23話 嘘と疑惑
——5月14日 神無月高校——
午前の授業が終わり昼食の時間になっていた。
前日に瑞穂と屋上で作戦会議をしながら昼食をとる約束をしており、璃乃は階段を駆け上がっていた。
「璃乃ちゃん!」
階段を上り、屋上のドアノブを持った時に後ろから影のある声が彼女の足を止めた。
「どうして教室で食べないの?」
彼女を追うように、冥闇の中から親友の綺麗なハーフアップの黒髪が揺れる。
「明日香ちゃん……」
魔法や錬金術のことは他言禁止となっていて、璃乃と瑞穂の二人だけの秘密になっている。
璃乃は、明日香が錬金術師の手によって危険な目に遭い、生死を彷徨っていた姿が今も目の裏に焼き付いていた。
そのため、二度と魔法や錬金術の被害に遭わせたくないと胸に誓っている。
だからこのことは絶対に言えない。
「ちょっと瑞穂と……」
嘘ではない。しかし真実も話せない。
そのことが璃乃の目を泳がせる。
「璃乃ちゃん最近おかしいよ。瑞穂、瑞穂って毎日言って、付き合ってるならそう言ってくれればいいのにそれも隠して」
踊り場は薄暗く、明日香の表情は見え隠れするだけだった。
「私、瑞穂と付き合ってないよ!瑞穂とやらなきゃいけないことがあって、相談してただけ」
璃乃は思わず声を荒げてしまう。
それは親友に部分的ではあるが、嘘をついてることに強い罪悪感を抱き、感情が高ぶってしまっていたからだった。
「じゃあなんで言ってくれないの?どうして教えてくれないの!?少し前までの璃乃ちゃんは、私に隠し事なんてしなかったのに!!」
彼女の口はもう閉じているはずなのに璃乃の耳には確かに聞こえ続けている——残響。
両手でスカートのプリーツを掴み、折り目が伸びるほど引っ張る彼女の表情は、影に浸食されていくようだった。
明日香のあまりの勢いに、璃乃は喉が締まり言葉が出ない。
「何やってんだ?」
屋上の扉が開き、あっけらかんとした声が差し込む。
瑞穂がタイミングよく顔を覗かせてくれたのだ。
「暁君……」
明日香の語気が一気に弱くなり、たじろぐように両手を組み、もじもじと指を動かしている。
「琴宮、全部聞こえてたぞ。俺と璃乃は付き合ってない」
呆れている様子で腕を組みドアに寄り掛かる瑞穂。
「じゃあなんで……」
どんどん声が小さくなり、俯き加減も強くなる明日香。
璃乃は反射的に瑞穂を見つめる。
この事件のことを言ってしまったら、また明日香が危険な事に巻き込まれるかもしれない。
お願いとばかりにじっと視線を送ることしかできなかった。
「ったく。誰にも言うなよ」
明日香は瑞穂の声に顔を上げる。璃乃は胸を抑え、呼吸が小刻みになりそうなるのをグッと堪えている。
「璃乃に恋愛相談をしてたんだよ」
頬を赤らめる瑞穂。
「えっ?」
面を食らったように開いた口を塞ぐことができずにいる明日香。
身を切る戦略を間近で見て絶句する璃乃だった。
ここは乗っかるしかないと思った璃乃は明日香を真剣な眼差しで見つめる。
「そ、そうだよ!瑞穂が同じクラスの石渡さんのことが気になって夜も眠れないって言うから、私が相談に乗ってあげてるんだよー」
体を明日香に寄せ、勢いでどうにかごまかそうとする。
「でも、璃乃ちゃんも恋愛経験あんまりないんじゃ——」
明日香はたじろぐように目を泳がせ半歩後ろへ下がる。
「少女漫画いっぱい読んでるから大丈夫!」
隣で瑞穂は怒りからなのか握りしめられている手の甲に血管が浮き上がっていた。
しかし、効果は抜群だったようで明日香は顔を真っ赤にして、聞き取れない声でもじもじと何かを言っている。
「それで琴宮は璃乃に何の用事なんだ?」
瑞穂が投げかける質問に明日香は風が吹いたらかき消されるような声で一言。
「——璃乃ちゃんに伝えたいことがあって」
消え入りそうな声とすぐに俯く姿を見てた瑞穂は「はぁ」とため息を隠さずにつく。
「だったら、今日の放課後。俺は他の用事があるから、このバカを好きなだけ使ってくれ」
「バカ!?」
素直に腹が立つ言い方に体をくるりと瑞穂の方へ翻すが、彼はなぜか不敵な笑みを浮かべていた。
「あとでいっっぱい恋愛相談させてくれよ?なぁ相棒?」
間違いなく怒ってる。適当なことを言い過ぎたらしい。
あまりの迫力に額に汗をかきながら再び体をくるりと回転させて明日香の方を向き直す。
「じゃあ放課後ね?教室でいいよね?」
「音楽室に来てほしいの」
そっと璃乃に伝えた明日香は手を振り階段を下りていく。
明日香は一度くるっと振り返り笑顔を見せた。
「私の誕生会25日にしようと思うんだけど、二人は予定大丈夫?」
璃乃と瑞穂は頷く。それを確認し終えた明日香は階段を再び下りて行った。
足音が聞こえなくなると同時に瑞穂は一言璃乃に言った。
「……あいつ、少し異常だぞ」




