14話 私の名前と君の名前
◇ ★ ◇ 璃乃視点です!
◇ ★ ◇
璃乃は少年の腕に抱えられ、屋上へ着地した。
彼の腕の温もりから飛び出し、周囲を警戒する。
入口に突っ込み、動けなくなった鋼の大蛇と粉砕されたコンクリートの破片。
そして、自分の錬金術が破られたと気づき、愕然とする錬金術師。
「私は——やはり選ばれていなかった……ということなのですか?神よ!?お答えください!私の祈りは——」
手を組み、天を仰ぎ、自ら引っ搔いた頬から流れる血と、涙を流す男。
それは見るに堪えないほどに狂気と絶望に染まっていた。
「お前の負けだ。さっきの錬金術が、お前の全てだろう?もうその力も落ちてるって、俺にだって分かる。諦めろ」
少年は刀を鞘に納め、歩み寄る。
「私を殺すのですか……?」
地面に膝を着き、項垂れる錬金術師。
「本当は殺してやりたいが、それを決めるのは、“烈火や透花たち“だ」
少年は、目の前の男を見下ろしながら言った。その目は憐れみを含んでいるようだった。
「甘いですね、魔法使いは——」
少年越しに見えた男の口元から不気味な笑みが浮かんでいた。
璃乃の背後から、ゴロゴロッゴロと何かが崩れる音が聞こえ振り返る。
その瞳に映ったのは——
「危ないっ!」
璃乃は少年へ叫ぶ。
その声に反応し、少年は咄嗟に背後を見る。
鋼の大蛇が再び動き、襲いかかってきた——が、間一髪で躱した。
だが大蛇はそのまま、錬金術師を咥え、暁闇が残る空へ昇る。
「何をする気だ……?」
少年の声に応えるように、錬金術師は詠唱を始める。
【——神とは交響。境界を越えし者よ、我が命と共に音を鳴らせ。結び合え——《相和結陣》】
錬成陣が光を放ち、錬金術師の体は音を立てて崩れ、鋼の大蛇へと吸収されていく。
その光景は蛇が人間を捕食しているようだった。
「命を……自分を、食べさせたの……?」
その命への執着の無さに思わず唖然としかける。あまりにも対照的な生き方。
だが、感情に浸る暇などなかった。
鋼の大蛇は怪音をあげ、胸部が光を放ったかと思うと、少年に向かって猛突進する。
「早すぎるっ!」
巻き上がるコンクリート片が璃乃の眼前まで吹き荒れる。
彼はなんとか一度は回避するも、大蛇は屋上の隅で急旋回し再度、凄まじい速さで襲いかかる。
「避けきれない——」
少年の眼前に大蛇が迫り来る時、璃乃はアイアンを槍のように見立て、肩を捻っていた。
璃乃の狙いは、少年へ襲い掛かる鋼の大蛇。的は非常に大きく、動きも読み切れる。
「行けー!伝家の宝刀、7番アイアンっ!!」
璃乃の叫びと共に、父のゴルフクラブがフェンスで出来ている大蛇の隙間に突き刺さる。
その瞬間、大蛇の動きが止まり、ロックされた。
「ナイスだ!」
少年は刀を抜き、大蛇の口元を狙って渾身の一閃を放つ。
「ハァッ!!」
しかし——刃は弾かれた。
「硬すぎる……!」
刃は通らず、アイアンは軋み、折れかける音が聞こえた。
少年は後退し、璃乃のもとへ戻る。
「……ハァ……ハァ……あいつ、この狭いフィールドを好き勝手周りやがって」
璃乃はふと大蛇の動きを思い出した。
あの大蛇は一度も病院の屋上より外へ出ていない。
空を飛べるなら、距離を取ったり、もっと攻撃のバリエーションがあってもおかしくない。
——もしかして!?
「この大蛇、屋上の外には出られないのかも!」
璃乃の言葉に、少年の目に光が宿る。
「……確かに。奴は屋上の“内側”でしか動いていない。もし自由に動けるなら、外壁やもっと遠くからの奇襲だってできたはずだ……!」
二人の視線が合い、同時に言葉を重ねる。
「「——あの大蛇を、屋上の外に出す!」」
妙案を思いついた途端、二人は動き出した。
「俺が囮になる。お前は俺が躱した後、大蛇を引き付けてギリギリで避けろ!絶対に死ぬなよ、相棒!」
「そっちこそ絶対に躱してね!頼りにしてるよ、相棒!」
作戦と言えないくらい単純だが、それが今の二人には似合っていた。
大蛇の正面へ全力疾走で向かう少年。
その直線状——屋上の際でステップをし、その時に備える璃乃。
大蛇は再び奇怪な叫び声をあげ、急加速をして少年の方へ一直線に突進を始める。
「その声はお前のご主人様の断末魔なんだろう?なぁ?もう休めよ!」
挑発になったかのように鋼の大蛇はコンクリート片を巻き上げながら、少年へ突撃をする。
直線的な動きを読み切った彼は直前で躱すも、大蛇は彼の左腕を掠める。
「痛っ——行ったぞ!」
予想通り大蛇は璃乃がいる方へ直進し、さらにスピードを上げる。
璃乃は全神経を集中させる。
——今だ!
コンマ一秒を切るであろう絶妙なタイミングで大蛇の突進を躱しきった璃乃。
大蛇は踵を返すように急旋回を行った。
しかし、もう屋上の外へ出ることは確実だった。
身体の半分以上が屋上の外へ出て、引きずられるように地上へ落ちていく。
「やった——」と喜びかけた瞬間。
鉄と鉄が擦れ合い、切れる音がした。
「バァウゥー!!!」
大蛇は身体の大部分を切り離し、落下を防いだのだ。
トカゲの尻尾切りのように、重要な部分だけを残し、半分以下になった身体を宙に浮かび上がらせる。
そして大蛇は再び璃乃を襲い始める。
「そんなバカな!?」
少年の絶望感漂う声が虚しく響いた。
勝利目前で盤面をひっくり返された。しかも璃乃と大蛇の距離は10mもない。
ここで彼女が突進を食らったら確実に屋上から落ちる。
璃乃は大蛇の攻撃を躱したばかりで体勢を崩しており、すでに後ろへ倒れかけていた。
しかし、璃乃は一切諦めていなかった。
鋼の大蛇が彼女を襲う。
刹那——
少女は時間と飛んだ。
頬に風を感じた璃乃が見た景色は、薄っすらと茜色に染まり始める東の空と夢を見ているかのような綺麗な月だった。
「君のおかげだよ。ありがとう」
眼下には、璃乃を見つめている一人の少年が歩みを止めて唖然としていた。
空へ投げた言葉は月へ届くようだった。
璃乃は真下にいる大蛇を眺めると胴体にある赤く光る球が身体を切り離したせいで、露出していた。
これしかない——
「これでコアを割ってくれ!!」
少年は自身の刀を璃乃へ願いを託すかのように投げ、璃乃はそれを受け取った。
そして、その足で大蛇の身体へ着地した。
璃乃の心の中を壮大なオーケストラが彩る。軋むフェンスと刀が重なり、フィナーレを告げるかのように、大きく、強くなっていく。
「今だ!」
相棒の少年が少女に叫ぶ。
それはまるで祈りのように空へ解き放たれた。
「今まで辛かったね。でも、もう大丈夫だよ」
少女は毛先が淡い青色の髪をふわりと風になびかせ空から舞い降りた。
苦しむ魔物に刀を突き刺す。
刃はコアを突き刺し、ひび割れ、無数の残滓となり茜色の空へ消えていく。
鋼の大蛇も形を失い、ほろほろと溶けていくように、粒子となり彼方へ解き放たれた。
「きゃー!落ちるー!」
足場を失った璃乃は空から落下し始める。
「大丈夫だ!」
落ちて来る璃乃を少年は見事に受け止めた。
「お疲れ様、相棒。終わったんだね……」
「あぁ、お前においしいところを持ってかれたのは癪だがな」
最後の最後まで意地悪を言わないと気が済まない少年だった。
カランカラン——と空から少年の刀が戻ってきた。
璃乃は少年の腕から降り、二人は倒れるように座り込んだ。
「君も、結構頑張ったよ!私には負けるけど……なんてね!」
意地悪には意地悪で返すことがこの少年に勝てる方法なのだとこの長い一日で璃乃は学んだ。
二人は明るくなり始めている空を見上げ余韻に浸ろうとしていた。
すると、またカランカラン——と音がしてそちらを見ると。
折れ曲がった伝家の宝刀7番アイアンが少年の刀の隣に転がっていた。
目を大きくして顔を見合わせる二人。
「っふふ——」
「あははっ——」
自然と二人は立ち上がり、見つめ合っていた。
「俺はずっと一人で戦わないといけないと思ってた。でもお前が——」
璃乃は膨れっ面をした後、笑顔を見せた。
「私は“お前“じゃないよ。私の名前は九条璃乃!君は?」
璃乃は手を出した。
少年は少し照れながら手を握った。
「俺は暁瑞穂だ!これからもよろしくな璃乃!」
「うん!よろしくね瑞穂!」
ビルの隙間から太陽が昇り始めていた。
——1章・第1部END——
1章1部完結です!!
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