51話 私たちは明日のために
烈火たちがいるリビングまでの廊下を、澪を含めた四人が進む。
意識を取り戻した明日香も壁にぶつかりながら足を運んでいる。
璃乃は明日香も心配だが、それよりも顔面が崩壊しかけている相棒が気になり、凹凸をちらりと覗いた。
「なんでそんなにボコボコにされたの?」
「はぁーアクイラスと廃工場で戦った時に鉄球が落ちてきただろう?あれは拓斗がやってくれてたんだ」
瑞穂は不貞腐れるように、唇をキュッと結ぶ。
「工藤くんが?」
璃乃と瑞穂以外に誰かがいることは認識していた。
しかし、あの時の璃乃は目の前すら見えておらずに記憶も曖昧だった。
「烈火に野犬事件は二人でやれって言われたのに拓斗を使ったってバレて、この様だ」
顔面を触りながら「ここまでやるか?」と文句を垂らす瑞穂。
「烈火さんはともかく、透花さんは無駄に厳しいところがあるからね」
璃乃の肩越しから涼しげな声で澪が言った。
窘めの中にある小さなトゲが璃乃の喉に引っかかった。
違和感というトゲは「はぁ」と言い返すと返事をしても引っかかったままだった。
そして、扉を開けると、前と同じラズベリー色のソファーに座る烈火と透花がコップを片手に座っていた。
少し離れた椅子に座る工藤拓斗が、その三白眼を尖らせ、訝しげにこちらを睨んでいた。
璃乃と視線が重なると口火を切るように拓斗は言った。
「いきなり遅刻とはいい度胸してるな。誑かし女め」
一瞬で璃乃の中で怒りが着火する。
「私は瑞穂のことを誑かしたことなんてありません!」
澪が慌てながら視線の壁になるように二人の間に入り、璃乃の落ち着くように璃乃の肩を叩く。
「いきなり喧嘩なんかしないの!」
澪の注意も虚しく、拓斗は椅子から降り、大きな足音を立て璃乃に迫る。
瑞穂も血相を変える拓斗を制止しようと、彼の腕を掴み、諭すように話す。
「さっきも言っただろう。璃乃と明日香はもう仲間なんだからって」
「こればっかりは兄貴の意見でも聞けない。話を聞けば聞くほどなんでこんな奴らが……納得できない!」
明日香のことも含んでいる否定と分かると余計に腹が立つ。
璃乃は澪の制止を避けて、大きく一歩拓斗に近づく。
拓斗を間地かで見ると視線が下ることに気が付いた。
身長は璃乃の方がだいぶ高いようで、勢いも相まって見下ろす構図になってしまった。
それでもよい。いや、それの方がいいと、背伸びをして怪訝そうな拓斗を上か見る。
「私も初対面の人に酷いこと言う失礼な人と仲良くなんてできない!」
「璃乃も少し落ち着け。俺が拓斗を説得するから」
「説得?説得するのはそっちの奴だろう」
「瑞穂。こんな人相手にする必要なんかないよ」
明日香が隣であわあわと慌てているが頭に血が上っている璃乃はそれどころではなかった。
ガシャンっとテーブルにコップが荒々しく置かれる音がした。
「いい加減にしろ!!」
透花の怒鳴り声が璃乃と拓斗を止めた。
「拓斗、お前は今誰かを責めることはできないはずだ。璃乃もこれから仲間になる拓斗にそこまで言う必要はないだろう」
雰囲気は最悪。先ほどまで明日香のことを第一に考えていたのに我を忘れてしまった自分が情けなくなり、璃乃は目を伏せる。
「すみません」
拓斗に対して言った言葉ではなく、他の人たち全員に向けての謝罪だった。
「透花姉……」
明らかに不貞腐れている拓斗はもと居た椅子に乱暴に座り、「チッ」と小さく舌打ちをしていた。
「聞いていたより、酷いなこれは」
烈火の苦笑が璃乃の胸に刺さり余計にが惨めさで顔が上げられない。
「烈火お前も空気を読め」
ギラリと睨みを利かせる透花に烈火は首をすくめた。
「今はそれどころではないだろう。時間が惜しい。さっさと話を進めるぞ」
二人の関係はそう簡単には良くならないことをたった1、2分で見せつけてしまった。
明らかに璃乃と拓斗の関係を無視しているが、それは正解だと璃乃は思っていた。
それを証明するような拓斗の貧乏ゆすりの音がカタカタと続いている。
「まずは琴宮明日香。君を仲間に入れるかどうかだ」
烈火の発言に、明日香の背筋が伸びる。
「は、はい!」
「瑞穂から話は聞いている。野犬事件で君もある程度の活躍はしたそうだな」
璃乃の予想は合っていた。このために瑞穂は先にアジトへ向かっていた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
誰にも聞こえないように二人は耳打ちをし合った。
「明日香。君の覚悟を聞きたい。なぜ君は魔法使いになりたいんだ?」
明日香は一歩前に出た。
烈火から明日香への問いは、以前璃乃に問いたものと同義だろう。
そして質問の後に透花から魔力を当てられて死ぬ思いをした。
透花の中の正解と一致しなければ、明日香にも同じことをするだろう。
もちろん明日香が耐えれる保証はない。
「私は……」
明日香は言葉を探すように、天上の方を見つめ瞬きをしている。
詰問ではないが、烈火の隣にいる透花から発せられる冷気と殺気が交じり合ったような圧は言葉以上の意味を持たせてしまっている。
二度目だからこそ、その迫力の本当の意味が分かってしまう。
助けたい。そう思ってしまうのは、璃乃の性格上至極当然の感情だ。
しかし、今明日香の話を遮ってしまったらそれは想いを踏みにじることになってしまう。
璃乃の額には薄っすらと汗が滲む。
力みを体の外へ逃すために、深呼吸をする。
明日香の後ろ姿から目を逸らさないこと、それが璃乃にできる最大のリスペクトだ。
「私は璃乃ちゃんがいないと何もできなかった。それが……それで良いと思ってました」
明日香の声は反響せずにその場に解けてしまうようだった。
「でも、前に進んでいく親友に憧れたんです!かっこいいなって!そんな無茶で頑張り屋さんな親友を守りたいって思ったんです!」
「哀れなくらいに個人的で矮小な考えだな」
透花の冷めた答えに明日香は一瞬言葉を失ったように黙るも、背筋は一切曲がらずにいた。
その背中は恭平とそっくりだった。
「私は璃乃ちゃんのように強くなって、立派な大人になりたい!だから私を仲間にしてくださいっ!!」
明日香はその長い髪が浮く勢いで頭を下げる。
「俺からも頼む。明日香を仲間に入れてくれ」
明日香の横で瑞穂も同じように頭を下げる。
「……」
璃乃も明日香の横へ並び、無言で頭を下げた。
「璃乃ちゃん……瑞穂君……」
明日香の小さな声はありがとうの言葉こそないが、それ以上の気持ちが璃乃には伝わっていた。
「ふざけやがって。兄貴もどうかしてるよ。オレは反対だ。そんなふざけた理由で魔法使いになれる訳がない。兄貴の足を引っ張るだけだ!」
拓斗の罵声が3人に降り注ぐ。
「私は賛成です」
澪が3人の前に立ち、味方になってくれている。
「澪姉!?どうして!?」
拓斗の足が見える。澪に突っかかっているのが分かる。
彼の心情は璃乃の知るところではない。
病院での初対面の時、そして今も頭ごなしに否定をし続ける雑多な音は空気を揺らすだけだ。
「澪、お前の意見を聞きたい」
烈火の声色が変わる。
「私は、野犬事件での璃乃と瑞穂の活躍を知ってます。七錬神の神血と神身を撃退して、多くの人たちを救いました。二人は他人のために戦っていた。私たちの考えていた魔法使いのビジョンはもう古いのかもしれません」
澪の語気が膨れ上がるように強くなり始める。
「ほぉ古い……か」
「烈火さんや透花さん。瑞穂や拓斗も元は個人的な願いから始まっていたはずです!私もそうでした。でも、いつの間にか未来を見れなくなってしまって過去ばかり見るようになっていました。でも!彼女たちは明日のために今日を生きています!」
璃乃から見える澪の足元は数滴の涙の跡があった。
床の色を濃くする彼女の数滴は弾かれることなく、吸い込まれるように消える。
璃乃と明日香は魔法使いの歴史を知らない。
だからこそ胸の奥にある願いを声にできるのだ。
人はそれを矮小な考えと揶揄するのだろう。
それでも、その矮小の考えなのか、夢なのか形容しがたいものに驚嘆する仲間が確かにいる。
「それは反則だ澪姉……」
澪の声が少しだけ震えていたが、その足元に残る涙の跡は、誰よりも強い決意の証のように見えた。
対照的に拓斗は落胆をするように語尾が擦り切れる。
「澪……やれるのか?お前に」
透花の表情が見えないせいでどのような意味を持っているか分からなかった。
「はい!私が明日香を入れた4人を立派な魔法使いにさせます!」
一瞬の沈黙と烈火のお茶を飲む音。
「決まりだな。琴宮明日香!」
烈火のコップテーブルに置かれる頃、明日香が頭を上げた。
「はい!」
「今日から君を澪の弟子として神無月町の魔法使いの一員とする。覚悟はできてるな?」
「はい!!」
その声を聞き璃乃と瑞穂はようやく頭を上げることができた。
「澪さんありがとうございます。私、頑張ります!」
明日香の決意に頷き、項垂れる拓斗を入れた4人を澪は順々に見つめる。
「あぁ、瑞穂、拓斗、璃乃、そして明日香。私、霧島澪がみんなを最高の魔法使いにさせてみせるからね!」
瑞穂は恥ずかしがりながらも拓斗の手を無理やり引っ張り、5人は円陣を組み、手を合わせた。




