18話 神無月町の魔法使い ※挿絵あり
——5月11日 ショッピングモール内——
軽快なBGMがショッピングモール内を包み、自然と璃乃と明日香の歩幅も大きくなる。
日曜日のお昼前ということもあり、モール内は混雑している。
璃乃や明日香が住む地域のさらに南側にあるこのショッピングモールは璃乃のお気に入りスポットの1つだ。
映画館もあれば、様々なショップも立ち並ぶ。
10代の璃乃や明日香をターゲットにしている店から、大人たちが立ち寄るブランド店もある。
映画もあれば、雑貨店やカフェ、駐車場にはキッチンカーまで。
おまけに、駅まで徒歩5分もかからない。
余韻に浸りながら最寄り駅まで帰れる見事な導線も魅力的だ。
しかし、璃乃がこのショッピングモールが好きな理由1位は——
「やっぱり、自然がたくさんあるところでお買い物ができるっていいよね!」
「うん。本当に綺麗で歩いてるだけでもリフレッシュできるよね」
広大な吹き抜けから見える大きな空と燦燦と明るい太陽の光。
植えられている木々と草花がキラキラと輝く姿を見られるところだった。
「今日はありがとう。おかげで欲しかった洋服も買えたし、おいしいランチも食べられていい気分転換ができたよ。午後のレッスンも頑張れそう」
璃乃のすぐ隣で軽快に歩く明日香は上機嫌そのものだった。
「それにしても流石だね。お店の端から端まで買うって、私のお小遣いだったら一着買えればいいくらいなのに」
圧倒的お金持ちを隣に財布の中身を確認し「はぁ」と小さくため息をつく璃乃だった。
Tシャツの着回しコードの璃乃と、デニムワンピースをオシャレに着こなす明日香。
身長はあまり変わらないのに明日香のスタイルの良さとの落差を感じる。
おまけにすべて配送にして、大量に買った服を一切持つことなく軽々と駅にたどり着く明日香を見て、璃乃は急に自分の格好が見窄らしいく感じた。
意味のないことと思いつつもスマホの画面を見て髪を直す。
それを横目に見ていた明日香はくすっと笑みをこぼした。
「璃乃ちゃんは素が凄く可愛いから、私みたいに着飾らなくってもいいんだよ」
優しくもどこか影のある笑顔に璃乃は胸が詰めつけられるようだった。
その影の正体に心当たりがある璃乃はホームで電車を待ちながら俯き気味で明日香に聞いた。
「最近、麻衣子さんとは?」
璃乃の質問に静かに首を振る明日香は瞬きをし、何も答えてくれることはなかった。
電車がホームに着き、乗り込む二人。
「そっか。麻衣子さん忙しそうだからね。でもお母さんだし……ね」
発車のメロディーが流れ、電車のドアが閉まる。
その余韻に消されそうになる声を、璃乃は意識せずに拾ってしまった。
「——あんな人、親なんかじゃないよ」
確かに耳に届いてしまった悲しい気持ち。
璃乃は聞こえていないフリをして明日香の顔を見ないようにした。
電車内に響き渡るのは走行音と車掌のアナウンス。
二人は座ることなくドアの横に何も話すことなく立っていた。
そして二人は少し気まずい空気のまま最寄り駅で別れた。
璃乃は気持ちが沈む中、瑞穂に言われているマンションの入り口にたどり着いた。
「思ったより早かったな。まだ12時にもなってないのに」
璃乃は聞き慣れた声に振り返ると、ビニール袋を持っている瑞穂が立っていた。
大きなビニール袋には彼一人には多すぎる食べ物や飲み物が入っている。
「思ったより早く解散になってね」
声のトーンが上がらない。まだ先ほどの明日香の言葉が心に刺さっているようだった。
瑞穂は璃乃を一瞬見つめた後、璃乃を追い越してエントランスの方へ向かっていく。
「あっ、ちょっと待ってよ」
置いて行かれそうな気がした璃乃は小走りで瑞穂に追いつこうとする。
瑞穂はくるっと璃乃の方へ振り返って、ビニール袋からカフェオレを取り出す。
「カフェオレ好きだったよな?」
もう10日経っているか、まだ10日しか経っていないのか璃乃の心の中で整理ができないほど、濃密な1日だったあの日が蘇るようだった。
カフェオレを受け取り、目を細め見つめる。
「うん。ありがとう」
瑞穂の不器用な優しさに触れ、心がすっと穏やかになった。
エントランスのカメラ前で鍵を取り出す素振りを見せない瑞穂。
「オートロックなんだよね?鍵は?」
璃乃は当然の疑問を瑞穂に投げかけるも、彼はニヤリと笑みを見せる。
「まぁ見てろって」
オートロックのインターホンにしては大きすぎるし、形状も違うような気がするカメラを覗き込む璃乃。
そんな彼女をぐいっと横へ退け、彼は言葉を発する。
「暁瑞穂」
すると、滑るように扉がスライドし始める。
「かっこいいー!これ魔法なの?」
扉を越えても、視線はそこに釘付けになり、璃乃の首は180度回りそうだ。
「違う。魔法じゃない。四重の生体認証だ——指紋に顔、網膜、声帯。ここまでやるのは軍用レベルだぞ」
璃乃の好奇心に満ち溢れている顔に、まんざらでもないと言わんばかりに鼻を鳴らす瑞穂。
「いいなぁ!!秘密基地みたい!!私もここに住みたい!」
くるりと身を返し、後ろ向きになってまで扉を見つめる。
「いや、秘密基地だから」
瑞穂のツッコミは璃乃の右耳から左耳へ通り抜けていった。
エントランスを抜けると、すぐに一つのドアが見えてきた。
表札の上には部屋番号000と書いており、名前の記載はなかった。
先ほどまでの有頂天さは吹き飛び、違う胸の高鳴りを感じる。
瑞穂がドアを開ける。
脈の早さが手にまで伝わり、上手く動かせない。
「大丈夫だ。みんな味方だ」
瑞穂の優しい声が璃乃の新たな扉を開ける。
「こんにちは!!」
目を閉じ、まだ人がいるかも把握できていないのに気合を見せるように、精一杯の声を出す璃乃。
ゆっくりと目を開けるとそこには——
「——待っていたよ。九条璃乃。私たちが神無月町の魔法使いだ」
——魔法使いがいた。
イラスト 水ラピ様 X@kuuki710




