2話 高校生活初日
桜の花びらたちは舞い散り、朝の光に輝く神無月高校の窓に一枚二枚とくっついては春風にさらわれる。
今日から新年度が始まるこの高校は、将来に胸をときめかせる少年少女が続々と、始業式が行われる体育館へ集まり始めていた。
教員もまた、同じように新年度が始まる日に胸が落ち着かない者がいた。
「時間ギリギリになっちゃった」
璃乃がスマホを見ると時刻は8時50分を指していた。
校門前で記念撮影をしている女子二人組が「ヤバっもう時間ないじゃん」と急いで校舎内へ向かっていくところで、璃乃はほぼビリであることが確定していた。
優花からもらった花束の香りに、ふと気が付く。
「あっ……花束どうしよう」
桜吹雪が璃乃の視界を遮った。時刻は8時52分。始業式まで残り8分。
「1年……C組だったよね、出席番号はーっと」
靴箱を指で辿って自分の名前を見つける。
昇降口の小さな段差にカバンから取り出した、内履きを置いて、足を入れる。
廊下を歩きながら、つま先を押し込むように踵を直す。
昇降口の左手には入学式が行われる体育館に続く外廊下があり、もう扉は閉まっていた。
右手すぐ近くには職員室があり、璃乃はそこに目を付けた。
「C組は、例の琴宮のご令嬢がいるのね……はぁ、忘れてたかったわ」と廊下に聞こえる女性教員の愚痴。
琴宮の令嬢とは璃乃の親友である“琴宮明日香“を指している。
琴宮と言えば神無月町で一番と言っても過言ではない大企業グループの社長の家系だ。
「いやーー!プレッシャーで死ぬーー!!」
ガッッシャン——椅子が倒れる音が廊下まで木霊する。
職員室の扉に耳を着ける璃乃は確信をした。
「多分私の担任の先生だ……」
そうなれば話は早い。挨拶として引き戸を思いっきり開けた。
「すみませんーー!今日から1年C組になる九条璃乃です!いきなりですが、花瓶を貸してください!」
鼻息荒く、現れた新入生に一人残っていた女性教員は顎を落としていた。
「私、負けそう」
璃乃の担任の先生は机に突っ伏してしまった。
「——ですので、今日から——」校長の長い祝辞が春の陽気に乗せられて余計に新入生の眠気を誘う。
男子生徒が「だりぃー」と言って教員から注意をされているのを横目にギリギリで式に間に合った璃乃の隣から声が聞こえた。
「ギリギリセーフだね、璃乃ちゃん」
優花とは違う優しくもどこか影がある笑顔。
璃乃と比べても一段と色白い肌と、編み込みハーフアップにセットされている艶のある髪型。
「新入生代表、琴宮明日香さん」といつの間にか終わっていた校長の祝辞。
プログラムは終盤に差し掛かり新入生代表の挨拶として璃乃の隣の生徒であり、親友——琴宮明日香が立ち上がった。
壇上へ歩みを進める親友へ全校生徒の視線が向かう。
「あれが今年のトップか」
「やっぱり琴宮は英才教育すげーんだろうな……」
「でもうちの高校より上ってあるのに、なんでうちに琴宮が……」
他人が勝手に噂をしている。無神経なさざめきは明日香の肩を振らわせるには十分だった。彼女の足が止まりかける。
「明日香ちゃん!ファイト!」
場違いな声量は一文字も聞き逃すことができないほど明瞭に親友へ届く。
「花瓶の子……はぁ、私確実に厄年だわ……」
体育館の端で一人ぼやき手で頭を抱える担任の先生。
「っふふ、璃乃ちゃんありがとう……」
壇上へ上り明日香はゆっくりと口を開く。
「本日は、私たち新入生の為にこのような盛大な式を挙げて頂きありがとうございます。新しい制服に袖を通し、これから待っている——」
凛とした立ち姿で、親友が新しい一歩を踏み出した。
「かっこいいよ、明日香ちゃん」
璃乃は手のひらが痛くなるほど誰よりも強く、大きく、喝采の拍手をした。
それにつられるように周りも自然と手を叩いていた。
「びっくりした!やべ、寝ちまってた。てか、前の子可愛くね?なぁあの子名前なんて言うんだよ」
璃乃の後ろの男子生徒が明日香の魅力に気が付いてしまったらしい。しかし、璃乃は心ここにあらず。
なんだか、少しだけ明日香と優花が重なって見えていた。時には優しく、時には凛とした姿を二人は見せてくれる。
口角が自然と上がった。
「優花ちゃんみたい……」
璃乃は二人の少女を重ねてしまっていた。
「あの子優花ちゃんって言うのか!サンキューな!」
彼が初対面の明日香に「優花ちゃんが好きです!」と言い一瞬で振られるのは別の話。




