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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
28/34

25話 走っていただけだった

——5月23日 神無月高校——


「おはよ、明日香ちゃん」

「おはよう、璃乃ちゃん」

 

 9日前、曲を披露する直前に璃乃が無理矢理その場を去って以来、二人はほとんど会話をすることが無くなってしまっていた。

 璃乃がチャットを送っても既読すらつかない。

 ほとんど絶交状態まで関係は悪化してしまっていた。

 

「あのね、明日香ちゃん——」


 璃乃が謝ろうと席に近づくが明日香は彼女を見ることはなかった。


「もう授業、始まるよ」


 明日香は冷たく、静かに一言だけ放った。


「そうだね……うん」


 璃乃は誰かに心臓を握りしめれられているような感覚に陥る。

 明日香を見つめながら独り言のように呟き、手をそっと伸ばすもすぐに降ろす。

 彼女は後ろ髪を引かれる思いで親友から離れた。

 

 午前中の授業が終わり昼食の時間となった。

 

 もう明日香とは前のような関係には戻れないかもしれない。

 瑞穂が言っていた『お前が進む道は茨の道って言う表現じゃ生温いくらいには厳しい』という言葉が璃乃の胸の奥で疼く。


 誰も傷つけなくないという想いが、一番大切な親友を傷つけてしまったのかもしれない。

 そしてこの事件を止めることができずに被害者は増え続けている。

 結局何もできずに、走っていただけだった。

 

 このことが璃乃の頭を一週間以上の間、常に回り続けており、彼女の心身は少しずつ限界に近づいていた。

 食欲が湧かずお弁当を開けることなく、窓から見える空を眺める。

 後ろにいるはずの親友の方を振り向くことすらもおこがましく思え、見たくもない雲ばかりを目に入れる。

 

 スマホのバイブレーションが鳴る。

 メッセージは瑞穂からだった。

 折れそうになる気持ちを奮い立たせ、地面を蹴り上げる勢いで立ち上がった璃乃は瑞穂の待つ屋上へ向かった。

 


「遅いぞ。すぐに作戦会議だ」


 屋上の扉を開けた瞬間から物々しい雰囲気を出している瑞穂は一枚の用紙を璃乃に渡した。

 それは今まで事件に遭った人物のリストをまとめたものだった。

 

《被害者-01/鈴木 勉(68)》

  ▼5/4 17:00 庭いじり中

  ▼傷跡:左大腿部/噛幅 約20cm

  

《被害者-02/飯島 里美(24)》

  ▼5/7 20:00 帰宅の最中

  ▼傷跡:腹部前面/噛幅 約15cm

  

《被害者-03/天城 宗真(22)》

  ▼5/9 23:00 仕事中

  ▼傷跡:右前腕/噛幅 約20cm

  

《被害者-04/加藤 駿(10)》

  ▼5/12 19:00 夕食時

  ▼傷跡:右大腿部/噛幅 約10cm

 

《被害者-05/山川 純一(42)》

  ▼5/14 18:00 帰宅の最中

  ▼傷跡:左胸部/噛幅 約15cm

 

《被害者-06/角田 恵子(50)》

  ▼5/15 12:00 昼食時

  ▼傷跡:右前腕/噛幅 約20cm

 

《被害者-07/間島 里美(19)》

  ▼5/15 22:00 自室で勉強中

  ▼傷跡:背部/噛幅 約10cm

  

《被害者-08/薄井 健太(31)》

  ▼5/17 13:00 職場で仕事中

  ▼傷跡:左胸部/噛幅 約20cm

  

《被害者-09/生田 美和(32)》

  ▼5/19 15:00 昼食時

  ▼傷跡:右前腕/噛幅 約20cm

  

《被害者-10/佐藤 省吾(41)》

  ▼5/22 21:00 自宅で飲み会中

  ▼傷跡:右前腕/噛幅 約25cm

 

 用紙を見つめ、璃乃は確信をする。


「時間が怖いくらいに一時間刻みだね」


 瑞穂は頷く。


「その通りだ。俺たちは今まで“共通点“を探そうとして気が付かなかった。だが一つの“法則性“があった」


 璃乃は唾を飲み込む。

 

「今回の事件は“午後0時から11時“に起きていて、“各時間ピッタリ“にしか事件は起こらないってことだ。そして残っている時間は——」

「2時と4時!」


 璃乃は用紙を屋上の床に叩きつけるように置く。

 スマホを取り出して時間を確認すると時刻は12時15分を指していた。

 

「まだ14時——2時に間に合うよ!今すぐに行こう!」


 璃乃は扉のドアノブに手をかける。

 まだ走り出してもいないのに呼吸が苦しくなる。

 自分でも浮足立っているのが分かっているのに、気持ちが止まらない。

 

「少し待て璃乃。どこで起きるのか分からないだろ。むやみに動いたって無理だ」


 瑞穂の言葉で歩みを止めるもドアノブを持った手が離れようとしない。

 彼の声が楽観的な意味を含んでいると勘ぐってしまうほどだ。

 

「嫌だ!」


 声を荒げ、瑞穂の制止を振り払おうと大きく首を振る。


「敵は見えないだぞ!仮に俺たちが間に合ったって何もできないかもしれない。まずは敵の情報を集めないとどうにもならないだろう!」


 彼も興奮した様子で早足に彼女に迫ってくる。

 

「できないかもしれないなんて動かない理由にならないよ!」


 璃乃はドアノブを捻り、屋上を出ようとすると両肩に強い衝撃が襲う。


「いい加減にしろ!お前のやろうとしてるのは勇敢な行動じゃなく、ただの自暴自棄だ!頭を冷やせ!」


 ドアを背にして璃乃は肩を掴まれ無理やり押し付けられる。

 彼の言葉を一瞬、受け入れそうになったことに唇を噛み、璃乃は首を振り続けた。

 

「私がやらないとダメなの!瑞穂が行かないなら私一人でも行く!だから放して!」


 明日香との関係を犠牲にしてまで走り続けてきた彼女は歯止めが利かなくなっていた。

 何のために自分が苦しんでいるのか分からなくなると、親友を免罪符にしてしまっていたのだ。

 

「放すもんか!この手を離したらお前が死ぬかもしれない!そんな事は俺が絶対に許さない!」


 璃乃の肩を掴む力が強くなり、痛みが上腕にまで走る。


「痛っ——」


 彼の腕は大きく震えていた。

 しかし、対照的に頭を支える首は無力感に襲われているよ力を失っていた。

 彼のブレザーからネクタイが地面を指す。


「俺にとって璃乃は大切な仲間なんだ!もう大切な人を死なせたくないんだ……」


 肩を掴む手の力が一気に抜ける。

 しかし、璃乃も彼の言葉で足の力が抜け、その場に尻もちをつくように座り込んでしまう。

 荒れ狂っていた気持ちが収まると同時に、己の行動に悪寒が走り身体を震わせた。

 

「ごめん。また私、周りが見えてなかったみたい」


 扉に背を預けないと座っていられない。


「俺も少し強く言い過ぎた。ごめん」


 両手と膝を地面に着く彼の髪はネクタイと同じく垂れていた。

 どうやら二人は少し似ているところがあるようだ。

 

「あの時も瑞穂に怒られて、今も私、瑞穂に——」


 思い出すのは調査初日の5月12日に行った作戦会議だった。


——私が今日と同じように大声を出して、目の前すら見えなくなって、瑞穂に怒ってもらった。

 そのおかげで冷静さを取り戻せて、外の景色が見えたんだ。

 教室から見た微かに残る夕日が綺麗だった。

 あの時、教室の時計は確か7時直前だった。

 その後事件が起きて私たちが向かったのは——

 

 ハッと気が付く。


「瑞穂!!スマホに被害現場の住所を送って!」

 

「いきなりどうした?」

「いいから送って!!」


 璃乃の瞳を見た瞬間に瑞穂は黙ってスマホを取り出した。


「全員分送ったぞ」


 チャットアプリから送られてきた住所をマップに反映させる。

 瑞穂がスマホを覗き込み絶句する。


「これは——」


 俯瞰(ふかん)したマップ上に浮かび上がったのは、被害現場の点を均等に並べ描いた円。

 それぞれの点は長針のように伸び、正時(せいじ)を指す。


 “十二の点”──アナログ時計をなぞるような、禍々しい輪郭(りんかく)だった。

 人の悲鳴の上に出来たアナログ時計は“2時“と“4時“の部分だけまだ点がない。

 もし時計が完成してしまった際に刻まれるのは、多くの人の終焉(しゅうえん)なのだろう。

 その時計の中心点を璃乃と瑞穂は睨みつけた。


「今すぐ準備をするぞ!武器を持ってこの地図の中心点に向かう!」

「うん!」

 

 二人は再び立ち上がり前を向いた。


 

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