表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第1部 神無月町病院編—『我儘な魔法使いと復讐者』
5/30

5話 扉と怪物と

熱い。体が燃えているようだ。


——助けて、誰か私を助けて、苦しい。


 薄っすらと光が差す方へ手を伸ばすも、光は遠く、とても小さく、弱々しい。


——死にたくない。誰か私を。


 恐怖が彼女の(まぶた)を閉じる。

 しかし、彼方にある光を感じたいと強張る眼を開いた。


 そこには扉があった。


 今にも朽ち果てそうな木で出来た扉は、所々が腐っており崩れている。

 崩壊しかけている扉の隙間から微かな光が漏れ出していたのだ。

 力強く押したら壊れてしまうだろう扉を優しく開ける。


 ギギギッ——


 扉は欠片を落とし(なげ)きを叫ぶように奇怪(きっかい)な音を鳴らす。

 それでも彼女は扉を開けるのを止めない。

 そして扉はその世界を瞳に映す。

 

——光の正体は木漏れ日だった。

 

 窓から差し込む木々、揺れ行く葉たちが穏やかにその部屋に陰影(いんえい)をもたらしていた。

 窓は数センチ開いており、乾燥した風が落ち行く葉を一枚、部屋へ連れて来る。

 広くもなく狭くもない一室へたどり着いた璃乃は、自分の身体が軽くなるのを感じていた。

 

 彼女の視線は木漏れ日の先にある椅子に向かう。

 そこには一人の青年がいた。

 青年は静かに泣いていた。

 ただ涙を流していたのだ。

 

 璃乃は思うがままに声を出してみた。


「こんにちは……」


 青年は、はっと驚きの表情を見せ、璃乃を見つめた。


「どうして泣いているの?」


 璃乃の存在に青年は息を飲み、返事に長い時間を掛けて優しく呟いた。


「悲しいからかな、頑張ったんだけどね。無理みたいなんだ。僕の夢は叶えられそうにない」


 視線を床へ逸らした青年は苦笑する。

 璃乃は青年に近づき、かがみ込んだ。

 

「頑張ったんだね。でも、もう大丈夫だよ。あなたの夢は消えやしないから」


 気持ちが前へ昇った。他の意味などない純粋な気持ち。

 青年は璃乃の胸の奥を覗くように目を細める。


 彼の唇は次第に小刻みに震え、顎が口を下へ引っ張る。

 それと共に瞳に様々な色が灯る。


「あぁそうか——そうだったんだ。どうして僕は……」

 青年は椅子から崩れ落ちた。


「大丈夫ですか!?」

 璃乃は彼の肩に触れようとすると、手がすり抜けてしまった。

 

「ああ、もう大丈夫だよ」


 青年は立ち上がり、璃乃の体を通り抜け、窓の先を見つめる。

 老葉(おいば)はカサカサと乾いた音を奏で、また一枚風に運ばれ——

 地へ降りていく。

 青年は窓を目一杯開けて、その葉を掌に載せて最後の一滴を託すように落とした。

 そして葉を地へ運んだ。


 風は止まない。

 

「君は魔法使いを信じるかい?」

 振り返った青年はもう微笑んでいた。

 

 璃乃の答えは決まっていた。


「はい!!信じてます!!」


 こくりと頷いた青年から炎が灯り、辺りへ燃え移った。

 彼は胸に一冊の本を抱き、片手を璃乃へ向かわした。


「君を信じてる」


 部屋は一瞬で業火に包まれあたりは火の海となる。


——熱い。でも、大丈夫だよね。


 璃乃は己を信じて瞼を閉じた。



 璃乃はベッドから起き上がり、辺りを見渡す。

 いつもの机に、さっき置いた体温計。カラカラに乾いた喉。そして、傍には愛猫のヒナ。


「やっぱり夢だったんだね。魔法使い…か……」


 相変わらず体は重く、立ち上がるだけでもふらつく。

 ヒナが足元を回り「ニャー」と何度も鳴いており、璃乃のもとを離れようとしない。

「ヒナは優しいね。でも大丈夫。水を持ってくるだけだから」

 

 ドアの方へ歩き始めた瞬間——

 

 ガッッシャン!!と、途轍(とてつ)もない音が部屋まで届く。

 

「何!?」


 明らかにこの家の中で起きた音であることが分かり、璃乃は確認をするために扉を開ける。

 しかし、ヒナが足にしがみつき璃乃を止めようとする。

 

「大丈夫だよ」


 ヒナを優しく抱え、頭を撫で、ベッドの上へ乗せる。

 そして部屋を出て、足音を立てないように階段を一段一段降りる。

 何かの拍子で食器が割れたか?それにしては音が大きすぎる。

——もしかして強盗?

 発熱と緊張で、鼓動は異常なほど速くなる。


 片手でスマホを握り110番の準備をしつつ、最後の一段を降りた瞬間、月明かりに照らされた影が璃乃の視界に入った。


 割れた窓ガラスと——

 

 明らかに人のものではない影。

 

 恐怖のあまり呼吸を忘れてしまい、手が痺れてスマホを落としてしまう。


「しまっ——」


 スマホが床を叩く音と同時に、影がゆっくりとあり得ない動きで回り、璃乃の方を向いた。

 一目散に玄関へ逃げ、靴も履かずにドアを開けて、道路へ出る。

 恐怖のせいか、発熱のせいか足が縺れ転んでしまう。

 

「っきゃ——」


 急いで体を起こし家の方を見る。

 そこには3mを優に越す体躯(たいく)。肌は凹凸が目立つ深い緑色で着色され、爪は刃のように尖っている“それ“が立っていた。

 

「ぁ……ああ……」


 喉が引っ付き声が出ない。腰が抜けてしまい、指一本すら動かせない。

 

「魔法使いなんていないんだよね」


 ようやく放った言葉は弱音だった。

 ここで殺される。そう直感した璃乃。

 しかし、心に燈る炎が小さく揺らめいていた。

 

「それでも——私は——」

 

 ようやく絞り出した一言を呟き、目を瞑り、覚悟した。

 そう思ったのに、なぜだか景色が見える。

 月光に照らされた怪物と九条璃乃。

 

 そして——

 

「——魔法使いはいる!!」


 月影に隠された一人の少年が立っていた。

 

 怪物は一刀両断されており、崩れ落ちた。

 影は晴れ、月明(げつめい)が二人を引き合わせた。

 

——まるで、祈りが形になったかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読みながら私が最初に感じた事は 「プロットがシッカリした作品だな」 です♪ と言うか毎回思うのですが、X等で活動されてる方は 「皆上手だわ」 です(^_^;) まだ読解不足なのでブクマしてもう一度最初…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ