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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
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39話 あの時の願い

◇ ✪ ◇(瑞穂視点)

 

「お願い、死なないで!絶対に——」

 

——寒い。身体が、内臓までも寒い。

 

 どこかで聞いた声がする。

 目が開いているはずなのに何も見えない。

 いや、薄っすらと見える光がある。

 あの時を思い出す。

 母さんと手を繋ぎ、見た黄金色の景色。

 もし戻れるなら、あの時に戻りたい。

 大好きだった母さんと穏やかな日々をゆっくりと。

 

「——死なせない!君と璃乃ちゃんが戦ってるのに!私だけに覚悟をさせて——」

 

——でも、あの日、俺が家に帰ると母さんは錬金術師に襲われて血を流していた。

 

 それでも俺を抱きしめて、泣いてくれていた。愛してるって言ってくれた。

 一番大切な人を守れなかったんだ。

 あの時に俺も死ねればよかった。母さんと一緒に終われたらどれだけ幸せだったか。

 そうだったら、こんなに苦しまずに……

 

「——君は璃乃ちゃんと夢を叶えるんでしょ!?こんなところで死なないで!」

 

——母さんを守れなかった。俺が弱かったから。そしてまた。次は璃乃を。

 

「目を覚ませ!暁瑞穂!私の顔を蹴ったのにそう簡単に死ぬなんて、ふざけんな!」

 

 見えた景色は思ったより暗かった。

 頬に涙が落ちる。

 腹部に激痛が走り、顔が歪む。

 

「痛っ——」

 

 その長い黒髪には血が付いており、頬や涙を拭おうとする手、駆け抜けた素足も赤く染まっていた。

 

「良かった」

「琴宮。俺は……」

 

 体を起こそうとするも全く動こうとしない。

 撃たれた痛みと違う鈍痛が腹部から感じる。

 それは明日香の持っているものを見ればすぐに分かった。

 

「お前が処置してくれたのか?」

 

 制服のシャツは破れており、所々赤く染まっている包帯が巻かれていた。

 

「“瑞穂君“はずるい!人に覚悟がないとか言って、自分は勝手に諦めようとして、私は——」

 

 明日香の瞳から再び涙が溢れる。

 

「ごめん」

 

 彼の声が漏れていたのだろう。もしくは見て分かるほどにダサい顔をしていたのだろう。

 

 辺りを見渡すと瑞穂が見た最後の景色と随分違っていた。

 床は先ほどの絨毯ではなく、薄いグレーのフロアタイルが一面に敷かれている。

 部屋の入り口から真っ赤な道筋が出来ており、それは瑞穂の倒れているベッドまで続いている。

 薬品の匂いが微かにするところから、ここは簡易的な医療室なのだろう。


 「瑞穂君のバカ」などと優しい罵声を浴びせる明日香に塗られた血の意味を知り、思わず苦笑した。

 

 瑞穂はベッド横に散らかる軟膏を横目にガレインへの対策を考えようとした時に、部屋の扉が開いた。

 

「明日香様!瑞穂様!」

 

 扉の奥から息を切らしながら、璃乃をおぶる恭平が姿を見せた。

 

「恭平!?」

 

 明日香は驚きを隠せないように目を丸くする。

 しかし、すぐに視線は璃乃へ向かったようで、彼女は璃乃へ駆け寄る。

 

「璃乃ちゃん!」

 

 璃乃の腹部から滴り落ちる血は、小さな血溜まりができるほどであった。

 

「……ハァ……ッハァ……瑞穂と明日香ちゃんが無事でよかった。ヒナは一緒?」

 

 明日香は首を振り、目を伏せる。

 

「私が目を覚ました時はもういなくって」

 

 璃乃は返事をするのも苦しいようで、脂汗を滲ませながら、小さく頷く。

 その時、一瞬の沈黙も許さないとばかりに、部屋全体に響く轟音と地震のような揺れが4人を襲う。

 

「きゃっ!」

 

 ガレインの攻撃に明日香は声を漏らす。

 

「また、あの錬金術——」

 

 息も絶え絶えに璃乃は呟く。

 

「弱虫ちゃんの血かしら?もう……逃げられないわよー」

 

 璃乃から流れる血がガレインを引き寄せる。

 声の大きさや方向からして、もう2階にはたどり着いているようだ。

 

「……恭平さん……私を下ろしてください……戦います」

「ですが……」

 

 恭平は戸惑いながらも、膝をつき、そっと璃乃を下ろした。

 恭平の背中から降りた璃乃は、狭い歩幅で瑞穂の方へ歩み寄るが、芯が抜けたような膝はすぐにふらつき、折れる。

 1mも歩けていない。

 明日香はいたたまれなくなり、璃乃に肩を貸した。

 

「まだ……動けます」

 

 それでも、璃乃の目は諦めていない。

 その目を見た恭平は息を飲み、3人を背にして扉の方へ歩き出した。

 

「私が行きます。こうなってしまったのは、私の考えが足りなかったからです。責任を取らせてください」

 

 ドアノブを握る彼の肩越しに見える横顔には深いシワが刻まれている。

 

「わ、私も——」

 

 明日香は唇を震わせながら、そう言った。

 彼女の発言に恭平の手が止まった。

 

「明日香様……」

 

 恭平は背中を向けたまま、天井を見上げる。

 そして顔を見せ、親のような温かい笑みを明日香へ向けた。

 

「私はそのお気持ちを聞けただけで、嬉しゅうございます」

 

 細めた目を開けることなく、再び背を向けた彼は——

 泣いていた。

 

 扉は静かに開けられ、そして閉められた。

 

「待って!恭平!」

 

 廊下から彼の大声が聞こえる。

 

「私は、負けられないんだ!!」

 

 部屋全体が揺れるほどの衝撃と破砕音はさいおんが3人を襲う。

 支えられていたはずの璃乃は、いつの間にか明日香を抱きしめていた。

 

「恭平さんは死なせない。絶対に私たちが助ける」

 

 璃乃は無理やり包帯を巻きつけ、瑞穂の方を真っすぐ見つめる。

 彼女の足元で、一人の少女が身体を震わせていた。

 真っ赤なブラウスと漆黒のスカートを身に纏う彼女は、願った。

 

「お願い!私たちを……助けて!!」

 

 四肢を赤で染めた、か弱い少女は心臓を抑えるように手のひらを押し付ける。

 彼女のブラウスには二色の赤。

 そこに一線の透明な色が頬から胸に落ちた。

 

 彼女の願いは九条璃乃と暁瑞穂の胸に間違いなく響いた。

 

「瑞穂!」

 

 全身の力が入らないが、その決意を物語る表情に心は動かされ、体に鞭を撃たせてくれる。胸に灯った熱いものは瑞穂の血を巡らせる。

 

「私に作戦があるの——」

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