26話 廃工場と血だまり
璃乃と瑞穂は学校を早退し、戦いの準備をするために家に戻った。
流石に学校から家、そして中心点が示す場所までの徒歩移動は現実的に無理があり、贅沢にタクシー移動となった。
各々、武器を持って事件の中心点である廃墟の工場跡の近くの公園に集合した。
時刻は13時20分。
14時の襲撃までには少し時間があるが、相手の移動速度等が分からないのですぐにでも突入をしたいと璃乃は——
「またそれかよ!」
7番アイアンを力強く握りしめていた。
「病院でも大活躍だったからね!」
璃乃の全力のウインクを見て瑞穂は額に手を添える。
「ったくーってかそれ、前に折れ曲がってなかったか?」
「お父さんが新しく買ったんだよ!前のは強盗が壊したことになってて安心したよー」
璃乃は胸をなで下ろす。
「記憶改変を上手く利用するな!」
「埒が明かない」と話を切り替える瑞穂。
「ここから約500m先に中心点の廃工場がある。間違いなく戦いになる。相手は見えない野犬と錬金術師だろう。かなり分が悪い戦いになる可能性があるがついて来られるか?」
瑞穂も無意味な問いだと思っているのだろう。
璃乃が返事をする前から口元の綻びを隠さずに見せていた。
「瑞穂こそ、ついてきてね!」
一瞬二人の視線が重なり、頷く。
合図などいらなかった。
——廃工場前——
「調べたところによると、この廃工場の面積は200m程だ。1階はだだっ広い空間だから隠れるところもない、2階は足場があるだけだが1階からの死角にはなる」
工場前の柱に隠れ、瑞穂は璃乃に作戦の説明をする。
璃乃の位置からでは工場の全容は把握できない。見えるのは川沿いに立てられている錆びついている工場と散らかっている鉄板。
まさに廃工場。
瑞穂から聞くところ、この廃工場は数日後に解体工事が始まるとのことで、川を隔てて、黄色いクレーン車が置かれている。
クレーン車はエンジン音を鳴り響かせているが、あまりにも時期尚早だ。
せっかちな黄色い解体業者は鉄の低いうなり声を上げ続けていた。
あたかも自然に溶け込むように。
「相手は時間の制約、座標や導線の制約のもと錬金術で作った野犬の怪物に襲わせていると思える。これから察するに大将様の戦闘能力は大して高くないってことだ」
頷きかける璃乃だったが少し引っ掛かりが残った。
「制約って?ルールがあるってこと?」
工場の錆びついた大きな扉からは視線を外さないように、耳だけ傾ける。
「魔法使いと錬金術師の制約とは集中と拡散の原理だ。集中をすると1点、今回で言う時間と場所を集中させ、錬金術の強度を上げているもしくは錬金術の難易度を下げているってことだ。
拡散はその逆だ。強度や威力を弱めたり、難易度を上げて様々な意味で広く汎用的な魔法や錬金術を使う」
頭が爆発しそうになり璃乃は簡潔にまとめる。
「ジュースみたいなものってことだね?果汁100%は美味しいけど値段が高い。果汁が少ないジュースは安いけど少し薄いみたいな」
「大方あってるのが不思議だ。ツッコミたい気持ちもあるが今はその認識でいい」
瑞穂は廃墟の工場を指して話を続ける。
「正直、相手が見えないというリスクがあるから迷っていたが——」
迷いを消すように頬を軽く叩いて、無理矢理に話の方向性を変える。
「俺が言いたいのは今回の大将——錬金術師は隙をつければ一撃で倒せる可能性があるってことだ。いやそれに賭けているって言った方が正しいな。一応、奥の手も手配はしているが……」
彼の手はスマホが握られており、工場に着く直前まで、誰かと通話していた。
奥の手を持っている瑞穂でも言葉に詰まっている。
璃乃にはその理由が分かっていた。
「私が囮になる。瑞穂は隙を見て攻撃して。でも、殺すのはダメだからね」
璃乃の覚悟に彼は眉をひそめる。
「5分……5分でいいから、相手がある程度大きな音に気が付かないようにしてくれ」
「うん。分かった」
璃乃は立ち上がり、ゆっくりと廃墟の工場へ向かい、瑞穂の方を振り返るように身を返す。
「信じてるよ、相棒」
璃乃の歩みは次第に加速し、腕で風を裂いた。
正面突破をするために工場の引き戸を思いっきり開ける。
するとそこには——
大量の血痕が工場一面にアナログ時計の禍々しい絵を模していた。
それは璃乃の視界を支配する。
塵と埃が舞い、その赤が異様に屈折して視界を痛める。
一滴の血が、垂れる音が、神経を逆撫でる。
「あー見つかっちゃったのね。残念。もう少しだったのに」
そこには顔中に痣が広がり、黒いローブに身を包んだ女が立っていた。




