54話 宝石店
「こんにちは。朝に連絡をさせていただきました神無月大学の法学部の霧島です」
璃乃たちも合流をして、強盗に襲われた宝石店へ到着する。
澪は大学生ではない。適当な嘘を並べており、聞くところによると弁護士事務所でバイトをしていて、司法試験にも受かっているから調査をさせてほしい。
などと一瞬でボロが出そうな事を言ったらしい。
当たり前だが、報酬をちらつかせたとのこと。
澪の後ろにいる璃乃が「どこかで見た気が……」と不安そうに独り言を言っているが、瑞穂はその声を無視するのが正解だと判断し、視線を宝石店の奥へと滑らせた。
40代と思われるシワのないスーツを着こなしてる男性が深々と澪にお辞儀をしていた。
店先から煌びやかな宝石、レックレス、指輪などがガラスケースに入れられており、その中になんの生地かも分からない絨毯みたいな赤い生地が下に引かれていた。
瑞穂は目に入った小さなピアスの値段をなんとなしに見ると——
185,000円と覗かないと見えなくらいの小さな文字で書いていた。
明日香が「思ったより安いね」と意味不明な金銭感覚を披露しており、瑞穂は言葉を失った。
「ご足労いただき、誠にありがとうございます。ご多忙のところ恐れ入りますが、どうぞおかけください」
奥の部屋へ5人は通される。
その部屋は床が琴宮邸と同じ大理石でできており、光源もシャンデリアから取っていた。
「明日香ちゃんのお家みたい……」
瑞穂は璃乃と同じ発想だったようで口に出さずによかったと安堵し、用意されていた椅子に座る。
「少々お待ちください」
男性が深くお辞儀をし、一度退席をする。
「多分ここの常連とかVIPの人とかが通される部屋だね」
澪も微かに声が震えており、シャンデリアの明かりを瞳に刻みたいのか目を細め、淡い光を凝視している。
「店先の一番ちっこいピアスでも20万近くしたぞ。この部屋に通されるやつはいくら使うんだよ」
瑞穂はため息を吐くのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに住む世界が違う人々を想像しては消し去る。
「私のお小遣いだったら何年かかるんだろう……やっぱりバイトしようかな」
高校生の財布事情としては璃乃と瑞穂の反応が正常だ。
どこかのお嬢様がチートなだけだ。
しかし、明日香と云えどVIP室みたいなところには流石に——
「ここの店舗じゃないけど」
「明日香、悲しくなるから言わないでくれ」
チラッと澪を見ると、どんよりとしてオーラを纏いながら項垂れていた。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。失礼いたします」
そう言い、資料を両手に持ち戻って来た男性は対面にある椅子に音を立てないようにスマートに座った。
瑞穂は渡された資料に目を通す。
そこには、秒単位で記録された強盗犯の襲撃時間と、監視カメラに映されAIで解析されたたおおよその年齢や性別などの情報が列挙されていた。
「……これはすごい。強盗犯はヘルメットを被っているのに性別だけでなく年齢の予想が可能なんですか?」
澪はあまりのテクノロジーに言葉を失いかけていた。
「これは琴宮グループが開発をした最新の技術を用いてまして——」
ここにいる全員面を食らっているが、明日香も琴宮グループのことはほぼ知らされていないようで何も言葉を発していない。
「歩幅や歩行のスピード、足音の大きさなどその他、今回で言うと服装が軽装だったので体のラインから筋肉量を判別して計算を行っているとのことです」
「すげー!あっ……」
拓斗が目を輝かせていたが、璃乃と明日香の顔を一瞬見て我に返るようにすぐ静かになる。
資料には4人の犯人の想定スペックが書かれている。
実行犯は全員男。時間は23時47分。年齢は17歳から25歳。身長は168cmから183cm。犯行道具はハンマー。護身用かナイフも武装していた。
「若いね」
澪は男性の説明と照らし合わせるように資料を食い入るように追う。
「はい。闇バイトで集められた若者が金品を狙う事件が多発してますから、警察も指示役を含めた広い範囲での捜索をするとおっしゃてました」
「映像を見せてもらうことはできませんか?」
「申し訳ございません。映像の方は警察から公開をしないようにと、強く指導されておりまして。ご理解いただけますと幸いです」
テーブルに額を付ける勢いで謝罪をするジェントルマンな宝石店の男性。
渋過ぎる収穫に肩を落としかけるも、澪は粘った。
「お店の商品素敵な品ばかりですよね!終わったら少し見せてもらおうかと思っていて」
璃乃たちに見えないようにテーブルの陰で分厚い封筒をちらりと見せつける。
男性は頭を下げたまま、体を一度硬直させ何事もなかったかのように頭を上げた。
「冒頭の部分だけでしたら……」
商魂たくましい男性の態度が随分と軟化し、冒頭の2分間のみ映像を見れることなった。
封筒を見なくても澪の交渉術はバレバレだ。ただ一人を抜いては——
「ねぇ、瑞穂。澪さん凄いね!」
「まぁな」
瑞穂は純粋すぎる璃乃が心配でしょうがなかった。
防犯カメラの映像は琴宮グループの解析データが人物の横に表示されている物だった。
最初に入って来た2人のヘルメットを被った人物を赤色や黄色の四角で囲み、想定スペックと信用度をパーセンテージで表示している。
20秒ほどの時点ではパーセンテージは20%から30%をうろついていたが、映像が終わる頃には99%になっていた。
凄まじい技術だが信憑性への疑念がある。
「最近ではAIを使って映像をいじれるって聞くがどうなんですか?」
敬語を忘れそうになる瑞穂だったが、襟を正すかのように語尾を無理やり修正する。
「はい。映像の情報は琴宮グループのクラウド上で保存されており、安全だと聞いております」
男性はあくまでサービスを受ける側なので概要をさらりと知っている程度。
そんなふわりとした説明を聞いていた明日香が小さく手を上げ補足を入れる。
「多分琴宮グループのことだから、ブロックチェーン技術が使われていると思います。コピーや改ざんをされてもハッシュ値が違うので弾かれると思いますし、出回ってもすぐに証明ができます」
一同ぽかーん状態。
瑞穂は宝石店の男性の説明で納得しかけていたが、それを遥に上回る知識に感想すら出ない。
「く、詳しいね明日香」
「器用貧乏なんですよ私」
これで器用貧乏だったら、自分は一体何なのかと考えて虚しくなる瑞穂だった。
結局のところ2分の映像では琴宮グループの解析技術と明日香の博識さの琴宮フルコースを味わうことしかできなかった。
胸や頭がいっぱいな瑞穂たちは澪を残して宝石店を出た。
「闇バイトが色んなところで起きてるってことしか分からなかったね」
璃乃も声のトーンを落としながら宝石店を見つめる。
「末端である闇バイトの実行犯への接触すら一筋縄じゃない。それより上に2つのフェーズがあると思うと……」
時刻は18時を過ぎ、ショッピングモールの天井から差し込む光は沈みかけの夕日になり、モール内も夜の雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり指示役に会うには、闇バイトの人たちから話を聞かないと分からないもんね」
明日香も手を顎に当て、唸りながら考えている。
「そうだ!神無月町にある宝石店を張り込むのは?」
妙案とばかりに璃乃は手を上げて主張する。
「少しは頭使ったらどうだ?神無月町に何店舗宝石店があるか少し考えたら無理だって分かるだろう。これだから足を引っ張るんだよ」
拓斗が璃乃の意見を一蹴する。
彼の言い分は正しいが言い方が悪すぎる。
「……」
璃乃は唇を結び、なんとか堪えてくれたが雰囲気がまた悪くなる。
——誰かこの雰囲気を、流れを変える突拍子のない事を起こしてれ。
瑞穂はまだ夜も更けていない空に向かって祈った。
そこへ小さな紙袋を持ち、意気揚々とスキップして宝石店から澪が出てきた。
先ほどの男性は今日一番のお辞儀をしていた。
「この状況でよくスキップなんてできるな?それでそれはなんだ?」
嫌な予感がするのでその玉手箱の中身を聞く。
「買っちゃった!」
ほぼ賄賂な謝礼だろう。
しかし、ここは宝石店。生半可気持ちで買えるものはないはずだ。
「いくらしたんだ?」
口に出した瞬間にここ数か月間の食事が走馬灯のように駆け巡った。
もやし、もやし、鶏むね。半額の弁当、もやし、鶏むね。
奇跡の半額カツ丼。
「80万!財布も潤うことだしね!これからの景気付けにってね!」
「てめぇ!!」
今日一番の咆哮が轟き、ショッピングモールの柔らかな雰囲気をぶち壊した。




