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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
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35話 貴方のような

「ただいまー」

「何があったんだよ」

 

 露骨なまでに肩を落とし、明らかにテンションが下がっている璃乃の視線を追うと、壇上に上がる明日香の姿があった。

 

「まだ話せてないのかよ。それと花守生花店の二人は?」

「二人は用事があるからってもう帰ったよ。今日はお花を届けるためだけに来たんだって」

 

 璃乃は大きくため息を吐き、懸命に姿勢を正そうととするもすぐにうなだれてしまう。

 

「やっぱり、話してくれないみたい」

「助けてやりたいが俺が間に入っても余計に拗れそうだしな」

「っふふ。そうだね」

 

 降参とばかりに瑞穂は手を上げ、それを見た璃乃はクスっと笑う。

 

「瑞穂も恭平さんと随分話し込んでたみたいだけど、仲良かったっけ?」

 

 璃乃が瑞穂の背後に向かい手を振っているが、相手が恭平であることは見るまでもなかった。

 

「まぁな」

 

 歯切れの悪い言葉に璃乃はにやっと笑みを浮かべ瑞穂を覗き込む。

 

「瑞穂も喧嘩したんでしょー?」

 

 意地悪そうな笑顔を見せる璃乃の頬を手で摘まむ。

 

「痛っーい!」

「うるせぇ、琴宮と喧嘩して泣きまくったお前に言われたくない!」

 

 璃乃の顔が一瞬で赤くなる。

 

「な、なんで知ってるの!?もしかして恭平さん!?でも?あれ!?」

 

 一人で赤面していたり、パニックになったり忙しい璃乃を見て、先ほどの自分のイラつきすら馬鹿馬鹿しくなり、思わず吹き出す瑞穂だった。

 

 

 会場の明かりがさらに暗くなり、壇上の明日香とピアノのみにスポットライトが当たる。

 

「いやー今日の明日香様はお召し物も素敵で隣に立つと私のスタイルの悪さが——」

 

 おじさん特有の自虐ネタにそこそこの笑いが起きる。

 しかし、司会の男性が唸るのも納得する美麗さは、その線に疎い瑞穂でも一目で感じ取れた。

 

 真紅のタイトブラウスに、漆黒に星屑を投げたようなキラキラと輝くプリーツロングスカート。

 足元には同色のプレーンパンプスと彼女の雪のような白い肌が見え隠れする。

 それらを縁取るように金色のネックレスとピアスがスポットライトの光を集める。

 

「編み込みのシニヨンにしたんだ」

 

 瑞穂の隣で、呪文のようなことを言っている璃乃は、「髪飾りは——」と聞いてもいないことを独り言なのか、瑞穂に話を振っているのか分からない絶妙な声量で続ける。

 

「何言ってるんだ?」

「……」

 

 どうやら瑞穂は彼女の期待に応えられなかったようだった。


 司会者が明日香に近づきインタビューとばかりにマイクを向ける。

 

「これから明日香様が演奏してくださるのは、なんとご自身で作曲された曲とお聞きしたのですが、どのような想いを曲に?」

 

 壇上の明日香は一度大きく深呼吸をして司会者からマイクを受け取る。

 

「この曲は私が親友への気持ちを書いた曲です」

 

 観客が明日香の一言ごとに拍手を送る。

 

「ですが、お恥ずかしい話、今はその親友と上手く話せておりません」

 

 明日香の言う親友とは璃乃のことであることは明白。

 彼女の不器用さに瑞穂は思わず肩をすくめる。

 拍手の音で会場内を一度見渡すも、脈絡を気にしないで手を叩く大人たちは全員揃いも揃って同じような笑顔を浮かべている。


 社交という仮面を着けている大人たちを見なかったことにして、瑞穂はすぐに壇上の明日香に視線を戻す。

 スポットライトを浴び、身振り手振りと体を動かす彼女はまるで操り人形のように見え、彼は拳を握ってしまう。

 

 レールの上を走ることを強制された人生。そのレールすら上手く走れずに支えがないと脱線し倒れてしまうのだろう。

 

「心底むかつくな」

 

 璃乃の視線が視界の端に入ったが、零した言葉を隠すように顔を固定し、目を細めて明日香を凝視した。

 

「その親友がどこかへ行ってしまうような気がして……それが怖くって——」

 

 ピアノの演奏というより独白のような雰囲気に会場の仮面たちはようやく拍手を止めた。

 明日香はマイクを下ろし、自分の声でその人に届くように声を張り上げる。

 

「私は貴方のように強くなりたい!貴方の隣にいられるような強い大人になりたいっ!!」

 

 スポットライトの強い光は明日香の瞳から流れる物を際立たせるように眩く反射させた。

 瑞穂は隣で声を漏らし、ひくつく明日香の親友の背中にそっと手を添えた。

 

「ヒッ……ヒッ……ありがとう」

 

 明日香はマイクを司会者に渡し、椅子へ座る。

 

「聴いてください曲名は『羽』」

 

 そっと鍵盤を押す指は息を飲むほどの美しい旋律を生み出した。

 流麗な楽音は、あまねく世界を満たしていく。

 会場を包み込む豊かな響きは会場の多くの仮面を落とし、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「明日香ちゃん……」

 

 璃乃も涙を止めることを諦めているようにハンカチで目を抑えている。

 静かだが明るい曲調は次第に暗いメロディーに変わり、徐々に強く、爽快な音色へ変わり始めた。

 

——多分見せ場が来る。

 

 瑞穂も自然に瞳が潤み、光の中心にいる彼女に心を奪われていた。

 

 その時——

 

 会場の明かりが一斉に消えた。

 

——演出?いや違う!

 

——ガッシャーン

 会場の窓ガラスが割れる音が会場に響く。

 

「きゃー!」

 

 女性の叫び声を皮切りに会場内がパニックに陥る。

 

「会場内の警備に連絡をとれ!他のものは来賓の安全を確保しなさい!」

 

 恭平であろう声がけたたましく木霊する。

 

「明日香ちゃん!!」

 

 瑞穂は暗闇に目が慣れておらず、駆け出す璃乃を見失ってしまう。

 

「璃乃!待て!」

 

 大声で制止をするも会場内の大勢の声でかき消される。

 

「クソ!」

 

 瑞穂も壇上の方へ走り始めようとすると、明かりが顔を照らす。

 

「瑞穂様!」

 

 恭平がペンライトを片手に瑞穂へ駆け寄る。

 

「何が起きた!?」

「分かりません。しかし、配電盤が何者かにより破壊された可能性がございます」

「その配電盤はどこにある!?」

「壇上下手右側の扉から真っ直ぐ行って右に曲がってそれを——」

「建物が複雑すぎるんだよ!」

 

 この状況で初見の道を迷わずに進むのは不可能だ。

 

「瑞穂!私、配電盤の場所分かるよ!」

 

 明日香の手を取り、瑞穂の元へ帰ってきた璃乃が右側の扉を指す。

 

「恭平、一体何が起きてるの!?」

 

 璃乃に手を引かれている明日香は瞳孔が激しく揺れ、定まっていない。

 恭平は黙り込み、瑞穂、璃乃、明日香を見つめ、小さく頷く。

 

「瑞穂様、璃乃ちゃん。明日香様を連れて、配電盤まで向かってください。どうか明日香様をお守りください!」

 

 ペンライトを瑞穂に渡し、右耳につけているインカムのようなデバイスも瑞穂の右耳に掛ける。

 パーティー会場と配電盤のどちらか、もしくは両方が敵の襲撃を受けた。

 この場の最高戦力はおそらく瑞穂と璃乃だ。

 恭平はそれを踏まえた上で、明日香を第一に考えた賭けに近い判断を下したのだろう。

 

「お願い、説明して恭平!」

 

 明日香の言葉に返答をしない恭平は傍らから、瑞穂の刀と璃乃のアイアンを渡す。

 

「私は、ここの方々を避難させます。瑞穂様、璃乃ちゃん。どうか——」

 

 言葉に詰まる恭平は三人に背を向け、暗闇の中へ消えていく。

 

「恭平!行かないで!」

 

 泣き叫ぶ明日香の声は恭平を止めることができなかった。

 

「琴宮!今は黙って着いてこい!行くぞ璃乃!」

「うん!」

 

 瑞穂はペンライトを璃乃に渡し、三人は会場から脱出した。

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