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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
33/42

30話 親と子

——その夜の九条家——


「璃乃!返事しなさい!ご飯どうするの!」


 母・まどかの声が部屋のドア越しに聞こえてくる。

 

「ご飯なんかいらない!ほっといてよ!」


 少しでも気を抜いてしまうと、声が出なくなってしまう。

 璃乃は虚勢を張るために大声を出すしかできなかった。

 

「いい加減にしなさい!」

「うるさい!お母さんには関係ないんだから関わらないで!」


 自分の一言一言が胸に突き刺さる。

 まるで明日香に言われているような気がして、枯れたはずの涙がまたこみ上げてくる。

 まどかの階段を下りる音が普段より小さく、寂しそうに聞こえた。

 

「ごめんね。お母さん」


 枕に顔を埋めて、涙を拭う。


「ニャー」


 涙の跡を懸命に舐めるヒナは璃乃の隣から離れようとしない。

 

「ヒナもごめんね。こんな弱虫な飼い主で、嫌いになっちゃうよね」


 璃乃の言葉を理解しているのか分からないが、ヒナは彼女の首元で丸くなり眠りにつく。

 

「ヒナ、ありがとう」


 璃乃はヒナにつられるように眠りについた。


 ——5月24日 九条家——


ピッピッピ——スマホのアラーム音が璃乃の耳元で鳴り響く。

 

「——うぅ、今日は学校お休みなのに……」


 画面を操作して、アラームを消す。

 

「昨日、アラームの設定消さないままだったんだ。しかもスヌーズ……」


 時刻を見ると、9時40分だった。

 二度寝や三度寝いや、それ以上無意識でアラームを止めていたらしい。

 首元にいるヒナを起こさないようにゆっくりとベッドから起き上がり、1階のリビングへ向かった。

 

 リビングには父・仁彦がテレビを見ていた。

 扉を開け、リビングを見渡し、まどかの姿がないことに気が付く。

 

「お父さんおはよ。お母さんは?」


 ダイニングテーブルに置いているラップがかけられたお皿を見て薄々気が付いてはいる。

 

「おはよう、璃乃。母さんは今日仕事だよ」


 昨日の夜ご飯とは違うであろうスクランブルエッグとベーコンと小さいサラダをじっと見つめる璃乃。

 ご飯をよそい、ラップを外す。

 小さな声で「いただきます」と朝食を食べ始める。

 

「何があったかは聞かないけど、璃乃。母さんの気持ちも少しは考えてあげてほしいな」


 父はテレビを消し、何も映らない真っ暗な画面を見つめる。

 昨日、酷いことを言われても母は璃乃を愛してくれている。

 口に運んだ食事を噛む度、昨日のまどかの声が蘇る。

 申し訳なさと、嬉しさが同時に込み上げて、目頭が熱くなり始めた。

 

「はい……ごめんなさい……」


 璃乃は箸をカチャンと茶碗の上に置いた。

 もうこれで泣くのは最後にすると誓い、声を漏らしながら大粒の涙を流す。


「…っ…ひっ」

「璃乃はいい子だね。父さんと母さんはどんなことがあっても璃乃の味方だから、安心しな」

「うん……ありがとう」


 久しぶりご飯を美味しいと思えた。

 何も答えは見つからない、でもまどかと仁彦から前に進むだけの勇気を貰えた。


 朝食を終え、部屋へ戻り、瑞穂に何度か電話をするも繋がらない。


「瑞穂の覚悟と私の夢。どっちも諦められない。それに瑞穂が言ってくれたもんね」


 仁彦に明日香のパーティーの前乗りと言い、明日香の家に泊まると嘘をついた。

 廃工場を潰され、居場所がないアクイラスが襲撃する可能性が高いのは今日の昼から明日のパーティーが終わるまでだ。

 そう考えた璃乃は琴宮邸の前に身を潜めて、待ち伏せすることにした。

 

「2時以外にも襲ってくる可能性がある。だから、今日は野宿……」


 覚悟を口に出し、最低限の荷物だけをリュックに詰め込んだ。

 水とチョコレートとカフェオレ——最終確認をしてリュックを背負うと妙に重いような気がした。

 

「ヒナ?」


 ヒナに行ってきますと伝えようとするも見当たらなかった。

 しかし一刻も早く琴宮邸へ向かいたい璃乃は誰もいない部屋に「行ってきます」と言い、家を後にした。

 

 琴宮邸に向かう道には水溜りが多くできており、一つ一つが璃乃の顔を湾曲わんきょくさせ映す。

 弱さ、醜さ、愚かさ、それを全力で踏みつけて、璃乃は力強く歩き出した。その背中には父の7番アイアンがキラリと光っていた。

 

「もう、絶対に負けない!」


 自分がどうしていきたいか、まだ決まっていない。今はただ大切な人たちを守るために戦う。

 そう考えていた璃乃のポケットが振動する。

 スマホの画面を取り出すと、琴宮家からの着信だった。

 

「明日香ちゃんのスマホじゃなくって、お家から?」


 もしかしたら明日香からかもしれない。

 だが、今は出られない。

 明日香との話し合いは、この事件を解決させてからだ。

 もし、今話し合えばまたすれ違いのは確実。

 璃乃はスマホをポケットにそっと戻した。

 

 ——琴宮邸前——


 「時間は12時55分……2時まで時間はあるけど——」


 琴宮邸をなるべく俯瞰してみるため、近くにある小さな丘の上の木に登り、琴宮邸を見守る璃乃。

 明日香との最後の会話を思い出し、叩かれた頬を触る。

 

「明日香ちゃん……」


 もう前のような関係には戻れないのかもしれない。

 自分が魔法使いを目指す限り、似たようなことが必ず起きる。

 だったら明日香のためにも、距離をとった方が良いのかもしれない。

 でも、その決断はもう一度話し合ってから決めたい。

 そう考える璃乃は更に木を登る。

 

「今できることをやる。明日香ちゃんのためにも、瑞穂のためにも、私の……ためにも」


 璃乃は強い気持ちを崩さないように自分に何度も言い聞かせた。

 


 時間は過ぎ13時50分を過ぎた頃だった。

 璃乃は琴宮邸の生垣脇に“黒い揺らぎ”を見たような気がした。

 視線を落とすと、門扉(もんぴ)の影が一瞬、滑るように動く──風じゃない。

 

 その影を捕らえるべく目を見開き視界を広くする。

 隈なく探すも見失う。

 リュックを木にかけ、木から降りて琴宮邸の方へ走り出そうとした時。

 

 背筋に冷たい視線を感じて振り向こうとするとあの声が聞こえた。

 

「──やっぱり来たのね」

 

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