48話 世界中の誰よりも輝く笑顔
——6月10日 17時 神無月高校近くのファミレス——
◇ ★ ◇(璃乃視点)
「それでは、瑞穂の退院を祝って!乾杯!」
「「乾杯!」」
今日は瑞穂の退院日だ。
璃乃は明日香と共に学校終わりに急いで神無月町病院に向かい退院したばかりの瑞穂と合流し、そのままファミレスでお祝いをしていた。
このファミレスは土地柄もあって神無月高校の生徒がよく利用しており、テスト勉強や打ち上げなどもここでやることが多い。
高校生の集まりはうるさくなってしまうことが多いが、店長が神無月高校出身であることから贔屓にしてくれている。
値段もお手頃で高校生のお財布事情には助かる。
「やっぱり、混んでるね。時間帯的にも部活帰りの学生とかもいるだろうし」
璃乃たちは混み合う直前に席へ案内され、ボックス席に座っていたが、ものの数分で店内は満席になっていた。
「ここまで人気って知らなかった。私、シェフがご飯作ってくれるから外食する意味ってよく分からなかったけど」
「お前ってやつは……」
璃乃は何度も聞いている明日香の少しズレたお嬢様感覚。
ほぼ初見の瑞穂には衝撃が強すぎたのか、頭を抱えていた。
「ところで8時からだっけ?透花さんたちに明日香ちゃんを紹介するって?」
正面で頭を抱えている瑞穂を見て少しだけ笑いそうになる璃乃。
しかし、緊張が勝り表情が崩れるのを堪えられた。
「あぁ、その通りだ。だからここを7時半前に出れば大丈夫だろう」
瑞穂は顔を上げ、スマホのマップを璃乃に見せながら、所要時間23分の文字を見せてくる。
「じゃあそれまではパーティーだね!」
「うん!私の誕生日パーティー以来だから、半月ぶりになるのかな?」
明日香の言葉に璃乃と瑞穂の身体がビクッと震えた。
「「はぁ」」
二人はシンクロするようにため息をつく。
璃乃はふと不甲斐なく、動けなくなってしまった自分がまだ心の奥底にいる気がしてしまって息を吐いてしまった。
すぐに我に返り顔を上げるが、前にいる少年もどうやら同じようなことを思っているらしく目が合った。
そして二人は苦笑いを浮かべ「ははは……」と棒読みな笑い声を上げた。
「ご、ごめんね!そんな意味で言ったわけじゃないの!」
明日香が空気を察して身振り手振りを交えて謝る。
しかし、空気を悪くしたのは璃乃と瑞穂だったので小さな罪悪感を感じ、明日香の謝罪を止めようとする。
「私の方こそごめんね!色々あったなーって思ってさ」
「俺も、変な事を考えちまった。悪い。明日香が——」
瑞穂も明日香に対して片手を上げて、微かに頭を下げていた。
璃乃は彼の言葉を聞きつつ、心地良い違和感を覚えていた。
小首をかしげながら、その正体を見つけるため瑞穂の話に割り込む。
「そう言えば、二人ってお互いの事、名前で呼び合ってたっけ?」
璃乃の記憶を辿ると、瑞穂は明日香のことを“琴宮“と呼んでおり、明日香は“暁君“と呼んでいたような。
瑞穂のお見舞いに行った際にお互いを名前で呼んでいたような気がする。
だが、あの時の璃乃は自分の心の整理ができていなかったので気に留めていなかった。
「明日香ちゃんも最近“瑞穂君“って呼んでるよね?」
「だったらなんだよ」
前にいる少年は顔を隠すようにコップをやけに高く掲げてカフェオレを飲んでいる。
「嬉しいなって……私、二人のこと大好きだから。二人が仲良くなってくれたらいいなーって前から思ってて……」
自分で言ってて顔が熱くなってしまう。
璃乃も瑞穂に釣られるように顔を隠すようにカフェオレを一気に喉へ流し込んだ。
「恥ずいだろ……お前ってやつは平気で言って」
瑞穂は見るまでもなく顔を真っ赤させている。
璃乃の隣で明日香も俯き、恥ずかしそうに「そういうところだよ……もうー」と小さな声で呟いていた。
ふわふわと浮かび上がりそうな時間が流れる。
あっという間に時刻は18時半を過ぎようとしていた。
ふわふわタイムが終わり、明日香はジュースを取ってくると言い席を離れる。
顔の熱がある程度収まってきた璃乃は、その時を待ってましたとばかりに、腰を浮かし瑞穂に耳打ちをする。
「瑞穂!例の物持ってきた?」
「当たり前だろ。璃乃の方こそ良い物持ってきたのか?」
瑞穂はいつものニヤリとした笑みを浮かべ、足元を指さす。
そこには退院時から大事そうに抱えていた大きな紙袋と、そこからはみ出す包み紙。
「ナイスだよ瑞穂!私も——」
璃乃はカバンから手のひら大のラッピングされた袋をチラッと瑞穂に見せる。
「どのタイミングで始めるんだ?」
「明日香ちゃんが戻ってきたらすぐにでも始めるつもり!」
ドリンクバーから明日香が戻ってき始めるのを頭をのぞかせて確認する。
二人は廊下側から奥の窓側へ座り直し、急いで電話をして相手に「お願いします」と伝える。
電話を切るとほぼ同時に、明日香が席の戻ってきた。
彼女は紅茶が注がれたマグカップの取っ手とふちの部分を持ちながら、璃乃の手元を見つめる。
「あれ?璃乃ちゃん奥でいいの?もうあんまり飲み物無いみたいだけど?」
璃乃はそんな明日香の気遣いに返事もせずに瑞穂とともに作戦を実行する。
「せーのっ!」
「「誕生日おめでとう!」」
——パーンッっと二人はクラッカーを鳴らし、拍手をする。
「えっ!?」
明日香は呆気に取られ、マグカップから立ち込める湯気に揺られていた。
そしてハッと左右、後ろを見渡し「怒られちゃうよ?」と心配そうに璃乃に小声で言った。
璃乃はそんな心配そうな表情を浮かべる明日香ににっこりと笑みを見せる。
「大丈夫!店長さんにも伝えてるから!私、このファミレスの常連さんだから!」
自分で言った後になぜか母のまどかがこのセリフを言っている気がして、内心で驚いてしまう。
明日香は彼女は疑問符を浮かび上がらせ、首を傾げていた。
どうやら璃乃の話を咀嚼できないようだ。
「私、誕生日4月25日だよ?誕生日パーティーもこの間……」
自分の言葉でようやく気が付いた明日香は「あっ」っと声を漏らす。
「途中で邪魔が入っちゃったからね!本番はこれからだよ!」
璃乃は明日香にウインクをした後に、立ち上がった。
「ねっ!みんな!」
店内に響き渡るように声を上げた。
すると、満員の席から神無月高校の制服を着た生徒たちが一斉に立ち上がった。
「明日香!誕生日おめでとう!」
ドンッと重なり合う何個ものクラッカーが色鮮やかな紙吹雪を打ち上がり、明日香へ降り注ぐ。
「みんな!?どうして!?」
「今日は神無月高校の生徒で貸し切りなんだよ!みんな明日香ちゃんの誕生日をお祝いしたいって集まったんだ!」
璃乃の言葉が聞こえていないように、明日香は目を大きくして辺りを見渡す。
そこには璃乃が声を掛けたオーケストラ部の生徒や、1年C組の生徒たちが明日香に「おめでとう!」「琴宮!」「明日香!」と店内が割れんばかりの歓声が上がる。
何人かの女子生徒が明日香を取り囲み、「明日香ー!」と抱き着く。
「先輩っ!?先輩たちも来てくれたんですか!?」
「当たり前でしょ?可愛い後輩を祝えるんだったらバイトなんてサボっちゃうんだから!」
璃乃の知らない顔ぶれが次々と明日香と写真を撮ったり、他愛ない話をしている。
明日香は自己肯定感の低さと琴宮家という重圧から自分を隠すようになっていた。
もしかしたら、明日香は自分というものを持っていなかったのかもしれない。
琴宮家で行ったパーティーは社交的な場であり、招待された人たちは明日香ではなく、麻衣子と繋がりたいと思っている大人たちだった。
明日香はそれを当然として、自分の存在意義を考えるのを辞めてしまっており、璃乃と瑞穂しか招待をしなかったのだろう。
それでも、彼女は少しずつ前に進もうと自分の足で歩み始めている。
その小さな積み重ねの結果が、今日集まった明日香を大切に想ってくれている人たちだ。
今、璃乃の目に映る明日香は何も隠さずに笑い合っている、等身大の彼女だ。
——明日香ちゃんをお祝いしたい人たちってこんなにいたんだよ。
多くの友人に囲まれ、もみくちゃにされている明日香の笑顔は世界中の誰よりも輝いて見えた。




