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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
18/31

15話 五月晴れ

——神無月高校——


◇ ✪ ◇(瑞穂視点)


 5月の連休が終わり、学校の部活動も本格的に夏の大会やコンテストに向けて動き始めている。

 校門を抜けると野球部やサッカー部の生徒が声出しをしながらランニングをしていた。

 

「こんな朝早くからご苦労なこった」


 暁瑞穂は汗の匂いを横目に、まっすぐ校舎へ入った。

 入学から1か月が過ぎ、昇降口(しょうこうぐち)では新入生がグループごとに分かれ、SNSなどの情報に一喜一憂している。

 瑞穂は、いつもの席——1年B組の窓際最前列に腰を下ろす。

 

 事件は終わった。

 数日前、九条璃乃と戦った神無月町病院の夜が脳裏をかすめる。

 鋼の大蛇、黒いローブの錬金術師、そして——少女の笑顔。

 

「出会って半日の……しかも、女の前で泣くなって俺は……」


 とにかく瑞穂は髪が乱れるほど両手で頭を掻きむしった。

 

「おはよっ!暁くーん!」


 背中をポンと叩かれ、瑞穂は現実に引き戻された。

 後ろの席の女の子は、今日はやけに機嫌がいい。

 

「ねー聞いた?アイドルの○○と俳優の○○が付き合ってるんだって!」


 物凄くどうでもいい情報を瑞穂に叩き込んでくれる彼女に続き、周囲の女子たちも瑞穂の席を取り囲む。


「知ってる!あの子って案外色んな男と——」


 瑞穂の相槌など誰も求めていない。恋バナは勝手に盛り上がり、彼は椅子ごと押し流されそうになる。

 

「俳優の○○なんて記者会見でいきなり泣いちゃったらしいよ!」

「えぇーダサすぎー」


 その言葉に、瑞穂の体がビクッと跳ねた。

 

「ところで暁くんは——」


 瑞穂を取り囲む女子の視線が一気に彼に向かう。

 女子高生の飽くなき探究心は錬金術師の執着心に酷似しているように彼は感じた。

 

「彼女いるの?」


 彼女なんかいるわけがない。

 いつ襲われるか分からないし、理由も説明できない。


「おいおい、まだ入学して1か月なんだからいる訳ないだろ」


 とりあえず目の前の女子を睨むと、彼女は頬を染めた。

 

「えっ、もしかして私にアピール? 暁くんなら……アリかも」

「はっ!?」


 瑞穂は椅子をきしませ、思わずのけぞった。

 

「あれー!?暁も結構やるじゃねーか!」


 隣の席の男子生徒も前のめりになり、茶化しに参加してくる。

 

「お前は余計な事を言うな!ややこしくなる!ってかホームルームまだかよ!?」


 時間が遅く流れる気がして、瑞穂は机をトントン叩いた。


——早くチャイム鳴ってくれ

 

「瑞穂!!今度うちに来てよ!」


 扉を勢いよく開け、“ジョーカー“九条璃乃が颯爽と登場。


「「瑞穂?」」「「うちに来て?」」


 クラスがざわつく。

 

 璃乃は気づかず瑞穂の席に駆け寄り、辺りを見回した。


「瑞穂は人気者だね!私も鼻が高いよ!」


 胸を張る彼女に、瑞穂は反射的に立ち上がる。

 

「うるせぇ!お前は親か!ってかお前は今来るな!収集が付かなくなる!」


 瑞穂は焦りから机が前に倒れそうになるほど前屈みになって璃乃を指す。


「瑞穂は酷いなーあの時、相棒って言ってくれたのに!」


 歓声と悲鳴が入り混じり、教室はカオスと化す。

 

「相棒ってあの二人確実に付き合ってる!」


 そんな声まで飛び交う。

 

「お前わざとやってるだろう!?」


 瑞穂が詰め寄るが、静まる気配はない。

 

——キンコン カンコーン。

 空気を読まないチャイムが鳴る。

 

「じゃあ、放課後に私のクラスに来てね!相棒!」


 璃乃は手を振り、自分の教室へ駆け戻る。

 残された瑞穂は、痛いほどの視線に肩をすくめた。


——放課後の1年C組——


「朝のホームルーム前のはなんの冗談だ?璃乃のせいで俺があの後どれだけ大変な思いを……したか」


 瑞穂は教室に入ってからずっと文句を言い続けていた。

 

「ごめんってばー私と瑞穂って連絡先交換してなかったからあのタイミングでしか誘えなかったんだよー」


 璃乃は手を合わせてひたすら謝り続ける。彼女がわざとではないことは瑞穂も分かってはいるが、それでも失ったものは大きい。

 

「あの……」


 申し訳なさそうに手を挙げる黒髪ロングの少女——琴宮明日香は二人の仲の良さに驚きを隠せないように言葉の少なさに反し、瞬きが多かった。

 

「ごめんね明日香ちゃん。そうだよね本題に移らないと」


 璃乃は慌てて軌道修正を行い、なぜ瑞穂に“うちに来て“という爆弾を投げつけたか説明をしようとしているが。

 

「暁君だよね?璃乃ちゃんとお見舞いまで来てくれたって聞いて……」


「そっか。二人って話したことなかったんだね!」


 頭の上に電球を光らせている璃乃のリアクションの良さに驚きつつも瑞穂は言う。


「そうだったな。見舞いに行ったせいか、こいつが“明日香ちゃん、明日香ちゃん“って何度も五月蠅いから初対面じゃない気がしちまった」


 そして手を差し出した。

 

「体調、良くなったみたいで何より。暁瑞穂だ。よろしくな」


 初対面とは思えない、自然で柔らかな笑顔が出せた。


「璃乃ちゃんは相変わらずだね。なんだか暁君にまで迷惑かけちゃったみたいで……私、琴宮明日香って言います。よろしくね」


 明日香からクスッと笑みが零れる。

 それを隠しながら瑞穂と明日香は握手をする。

 瑞穂もつられて吹き出し、二人で肩を震わせた。

 

「あぁー!明日香ちゃんまで笑ってる!酷いよー」


 二人の笑いがひとしきり落ち着いたところで璃乃は膨れっ面を直し、二人に歩み寄った。

 

「明日香ちゃんの完全復活を祝って、今度の土曜日、5月10日にうちでバーベキューしよう!もう材料も頼んでるんだ!」


 璃乃は相変わらずの屈託のない笑顔で二人を誘う。二人は顔見合わせて腹を抱える。

 

「私、変なこと言ってないよ!?」


「違う。行動が単純すぎて面白いんだよ!俺たちに予定入ってたらどうするんだよ!」


 瑞穂が手を叩いて笑い、明日香も噴き出してしまう。


「璃乃ちゃんのそのすぐに行動するの大好き!」

「琴宮の親友は最高だな!」

「でしょ?」


 また二人の口元に微笑が漏れる。

 

「なんか私だけ置いてけぼりなんだけど……」


 璃乃は注目を集めるように大きく咳払いし、首を傾げた。


「でも来てくれるでしょ?」

「もちろん!」

「あぁ、行くよ」

「やった!」


 璃乃はガッツポーズをして、飛び上がって全身で気持ちを表していた。


「じゃあ今度の土曜日の11時に私の家に来てね!」

 

 この時はまだ5月10日が瑞穂にとって地獄の日になることを彼自身知る由もなかった。

 

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