17話 不穏な影
バーベキューパーティーも終わり、片付けをし始めようとした時に、リビングのテレビからニュースが流れる。
「神無月町で連日報告されている、野犬と思われる動物に住民が襲われる事件の続報です——」
テレビから聞こえる固い声が、重々しく瑞穂の耳に入る。
バーベキューをしている時は気がつかなかったが、テレビがつけっぱなしだったらしい。
「あちゃ~無駄な電気代が」
まどかが慌ててリビングに入り、テレビを消しに向かう。
コメンテーターらしき男性の声が聞こえてきた。
「いやー4月も終わり、新入生や新社会人が——」
リビングの窓越しから映し出されていたのは、血まみれの足跡と、怯えた表情の被害者のインタビュー。
瑞穂が凝視していると、いつの間にか全員がテレビに釘付けだった。
まどかも握ったリモコンを降ろし、眉間にシワを寄せている。
その場に残された言葉が胸に刺さり、誰もが息を飲んだ。
バーベキューパーティーの余韻で穏やかになっていた空気が、たちまち凍りついたように思えた。
風が止まり、まるで誰も口を開けなくなったようだった。
瑞穂は心当たりを感じ、スマホを取り出し情報収集を行う。
そこでまどかによりテレビの電源が消された。
この音声は璃乃にも聞こえていたようで、体が固まっていた。
彼はスマホをポケットにしまった。
「おい、大丈夫か?」
瑞穂の心配は杞憂だった。
「明日香ちゃんの誕生日——」
小さく漏らした声は、どこか震えていた。
「えっ?」
小さな呟きが瑞穂には聞こえた。
「誕生日?」
「明日香ちゃんの誕生日は4月25日なの!いつもは当日にプレゼント渡してるのに……私——」
突然声を荒げる璃乃。
その声は明日香にも聞こえていたようで、苦笑いをしながら璃乃と瑞穂の方へ近づく。
「明日香ちゃん、ごめんね。まだ誕生日プレゼントとか準備できてなくって……」
俯き気味の璃乃は責められている訳でもないのに、悔しそうに目を瞑っていた。
「だってあの日は私、入院して意識なかったし。璃乃ちゃんが謝ることじゃないよ」
二人の間に微妙な空気が流れる。特に明日香の表情に異様な影が差し込んでいた。
「だったら、今度祝ってやればいいじゃねぇの?」
彼の何気ない一言で璃乃の表情が一変した。
璃乃は明日香の手を握り、上下に大きく揺らした。
「そうだよ!今度明日香ちゃんの誕生日パーティーをやろうよ!」
璃乃の切り替えの早さに、瑞穂の口元がほころぶ。
それは明日香の表情にあった影を瞬く間に消していった。
「本当?すごく嬉しい!だったら今度は私の家でやろうよ!」
二人の手は強い力で握られていた。
「うん!それまでに誕生日プレゼント用意するね!」
「恭平に日程を調整してもらうから、日にちが決まったらまた教えるね!」
瑞穂には二人の絆が強固で頑丈なものように映った。
◇ ★ ◇(璃乃視点)
夕暮れ時。
璃乃は瑞穂と明日香を近くの交差点まで見送りに来ていた。
「今日は本当に楽しかった。璃乃ちゃんありがとう。急ぎの用心があるからまた明日ね!暁君も来週学校でね」
「うん!また明日!」
「あぁまたな」
明日香は小走りで璃乃と瑞穂から離れていく。
璃乃はその背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。
茜色に照らされた影が大きく手を伸ばしている。夕方の風が頬を撫でるときに微かに春の名残惜しさと、夏への期待が入り混じり、璃乃の胸をぎゅっと掴むようだった。
「話がある」
瑞穂の呼びかけに璃乃は物寂しい想いを隠しつつ腕を下した。
「どうしたの?」
璃乃は瑞穂の方へ向き、彼を見つめる。
「明日、琴宮との用事が終わったらでいい。お前に紹介したい人たちがいる」
「私に紹介したい人?」
璃乃の心がざわめきだし、それにつられるように強い風が二人の間を抜けた。
「ああ、それとさっきのニュースでやっていた野犬の事件は——」
鼓動が速くなる。
「——錬金術師が関わっているかもしれない」




