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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
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22話 事情聴取

——九条家——


 璃乃が家に着いた頃には21時を過ぎていた。

 ドアを開けた瞬間、リビングのテレビがパチッと消えた。

 キッチンにいた母が振り向き、缶ビールを置く音がやたら大きく響く。

 

「……何時だと思ってるの」


 低い一言で喉が縮む。璃乃は声が出ず、小さく首をすくめた。

 まどかの中では璃乃が強盗に襲われてまだ一ヶ月も経っていない。

 仕事の量を減らしてなるべく早く帰ってくるようにしてくれている。

 

「ごめんなさい……」


 昨日、今日と様々なことがあって璃乃は精神的にも肉体的にも疲れ切っており、声に力が入らない。


「もう高校生だからある程度は容認するつもりだけど、この間の事もあったから少しは自分でも気を付けて」

「うん。今度からしっかり連絡するね」


 少し気まずい中二人で夕食を食べ、逃げるようにリビングを出た璃乃はそのままお風呂に入った。

 飛び込むように湯船に入った璃乃は、お湯の中に潜り込み、大声を出す。

 

——悔しい!誰かが苦しむなんて間違ってる!

 

 声は湯船の中で泡として消えていった。

 


 部屋に戻り、窓を開ける。


「気持ちいい」


 夜風が頬を撫で、ドライヤーを終えたばかりの髪をふわりと()かす。

 璃乃は窓枠に体を預ける。

 

「ヒナ、おいで」


 ベッドの中心で璃乃を見つめていたヒナを呼ぶと、ヒナは一目散に璃乃の近くに駆け寄る。


「ヒナは今日も可愛いね」


 整った白い毛並みを優しく撫で、微笑む。

 その時、テーブルのスマホの音が鳴った。

 ポップアップを見ると明日香からのチャットだった。

 

22:23―明日香

 「明日の放課後、少し話せる?時間つくれそうかな?」

 

 璃乃は指を滑らせ、フリック入力を行う。

 明日は瑞穂と事情聴取をする予定があるので時間が作れそうにない。

 胸の奥が軋むのを無視して、短く返す。


22:25―璃乃

 「ごめんね。明日は用事があって難しいかも」

 

 数秒後。

 再び振動。


22:25―明日香

 「暁君と?」

 

 璃乃の喉がごくりと鳴った。

 正直に、けれど素っ気なく打つ。

 

22:30―璃乃

 「うん。瑞穂と一緒に行動する予定があって……」

 送信——

 

 既読は付いたが返事が返ってくることはなかった。

 

 璃乃はスマホの画面を伏せ、深く息を吐いた。

 ヒナが「ニャー」と心配そうに鳴き、腕の中へ潜り込んでくる。


「大丈夫だよ」


 そう囁いた声は、自分を慰めるように震えていた。


 

 ——5月13日——


 帰りのホームルームが終わると同時に璃乃は教室を飛び出し、校舎を出る。

 ローファーの踵に指を入れ込み、無理やり足を入れながら校門へ向かって走る。

 璃乃は一瞬、誰から見られているような気配を感じた。

 振り返ると、東に傾き始めた太陽と校舎の窓には澄んだ青空だけ。

 前夜のメッセージですれ違ったあの子の影を探すより先に足を運ばないといけない場所がある。

 ふと横を見ると相棒である瑞穂が走っていた。

 

「瑞穂!」

「このまま第一の被害者——鈴木のもとへ向かうぞ!」

「うん!」


 二人はそのまま校門を走り抜けていく。

 

 神無月高校から璃乃と瑞穂が走り約30分ほどで被害者——鈴木勉(すずきつとむ)の自宅前にたどり着いた。

 平屋で一昔前の木造建築の佇まいはどこか懐かしさを感じさせる。

 

「でも、鈴木さんが今いるとは限らないんじゃない?」


 率直な疑問を抱いた璃乃は瑞穂を見るが、彼はいつも通りニヤリと笑みを浮かべていた。


「抜かりはない。昨日の夜にアポは取ってある」


 自慢げに鼻を鳴らす瑞穂はインターホンを押す。

 ピンポーン——となる音でさえ少し懐かしさを感じる。


「はい」

「昨日お電話させていただいた、暁です」

「本当に来たんだね。少し待ってて」


 驚くほどスムーズに話が進み、少し拍子抜けをする璃乃。

 

「警察の人とかなら分かるけど、なんでただの学生の私たちにそんなに——」


 璃乃が瑞穂に話をしていると——

 玄関のドアが開き、初老は超えているだろう風貌(ふうぼう)で、ランニングと灰色のスウェットを履いている男性が現れる。

 

「こんにちは。改めまして神無月高校の生物研究部、部長の暁です」


 適当な嘘を言っていた。神無月高校にそんな部活はない。


「今どきの学生は研究熱心だね。私は鈴木勉。よろしくね」


 気のいいおじ様らしく、満面の笑みで二人を出迎えてくれた。

 

「ところで隣のお嬢さんは?」


 鈴木の視線を受け、璃乃はちらっと瑞穂を見るが、作り笑顔を浮かべ無視をしている。

 明らかな無茶ぶり。でも答えてなくてはこの事件は止めらない。


「わ、私も暁くんと同じ生物研究部で副部長をしている九条です。よろしくお願いします!」


 地面を通り過ぎ、後ろの景色が見えるほどの深いお辞儀をし、誠意(せいい)を見せる。


「そうか。九条さんか。可愛らしいお嬢さんだ。さぁ二人もどうぞ。母さんは今買い物に出て、私一人だからくつろいでくれ」

「「お邪魔します」」


 璃乃は嘘をついていることへの罪悪感。

 それを言わせた瑞穂に腹を立てながら、そのまま居間まで通される。

 

 鈴木が奥の座布団に座り、手前にある座布団に璃乃と瑞穂が「失礼します」と座る。


「1時間だったね。いくらでも気になることを聞いてくれ」


 鈴木の言葉に疑問を持った璃乃だったが、奥さんが帰ってくるまでの時間を言っていると勝手に解釈をし、出されたお茶を一口。


「それでは早速。生態調査の一環として話を進めさせていただきます。まず、鈴木さんの噛まれた部分である左大腿部の傷を見せていただけますか?」


 ノートを取り出した瑞穂に遅れがらも璃乃も自分のノートを取り出しメモをする準備をする。

 

「あぁ、際どいところだから九条ちゃんに見せるのは少し恥ずかしいね」

「……」


 ご老人の際どいネタに返す言葉を失う璃乃。

 彼女が戸惑っている間に鈴木はスウェットの左側を脱ぎ、患部を見せる。

 

「不思議だろう。もうほとんど傷がなくなってるんだ」


 鈴木の言葉の通り、傷は治りかかっており、うっすらとかさぶたが数か所ある程度だった。

 事件からまだ9日。璃乃の知識でも異常なまでの回復の速さだということが分かる。

 写真を撮り、「ありがとうございました」と鈴木にスウェットを履くように促す瑞穂。

 

「次に鈴木さんが野犬らしき何かに襲われた際、姿を確認できなかったと証言していましたが、それは事実ですか?」


 瑞穂のペンは止まることなく、音を立てながらメモを取り続けている。

 璃乃も負けじとペンを走らせ、少ない情報を形にしようと脳に汗をかかせる。

 

「事実だよ。足に激痛を感じて、反射的に足元を見たけど何もいなかったんだ。足音や鳴き声までも聞こえなくて、怖かった」


 先ほどまでおどけていた鈴木の手は汗ばみ、開く口も微かに震えていた。

 恐怖に怯えている人にこれ以上事件の事を思い出させるのは気が引ける璃乃。

 しかし、この事件を一刻も早く解決させるには情報がほしい。

 彼女はペンを置く。


「事件が起きた時に何か普段と違った事ってありましたか?」

「特に……いや、警察とかには“5時頃“と伝えたが、考えてみたら鐘が鳴っていたな。そうだ!あれは“5時ぴったり“だった!」


 鈴木は何かを閃いたように立ち上がり、壁掛け時計を指さす。


「5時ジャストに襲われた……」


 璃乃の隣で眉間にシワを寄せ、考え込む瑞穂だったが、数分後には鼻から息を漏らす。

 どうやら証言はヒントにはならなかったようだ。

 

「もうそろそろ1時間だね」


 鈴木はおもむろに瑞穂の方へ向かい、手のひらを見せていた。

 璃乃は意味が分からずに首を傾げる。


「はい。確認してください。それでは生態調査のご協力ありがとうございました」


 最後まで嘘を貫き通した瑞穂は茶封筒を鈴木に渡して、そそくさと璃乃を連れて家を出た。

 


 帰り道、瑞穂は手に顎を乗せ、唸りながら璃乃の隣を歩いていた。


「うーん。傷の治りから……いや、もしかしたら——」


 璃乃はそれよりも帰り際に渡していたあの茶封筒が気になって推理が捗らない。

 封筒を受け取った鈴木の顔は璃乃が見たことない下品な顔をしていて、少し怖かった。

 

「ねぇ、瑞穂。帰り時に渡した封筒ってお手紙か何か?」


 気になりすぎて聞くことにした璃乃。


「あれは、金だよ。金。1万」

「——えっ?」


 璃乃の表情が引き攣る。


「アポの時に1時間で1万でって言ったら喜んで引き受けてくれたぞ」


 悪びれのない瑞穂の答え。


「み、み、瑞穂!?それって賄賂ってやつじゃないの?」

「謝礼金だよ、しゃ・れ・い!賄賂なんてズルは最終手段だろ?」


 アニメや時代劇で見た悪者がやる手段を自分たちがやってしまったと思い、頭を抱える璃乃だった。

 

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