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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
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27話 血の雨

「あなたはいったい何者なの!?なんでこの町の人たちを苦しめるの!?」


 璃乃の問いは工場中に反響し、自分へ跳ね返ってくる。

 隠そうとしても、怒りはもう抑えられそうになかった。

 彼女の怒声は外から聞こえるエンジン音すらかき消す勢いだ。


 ローブ姿の女は値踏みをするように、璃乃の足先から顔を舐めるように見る。

 そして査定が終わったかのように顎を上げた。

 

「貴方……もしかして、弱いでしょ?」


 太陽は天高く浮かび、眩い光が工場の隙間から血で描かれた時計の文字盤を不気味に照らす。

 微かに反射した赤色の水溜りが、不気味に彼女の体躯を表す。


 ローブを纏っているが、足元や手首だけでも分かる璃乃以上の華奢さ。

 白髪と銀髪の間のような色の髪は艶もない。

 さらさらと風になびくと数本抜けてさらわれる。

 

 女は中心から動かず、時計の文字盤の11時方へ右手を向けた。

 すると、血で描かれた11の文字が空中へ浮遊し始める。

 

「ねぇ?素敵でしょ?太陽の光を様々な色に変える……ここまで来たご褒美に……ね?」


 彼女の口角が三日月のように鋭くなる。

 

「私はそんなものに興味なんてない!今すぐ錬金術を止めて!!」


 目の前の光景を璃乃が見過ごせる訳がなかった。

 構えた7番アイアンが震えているのは恐怖のせいではなく、激昂(げきこう)

 

 璃乃には見えるのだ。浮かび上がる数字、地面に書かれている数字。

 これらは被害に遭った人たちの血潮。

——恐怖、嘆き、トラウマに苦しめられている罪のない人々の姿が。

 

「止める?貴方は私に、この高貴な行い止めろって言ったのかしら?」


 ローブ姿の女の表情が一変し、憤怒ふんぬの炎が吹き上がる。

 女の髪がまた風にさらわれる。

 それは璃乃の頬をすり抜け、体に向かって冷たい風が吹きつけた。

 

 以前、透花に当てられた魔力と酷似しているものだと直感する。

 しかし、透花のモノよりか貧弱で璃乃をひれ伏せるには足りない。

 体を襲う軋みを伴う禍々しい空気を蹴り飛ばすように、一歩踏み出す。

 璃乃の靴から鳴った砂の擦れる音が、黒いローブの女の怒りのスイッチを押した。

 

「この私に!貴様が!?七錬神(しちれんしん)神血担当(しんけつたんとう)である私——アクイラス・エリスに!」

 女の激声は工場のトタン屋根を振動させ、地面に亀裂を走らせる。

 そして女は、右手を再び背後へ向けた。

 

「下等な血統が私に命令をするなっ!!」


 その手は大きく揺れ、指の関節はありえない方向へ曲がる。

 

 彼女が右手を大きく振り払う。

 すると呼応するように、浮かび上がっていた11の文字から反時計回りに6の文字までの数字が次々と爆散する。

 

 爆散と同時に、大量の血液が吹き上がり、血の雨が降り注ぐ。

 アクイラスと名乗る女の右半身は血の雨という返り血で真っ赤に染め上げられ、右足に至っては血の海に沈みそうなほどであった。

 

 時計の文字盤は11時から6時までの部分が赤い水溜りになっており、太陽光と交じり合って朧げに半月のような輝きを放っているように見える。

 常軌を逸脱している行動に戦慄が走る。

 璃乃の顎から一滴、また一滴と汗が流れ落ちる。

 時間稼ぎは出来ているが、金縛りのような感覚に襲われ、動けなくなっている自分に焦りが出ていた。

 

「……何を」


 瞳は揺れ、女を見失いそうになる。


「アクイラス家の血筋を超えるものは神のみ!私たちに命令をしていいのは断じて貴様ではない!!」


 アクイラスは右膝を地面へ着き、血だまりを両手で(すく)い上げる。

 彼女の手から零れ落ちる大量の血液を顔から浴びるように、体を潜らせる。

 

「可哀想に。私の可愛い子どもたち。仇は取ってあげるからね」


 アクイラスは立ち上がり、またしても口角を上げ、掬い上げた鮮血を天井へ向かって何かに捧げるように投げた。

 彼女の足元に禍々しい丸い円形の光が出現する。

 

「あれは——錬成陣!」


 璃乃は強張る足を一度思いっきり叩き、痛みで無理矢理、体を前に押し出した。

 

【——神とは抽出。秩序の揺らぎに応じて、形を変えよ。移ろえ——《血——》】


 空に光る鮮血は形を変え始める。

 

 ——間に合わない!

 

 ガッッシャーン——

 

 天井から大きな音が聞こえると共に影が一つアクイラスに向かい急降下し始める。

 

「——はっ!」

 

 瑞穂の襲撃だった。

 アクイラスは音に反応し詠唱を止め、身を返そうとする。

 しかし、その時には瑞穂は彼女の頭上だった。

 璃乃も走る速度を上げ、挟み撃ちしようと距離を詰める。

 

 瑞穂が刀を振り下ろし始めた瞬間——


 見えない“何か“が瑞穂の刀を弾いた。

 それは一瞬で一刀両断され、血しぶきを上げながら、飛沫のみを璃乃の目に映して後方へ吹き飛ぶ。

 

「クッソ——」


 明らかに減衰した刀の勢いのまま、瑞穂はアクイラスの背部を切りつける。

 

「ぎゃああああー!!」


 アクイラスの咆哮が喉から裂け出し、工場内に擦り切れた鋼の音のように木霊した。

 彼女は身を返すと共に右手を瑞穂に振りかざすも彼は地面に伏せるほどの低姿勢をとり、悠々と躱す。

 

「浅い!」


 瑞穂はすぐさま刀を切り下ろしから返し、突きへと移す。

つかを返す動作と同時に、彼の切先がアクイラスの胸元へ——

 しかし、足元の血でバランスを崩した瑞穂はかすめるのが精一杯だった。

 

 遅れて、アクイラスの影響下にあった空中の鮮血は力を失い、雨となった。

 瑞穂は血の雨を浴びながら、アクイラスとの間合いを取る。

 

「貴様ら!!」

「お前の計画はもう破綻している。ここで死ぬか仲間のもとへ帰って殺される。どっちがいい?」


 切先をアクイラスへ向けた後、刀を体の前に構える瑞穂。

 璃乃も瑞穂の隣でアイアンを構え、応戦の構えを取る。

 

「ハァ……時間稼ぎ助かった。すまない……仕留めそこねた」


 隣にいる彼は全身血塗れで、肩を上下に動かしている。

 璃乃が瑞穂の腕に触れようと手を伸ばす。

 すると、突然何の前触れもなく彼の左肩から大量の血液が溢れ出す。


「ぐわっ……!」

「瑞穂!?」


 アイアンを瑞穂の左肩付近に振り下ろすも感触はない。

 

「殺す!!」


 アクイラスの咆哮が二人を襲う。

 璃乃は瑞穂の前に立ち、アクイラスから視線を外すことなく広く周りを見渡す。

 

「……っふ」


 後ろから瑞穂の不敵な笑い声が微かに聞こえる。

 それはアクイラスにも届いていたようだった。

 

「何が可笑しい!この子たちは今すぐ貴様たちを——」


 アクイラスの言葉に耳を貸す様子がない瑞穂は背を向けた。

 

「後ろへ飛べ!」


 璃乃はいきなり腕を掴まれ、廃工場の出入口の方へ身を投げさせられた。

 

「何!?」


 轟音と共に、屋根は粉々に破壊され、低く唸りを上げるエンジン音。

 排気ガスのようなガソリンのような鼻にツンと来る匂いを感じながらも音の方へ体を向けた。

 

 すると、巨大な鉄球がトタン屋根を突き破りアクイラスに向かい落下する。

 コンクリートは割れ、轟音が扉までも震わせる。

 足元は地震のように揺れ、壁の一部までも吹き飛ばされる。

 

「きゃっ!」


 血痕で出来た時計の文字盤は鉄球の下敷きになり、辺りには土煙が舞う。


 

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