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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第1部 神無月町病院編—『我儘な魔法使いと復讐者』
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12話 相棒

 璃乃の一言が、少年の過去を走馬灯のように(よみがえ)らせた。

 

——あの時、母さんは殺されて、俺は何もできずに逃げ回っていた。過去の精算をするために今があるのだと思ってた。

 でもこのバカが俺に昨日のための未来じゃなく、明日のための未来を見せてきやがった。

 俺には眩しすぎる。目が開けられないほどだ。

 

 思わず目を細める。

 すると、一筋の涙が少年の頬を伝う。


「俺は……何もないんだ。母さんを殺された。だから錬金術師を殺さないと——」

「その時は私が止める。もし君が止まらなかったら何度でも連れ戻す」


 視線を逸らすことなんてできない。

 

「俺は……殺すためだけに、復讐のためだけに生きていた。もう人間じゃないんだ」

「君はお母さんを愛してる優しい人だよ。私をすぐにバカにする意地悪ところも、人間らしいよ」


 氷が解けていくのが分かる。

 醜く無様にもその光に縋るように音を殺してほんの少しだけ泣いた。

 

「なんでお前はそこまで俺に……」

「君は私の“相棒“だからね」


 意味不明なのに不思議と腑に落ちた。

 負けた。完全に負けた。

 涙は止み、空が開けた。

 

 少年は最後に少女に問いた。


「……どうして魔法使いになりたいんだ?」


 少女は立ち上がり、満面の笑みを浮かべる。



「子供の時からの憧れだから!」

 


 この世界のことを何も知らない彼女が屈託もなく放った言葉の数々は少年の未来を今——


 変えた。


 少女は地に根を張っていた少年の手を引っ張り、引きちぎった。


 

「君と私で新しい夢を始めよ!」



 出会って一日も経っていない少女の手に引かれた少年は思った。


——やっと救ってくれた。もしかして俺はこの時をずっと待っていたのかも知れない。

 

 その青みがかった瞳は暗闇の中でも道を示すようにキラキラと星が住んでいるようだった。

 

「あぁ、やってやろう!」


二人を包む空気が背中を押す上昇気流のように気持ちを上へ押し上げる。

 

「琴宮の病室に行くか!」

「うん!」


 もう彼らが足を止める必要は一切なかった。

 怪物が通り過ぎていくことを確認し、二人は静かにナースステーションを抜け出す。

 足音を最小限に留め、病室へ向かって素早く動いた。

 

「ここだ……」


 薄闇の中、“405——琴宮明日香“と書かれたネームプレートが薄く照らされている。


「私に開けさせて」


 璃乃はドアノブ握りしめ、目を細めた。

 ドアの向こう側に囁くように彼女の口が動く。

 少年には聞き取れなかったが、口の動きからして、琴宮明日香の名前を呼んでいるようだった。

 璃乃はもう片手で胸元を握りしめ、扉を開ける。

 

 昼間とは雰囲気が変わり、バイタルモニターの波形が部屋の薄暗さに強調され、波を打っている。


 そこには静かに眠るように瞼を閉じている琴宮明日香がいた。


 彼女は病室の暖かな光と、カーテン越しに差し込む外の白い光が交わって照らされていた。

 少年が昼間に見た時点でも彼女は色白だったが、光の中でより一層、際立っていた。

 管で繋がれた明日香に優しい眼差しを向けている璃乃。


「明日香ちゃんの近くに行ってもいい?」


 少年が頷くと窓と明日香の間に突っ伏すように座り込んだ。

 

「任せてもいい?」

「あぁ、お前は琴宮を見守っててくれ」


 少年は璃乃が明日香とどのような関係なのか知らない。

 しかし、璃乃の強い想いの出発点が明日香であることは、ひしひしと伝わってきた。

 

「うん、ありが……と」


 その声は微かに滲み、病室の空気に溶けていった。

 

 少年は昼間の見舞いの際に結界の位置を大方把握しており、病室の端に薄い魔力を感じていた。

 大きな植木を退けると——

 

「結界の根源は……ここか」


 今の少年の実力でも感じてしまう雑な作りの結界。

 少年は刀を鞘から抜き、ポケットから最後の道具を取り出す。


「あいつの言った通りってことか……だったら俺は一体何のために……」


 少年の嘆きは璃乃に届くことはなかった。

 小さな石のような物を床に落とし、それを刀の切先で割る。

 病室が強い光に包まれる。


 刀を鞘に納め、明日香のベッドの方へ体を向けた。


「終わったの?」

「あぁ」


 次の瞬間、窓の外に人影が映り少年は顔をしかめた。


「来るぞ!」


 その言葉と同時に——

 

 バッッリーン!!

 

 璃乃と明日香の真後ろにある窓ガラスが、鋭い音を立てて内側に弾け飛ぶ。

 侵入者は明日香のベッドを飛び越え、着地をする。

 

 璃乃は明日香をガラス片から守るように覆いかぶさった。

 少年は咄嗟に侵入者と璃乃の間に入り込んだ。


 割れた窓から外気が入り、カーテンが(なび)く。

 そして侵入者と少年の間に月光が差し込む。

 月影のように(おぼろ)に佇む、陰があった。

 それは二本足で立っているだけ愚者(ぐしゃ)だ。


 黒いローブに身を隠し、顔さえも布のようなもので目元としか見えない。

 

「やれやれ。まさか本当に結界を壊すとは思いませんでしたよ?」


 耳に届く低い声と華奢ながらもスラッとした体躯。男性のそれだ。

 驚きも怒りもなかった。ただ冷静で、歪んでいる異音。


「あなたが明日香ちゃんや他のみんなの力を奪って苦しめたの!?」

 黒いローブから覗くように見える口元。

 男はにやりと不気味な笑みを浮かべ、静かに頷く。


「許せない!!」


 ガラス片をかぶりつつも、明日香を守る姿勢を崩さない璃乃。

 少年は構え、男の前へと立ちはだかる。

 

「おい、お前——」


 少年は一歩、前へ出る。目には怒気(どき)が宿っていた。


「貴方、随分と殺気立ってますね。けど、殺意だけじゃ何も守れませんよ?」

「黙れ、お前の戯言(ざれごと)に耳を貸すつもりは毛頭ねぇんだよ!」


 少年の足元のガラス片が割れた。

 そして、少年の拳は一直線に男へ向かう。

 それは男の顎をかすめ、風を切る音を響かす。


 少年はすぐさま、躱された拳を男の肩に落とした。

 ローブごと掴み、それを起点に跳ね上がる。


 一気に背後を取り、二撃目の正拳を突く。

 それも上体を反らした男にギリギリのところで躱される。

 足元にはガラス片。勢いを殺せずに浮かぶように滑る。

 二人は交差し、もとの位置へ戻る。

 

「もしかして貴方が他の結界も壊して回っていたんですか?」


 低く唸る呟きと、詰まる間合い。


「“俺たち“がだ、クソ錬金術師!」

「だったら殺さないといけないですね……」


 錬金術師は少年に向かい前蹴りを入れようと足を上げた。


「舐めるなよ!」


 少年は左足を軸に男の蹴りを躱し、回転運動を力にしてそのまま右脇腹に強烈な蹴りをヒットさせる。

 

「ぐっ……!」


 男は勢いのまま病室の出入り口近くまで突き飛ばされる。

 体勢を立て直しながら、口元を手で拭う。


「フフ……これは、想定外ですね」


 彼の口角が上がる。だが目には、わずかな焦りの色。

 そのまま背を向け、病室から退散した。

 

「追うぞ!!」


 少年はすぐに病室を出て追いかける。


「でも明日香ちゃんが!」

「結界はもう破壊した!琴宮はもう大丈夫だ!今は奴だ!」

「分かった!」


 璃乃も少年の後を追う。


 非常灯が足元を照らす廊下の中、男は少年の俊足に少しずつ距離を詰められていた。


「おい!待て!」


 少年の声を無視し、階段の方へ走っていく男。

 その向かう先には怪物が立ち塞がっていた。しかし男は止まらずに突っ込んでいく。


「あいつ、どうするつもりだ?もしかして!?」


 男は右手を出し、足元に光の円を出す。

 独特な円陣(えんじん)は揺れ動き、鈍く光る。

 時折、円陣の淵から伸びてくるように感じる混沌とした物が浮かんでは(おぼろ)になる。

 数回か見たことがある忌々(いまいま)しい円陣に少年は心当たりがあった。

 

 「——あれは錬成陣(れんせいじん)!」

 

 男は右手を怪物に触れさせて何かを口にしている。


 その瞬間——


 怪物の身体がみるみる内に崩れていく。


「あの怪物はあいつの魔力のストックだったてことか……クソ!」


 男は移動速度を向上させ、少年を突き放し階段を上っていく。

 しかし怪物は辛うじて生きており、少年に襲い掛かる。

 左腰に帯びた日本刀の(つば)を指で弾く。

 

「ハアッ!!」


 一閃で怪物を断った。


「すごい……」


 少年に追いついた璃乃はこの戦いを把握するだけで、精一杯のようで少年の後ろをただ追いかけていた。


「このまま上に行く」

「分かった!」

 

 二人は階段を駆け上がり、屋上の扉の前で一度止まる。

 微かに空いている片方の扉から風が抜ける。

 そして覗ける敵の姿。

 少年の視線は屋上の男に向けられていた。

 間違いなく誘っている。

 

「質問していいか?」

「いいよ、何?」


 息を飲みこみ少年は問う。

 

「ここから先は命をかけた戦いになる。油断したら殺される。お前の言っていた俺を止める、止めないの話しとは関係なく、命の駆け引きが行われる。それでもお前はこの先に行くか?」


 少年は少女へ最後の覚悟を聞いた。

 少女は月明かりに照らしている少年の横顔を見る。


「私は殺されないし、殺さない。でも戦うって決めたから、戦う」


 その瞳に一切の迷いはない。

 横目で見る彼女には覚悟が灯っている。

 一瞬、少年は少女への疑念を口にした。


「それは初めて戦う奴の心情としては、できすぎている——」


 その言葉は扉から差し込む風にかき消されていた。

 しかし、それはこの場では向かい風となり彼らの足を前に出した。

 

「じゃあ最終決戦と行こうか、“相棒“!」


 最後の扉を開けて、未来への一歩とした。

 

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