香の姿だけがなかった。

 

「明日香ちゃんは……退院、まだなんですか?」


 璃乃は昼休みに、職員室で担任の佐藤に聞いた。

 佐藤は眉を寄せて言う。


「詳しくはわからないの。琴宮さんのお家って色々あるじゃない?でも、病院側から“面会なら可能”って言われたから、教えるわね。琴宮さんが入院してるのは神無月町(かんなづきちょう)病院よ。ここら辺で一番大きいから分かるわよね?」


 そう言いながらも佐藤は病院の住所が書かれたメモを差し出す。

 璃乃は素直にお礼を言いながら、心の奥で何かが引っかかっていた。


——何かがおかしい。

 

 記憶の中の“あの夜“が、ふわりと浮かび上がる。

 でもその直後には、“強盗に襲われた夜“という“正しい記憶”が上書きされる。


 違和感はあるのに、確信には届かない。まるで霧の中で彷徨(さまよ)っている感覚。

 考えれば考えるほど、頭の奥に霞がかかる。

 車酔いのような吐き気すら伴ってきて、考えることを拒否されているようだった。


 チャイムが鳴り、璃乃はため息をついて教室へ戻ろうと歩き出し、隣のクラスの前を通りかかった。

 その時——

 

 廊下の向こう側に、一人の少年が立っていた。

 黒い髪。

 そして、目を奪われるほど澄んだ——深く、濁りのない黒い瞳。

 その瞳を見た瞬間、心が跳ねた。

 

「……ッ!」


 頭のてっぺんから足の先まで電気が走った。

 

「あれは……強盗なんかじゃない」


 頭の中の霧が、さぁっと晴れていく。

 霞んでいた輪郭(りんかく)が形を取り戻し、本当の夜がフラッシュバックする。

 

——割れたガラス

——鈍く響いた音

——睨みつけた“それ”の瞳

——そして、月明かりの下であの子が立っていた。あの時と同じ瞳で。

 

 恐怖と混乱。

 だが、それ以上にひとつの確信が心に刺さった。

 彼は知っている。何が起きたのかを。


 璃乃はメモを握りしめたまま、じっとその背中を見つめた。

 次のチャイムが鳴り、少年は足早に教室の奥へと消えていった。

 璃乃の視線だけが、そこに残った。


 

 璃乃は少年の先回りをするため、ホームルームが終わるや否や校門へ走り、影に身を潜めた。

 1分もせずに、少年が校門を越えようとしてきた。


「待って!!」


「お前は!?」


 突然現れた璃乃に少年は目を大きくして驚きを隠せない様子だった。

 璃乃は大きく深呼吸をする。

 

「あの時はありがとう。ごめんねすぐにお礼言えなくって」


 少年に感謝を伝えるも、少年の表情は硬くなっていき、璃乃を凝視(ぎょうし)する。


「なぜお前がそれを覚えてるんだ?もしかして——」

 空気が冷たくなる。これが殺気というやつなのかと璃乃の額から冷や汗が滲む。

 少年は大きく一歩後退をし、璃乃との間合いを取る。

 

「ちょっと待って!私はあの時なんだかよく分からないモノから助けてくれたお礼を伝えたいだけ!」


 一呼吸置き。


「逆に教えてよ!何があったのか、今何が起きてるのか!君は知ってるんでしょ!?」

 

 少年の強い警戒はどこから来ているのか、あの時の記憶を持っているだけでここまで敵視をするのはなぜなのか、璃乃には到底想像できなかった。


 しかし、璃乃は少年へ歩み寄るように一歩近づく。

 少年は動かずに、冷やかな目を璃乃へぶつける。

 

「お前には関係のないことだ。なぜこの間の記憶があるかは一旦は気にしないでやるが、ここがお前との境界線だ。これ以上関わるな」


 非常に冷淡な言葉を投げかける少年。

 その言葉を聞いている最中から璃乃は手を握り、震わせており、それはもう限界だった。

 

「関係なくなんかないっ!!」


 怒りと悲しみ。少年と自分に向けて放つ怒号(どごう)に近いものだった。


 静寂が二人を包む。


 少年の顔は相変わらず硬く、璃乃を鋭く睨みつけていた。

 璃乃も負けずと少年から目線を外さない。

 ここで引き下がったら、明日香を苦しめているモノへの繋がりがなくなってしまう。

 彼女は引くわけにはいかなかった。

 その気持ちは大きな一歩となり、少年との間合いをさらに詰めた。

 

「お前はなぜそこまで……」


 少年が璃乃から一瞬、目を逸らしたのが分かった。


 視線が再び璃乃の瞳を見た時に、彼女は微笑んだ。 

「私は大切な人を守りたいの」


 胸の前に手を置き、目を瞑った。

 

 風が吹いていた。桜はとうに散り、葉桜となって新緑の季節の訪れを表していた。

 薄く開いた瞳に映るのは、風と共に地面に落ちていた最後の桜の花びらたちが舞い上がる瞬間。

 それは優しく璃乃を包んだ。

 

 少年は小さな奇跡を見たように息を飲み、目を見張る。


「——ったよ」


 風の音に負けてしまう声で呟く。

「っえ?」

 璃乃は耳を傾ける。


「分かったよ!着いてこい!」

 少年は悔しそうに地面を大きく踏みつけ、歩き出す。

「うん!」

 少女は少年の後ろを歩き始めた。


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