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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
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31話 璃乃とアクイラス・エリス

  陰影は太陽の光を避けることなく、璃乃から離れていく。

 

「待って!アクイラス」

 

 彼女を追いかけ、琴宮邸の正門近くでその背中を捉える。

 璃乃へ返事をするかのようにアクイラスは足を止め、振り返った。

 

「昨日の“弱虫ちゃん“。やっぱり生きていたのね」

 

 一定の距離を保ち、二人は睨み合う。

 

「それはこっちのセリフ。あなたは大ケガをしてまともに歩けなかったはず。それも誰かの魔力のおかげなの?」

 

 璃乃はアイアンを構え、じりじりと間合いを詰める。

 

「だったら?また正義面して、泣き叫ぶの?でも、もう一人の子は助けに来れないわよね?」

 

 瑞穂が大怪我をしているのを知ってる口振り。

 身体を通り抜ける風が、妙に冷たく感じられた。

 璃乃の額には薄っすらと汗が滲み始める。

 

「アハハハ!分からないの?私が貴方のような下等な血族でも分かるように行動してあげた意味が」

 アクイラスは両手を広げ、高笑いをする。

 

「私を誘き出すため……」

「そう!貴方は私を何度も侮辱した。これは神が下した罰なのよ。だから——」


 璃乃は一気に走り出し、アイアンを右後ろに振り下す。

 

「だからね……お前はここで死ねぇ!!」


 怒号と共にアクイラスは右手を璃乃の方を投げるように向けた。

 

——多分何かが来る!

 

 敵攻撃は全く見えない。

 

 ならばと、回転するように琴宮邸の方へ跳ぶ。

 そして琴宮邸の柵を右足のみで蹴り上げアクイラスの頭上へ舞い上がり、昨日の瑞穂のように一気に急降下する。

 

「何っ!?」

 

 アクイラスは璃乃の軌道を追うように柵の方へ視線を送るが、璃乃はもうそこにはいない。

 

「——はっ!」

 

 眼下のアクイラスに向かい、アイアンを振り抜く。


「ぎゃああああー!!」

 

 背部へ迷いなく叩きつける。

 そこは瑞穂が切り付けた傷口だった。

 黒いローブから血が流れ落ちる。

 

「貴様ー!!」

 

 アクイラスは振り向き、璃乃の首元へ手を伸ばす。

 着地をした璃乃はしゃがんだ状態から、兎の如く跳ね上がる。

 その爆発的な瞬発力で、アクイラスの攻撃を避ける。

 

「——はぁっ!」

 

 二人が交差した瞬間に、璃乃は急ブレーキをかけた。

 アスファルトに穴を作る勢いで、右つま先を踏み込む。

 踵は円運動をし、彼女の前に蹴り上げられた小さな砂利が飛び散る。

 

 遠心力を加えた強烈な一撃を左肩へ叩きつける。

 ヘッドを通じて、肩の骨が折れる鈍い感触が伝わる。

 

「イッッ——」

 

 声にならない苦痛がアクイラスの喉から漏れる。

 回転の力を逃がしきれずに、璃乃の体はバランスを崩す。

 咄嗟に転がり、すぐに片手を地面に着き、起き上がる。

 アイアンを構え直し、敵を逃さないとばかりに目を見開く。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 息が切れ、肩が上がる。自分のできる全ての攻撃が目に分かるように相手にダメージを与えていた。

 地面には血が垂れ、左肩は異様に下がっている。

 

「瑞穂の言った通り!あなたは私たちを下に見て、自分が格上だと勝手に思い込んでいる。だから相手の出方を考えない」

 

「黙れ!下等な血族が!私は、神に選ばれし血族、アクイラス家なのに、こんな!!こんなことがぁっ!!」

 

 唾が飛び散るほど、大きな口を開け叫ぶ彼女は鬼気迫るようだった。

 動かないはずの左腕を上げようとし、「アアァッ!!」と虚しい声を上げる。

 足元には血痕が溜まり、璃乃の方へ運ぶ足は血の線を作っている。

 

「殺してやる!!下等種に、神に最も近い私たちが、負けるはずがない!!」

 

 血という物に取り憑かれている彼女に璃乃は同情心を抱き、目を伏せた。

 構えたアイアンを下げ、歩み寄るように近づく。

 顔を上げると、悪夢を見続けている者がいた。

 

「いつか分かり合える時が来るって信じてる。でも、今のあなたは危険すぎる。全力で叩くから、死なないでね」

 

 息を整え、アイアンを構え直す。

 

「助けて!子供たち!」

 

 アクイラスは急に狼狽した様子に変わり、右手を自身の顔の前で何度も振る。

 

——子供たち?まさか!?

 

 瞬間、強烈な痛みが璃乃の右腹部に走り、血が流れ始める。

 あまりの痛みに膝が折れ、その場で手を着いてしまう。

 周りを見渡すも何もいない。

 ただ自分の右腹部から出血が止まらない。

 

「痛ッ……」

 

 痛みに堪え、立ち上がろうとするも、顔に重みが掛かり、地面に顔がついてしまう。

 アクイラスの血で染まった靴だった。

 

「形勢逆転ね。貴方はそう簡単には死なせないわー何度も甚振って、泣きなけばせて、絶望させてから殺してあげる。ほら!昨日みたいにみっともなく泣きなさい!」

 

 璃乃の顔を踏みつける力が強くなる。

 

「——私はもう負け……ないって、絶対に——」

 

「泣け!下等な血め!」

 

 一瞬顔が軽くなるが、アクイラスの蹴りが璃乃の顔面に入る。

 

「あ……がっ」

 

 顔全体が熱く、強い痛みと共に鼻血が流れ始める。

 そしてまた、すぐに顔を踏みつけられる。

 

「アーハハハ!ごめんなさいね。可愛い顔が落ちてたから思わず蹴っちゃったー」

 

 高笑いを聞きながら、地面とアクイラスの靴を見る事しかできない璃乃。

 

——このまま負けるなんて。

 

 その時——ビュンッと何かが風を切る音がした。

 

「痛ッ!なに!?」


 アクイラスの足が璃乃の顔から退いた。

 

 璃乃はすぐに立ち上がり動作に入り、顔を上へ向け、敵を視認する。

 アクイラスの胸部から微量の出血を確認する。


 彼女は重心が後方へズレ、片足を浮かしていた。

 これを逃す手はない。

 7番アイアンを強く握り、しゃがみ込む。

 己の背中に翼があるように錯覚させ、敵に向かって——

 

 飛ぶ!!

 

 肩で風を切り、飛び去る血を糧とする。

 グリップを渾身の力で握り込み、垂直に半月を描くように相手の顔面へ強打する。

 

「——はっ!!」

 

 めしっめし、ぐしゃ——と鈍い音を響かせ、アクイラスの右頬へクリーンヒットした一振り。

 渾身の一撃は、彼女をコマのように回転させた。

 

 七錬神・神血担当——アクイラス・エリスは白目を向けながら、地面へ沈んだのだ。

 

「……ハァ……ハァ……倒せたの?」

 

 道の端で辛うじて呼吸をしている右頬が腫れているアクイラスの体を揺さぶるも反応はない。

 

「もしかして、終わったの?」

 

 流れる鼻血を腕で拭い、スマホを取り出す。

 14時6分。

 

「守れたんだ。私やったよ瑞穂」

 

 アイアンを無造作に落とし、腰を抜かす。

 手に残るのは相手の命を奪うかもしれないと思いつつも、振り抜いた感触と骨に響いている鈍痛。

 強い嫌悪感と吐き気が璃乃を襲った。

 彼女は胸を押し込みそれらを無理やり抑える。

 澪へ電話をしようと再びスマホを取り出した時だった。

 

 視界の端で血しぶきが上がる。

 

「何っ!?」

 

 璃乃が振り返ると、アクイラス・エリスの体が噛み千切られていた。

 彼女の体は微かに浮いており、無防備のまま右脚から徐々に透明な——野犬に食われているようだった。

 

「させない!!」

 

 アスファルトからアイアンを救い上げ、浸食されるアクイラスの傷口に向かって振り下ろす。

 璃乃の攻撃は空を切った。

 

「アクイラス!!」

 

 右半身を食われた彼女に手を差し伸べるも、アクイラスは一瞬不気味に笑い、息を引き取った。

 璃乃の攻撃は野犬に掠りせずに、アクイラス・エリスの体は食い尽くされた。

 地面に血溜まりだけを残し、野犬は璃乃を襲うことなく消えていったようだった。

 

 愕然としながら、スマホで澪へ電話をする。

 

「澪さん!璃乃です!犯人を捕まえたのですが、痛ッ……とりあえず来てください!」

「えっ!?捕まえた!?今どこ?」


 上半身を動かすだけで激痛が電気のように走る。

 それを隠しつつ、目を細めて親友の家を見つめた。

 

「琴宮邸のすぐ近くです!」

「分かった!今すぐに向かうね!」

 

 電話が切れ、一息着く。

 

 一瞬の出来事に璃乃の心拍は収まる様子がない。

 目の前で一体何が起きたのか、理解ができない。

 アクイラスは自分で死を選んだのか、はたまた野犬が暴走をしたのか。

 

「怖かった……」


 疑問はそれだけではない。

 アクイラスはなぜ足を退けたか、璃乃が攻撃していない胸部からの出血が恐らく答えになる。

 すぐ近くにある木に刺さった血の付いた包丁。

 

——誰かが助けてくれた?でも一体誰が?

 

 答えは野犬と同じく見えない霧の中だった。

 野犬は生きているのか。アクイラスを襲ったあと消滅したのか。

 不明な点が多すぎる。

 

「澪さんが来たら聞いてみようかな……」

 

 独り言を零し、ふと包丁が刺さる木の直線状にある琴宮邸の方へ視線を滑らせる。

 

「呼んだ?」

 

 そこには澪がいた。

 

「えっ!?まだ電話してから5分くらいしか経ってないですよ!?」

「魔法使いを舐めてもらったら困るねー璃乃」

 

 鼻を鳴らすように高らかに語っている澪はどこか瑞穂を彷彿とさせた。

 

「そんなことより。璃乃、大変だったね」

 

 地面に広がるアクイラスの血痕と璃乃を何度か見た澪はしゃがみ込む。

 

「澪さん。瑞穂が……私のせいで……」

 

 璃乃は俯き、澪の顔を見ることができない。

 

「うん。知ってるよ」

 

 澪の手が頬を包む。

 璃乃は思わず顔を上げる。

 

「でも、生きてる。大丈夫だよ。あの子は強い子だよ。なんて言ったて璃乃と瑞穂は私の弟子だからね!」

「はい。澪さんありがとう」

 

 上手く口角は上がらないが、不格好な笑顔は作れた璃乃だった。

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