4話 異変は唐突に
——それから二週間が経った。
——4月23日 神無月高校1年C組——
桜の花は散り、制服の袖が少しだけ暑く感じる日差しの中。
璃乃の“日常“は、静かに歯車をずらし始めていた。
帰りのホームルーム。佐藤先生が明日の予定を話している最中に隣の席の女子生徒が璃乃の肩を叩く。
「ねぇ、もう5人も休んでるんだよ?いくらなんでもこの一週間でみんな倒れすぎじゃない?」
「うん、確かに急にバタバタって5人休むって少し怖いよね」
女子生徒の視線をたどるように璃乃も教室全体を見渡し、空席が目立つ教室に懸念は抱く。
璃乃の視線が後ろへ向きかけた瞬間。
——バッタンー!
大きな音がし、クラス全体が音の方へ視線を送ると、明日香が席から倒れていた。
「明日香ちゃん!」
席から立ち上がり急いで駆け寄る璃乃。
「大丈夫かよ!琴宮!」
数名の生徒が明日香のもとへ駆け寄る。
璃乃が触れた明日香の体は尋常じゃないほど熱く、素人でも熱があるのが一瞬で分かるほどだった。
呼吸も荒く、不規則で意識もなかった。
「私が保健室へ連れていくわ!九条さん!支えて!」
佐藤が明日香をおぶるが、彼女の体は脱力しており佐藤一人では抱えきれない状態だった。
「はい!」
「君は隣のクラスの先生に伝えてきて!」
「分かりました!」
璃乃はおぶられている明日香の背を抑えて崩れないようにし、佐藤と共に教室を出る。
保健室へ運ばれた明日香を見た保健室の先生はすぐに救急車を呼び、5分と経たないうちに救急車が到着した。
「ご家族には連絡つきましたか!?」
「はい、執事の方が病院へ向かわれるそうです!」
保健室の隣にある職員室は慌ただしく動いていた。
璃乃と佐藤先生は騒然とした状況に目もくれず、救急隊員に運ばれる明日香を後ろから追い、彼女に声をかける。
「明日香ちゃん!明日香ちゃん!」
「琴宮さん!もう大丈夫だからね!安心して!」
校舎を出る頃には、璃乃の視界は滲み、親友を見られなくなっていた。
明日香は救急車の中に運ばれ、救急隊員が難しい専門用語を話し合っている。
「大丈夫、琴宮さんなら大丈夫だから、ね?」
泣きじゃくる璃乃の背を優しく撫でる佐藤。
少しずつ落ち着きを取り戻した璃乃は「先生ありがとうございます」とハンカチで涙を拭いながら伝えた。
「私は琴宮さんのお家にもう一度連絡をするから、九条さんも身支度して帰りなさいね」
佐藤は微笑みを見せ、その場を離れた。
救急車が出発するまで璃乃はその場に立ち尽くす。
すると、救急隊の話が聞こえてきた。
「はい、これで17人目です。はい、この学校だけで……」
「しかし、これはウイルスや細菌性のものではないとこの間——」
扉が閉まり、サイレンがけたたましく鳴る。
璃乃を残し、明日香は連れて行かれた。
「明日香ちゃん……」
空は彼女の気持ちを表すような曇天だった。
——翌日——
1年C組の欠席者は10名まで上り、クラス中が一日中、ざわめき立っていた。
「新しい病気が流行ってるらしい」「近くの工場から有害な煙が学校を包んでいるって聞いた」など現実味のある話が余計に生徒たち心を煽る。
帰りのホームルームで佐藤は神妙な面持ちで話をしていた。
「——ということで、明日から4月29日まで臨時休校にします」
佐藤は落ち着いて伝えようとしたが、案の定クラス中の不安はピークになった。
「先生!この流行ってる病気はこの学校だけって噂は本当なんですか?」
一人の生徒が質問をすると、周りがパニックになってしまった。
「どういうこと?」
「もしかしてテロ?」
泣き始める生徒も現れる。
「そんな訳ないでしょ!」
生徒を落ち着かせるために強く否定をするが、そんな佐藤も原因が分からない現状に疲弊しているようだった。
そんな中、璃乃は明日香のことが頭から離れず、窓を見つめていた。
「明日香ちゃんよくなってるといいな……」
自然と席を離れて校庭を見ると、一人の少年が必死な様子で校門の方へ駆けている姿が目に入った。
「あの子なんであんなに……」
「九条さん!」
佐藤に呼ばれ、席に戻る璃乃。
そこへ一通のメッセージが彼女のスマホを振動させた。
相手は母・まどかからだった。
15:10―まどか
「ごめん!今日お父さんもお母さんも遅くなるから夜ご飯適当に食べてて!」
この手のメッセージがまどかから届くことはよくある。
だが今日だけは——
なぜか胸騒ぎが止まない。
——その日の夜、璃乃の部屋——
胸騒ぎの正体は璃乃の体調の変化によって現実となった。
「39.5℃……頭痛い」
体温計をベッドの脇に置き、熱冷ましのシートを貼る。
璃乃は家に帰った途端、意識が朦朧となり、辛うじてベッドまでたどり着き、気が付いたら辺りは真っ暗になっていた。
「ニャー」
ヒナが璃乃の頬を舐め、心配しているのが分かる。
「ありがと、ヒナ」
しかし焦点が合わず、伸ばした手は空を切り、落ちていった。
そして、意識が遠のき始めた。




