芽吹いてしまった物をなかった事には出来ない
いくら規制しようともあらゆる妨害をしても誰もがその抜け道を探してしまう。
伝統による染め方以外のドレスの着用を認めないなんて国で言っても、
年頃の令嬢達はこう答えるのだ。
「じゃあ伝統以外の場所で着るのは構わないわよね」
式典や祭典では着なくてもいい。
お忍び用のドレスだからと言って袖を通す事にする。
華やぐ街に1人古めかしい伝統のボルフォードのドレスを着て、
貴族用の通りを歩くだけでも平民の着る物より劣っているので目立ってしまう。
そして周囲の裕福な平民の商家の娘が、
自身より可愛らしく着飾っているというのにと言う気持ちから、
令嬢達が手を出してしまうのである。
プライドはあれど、伝統ではなく華やかさにひかれる令嬢は思いの外多かった。
町が華やげば舞踏会だって華やぐことを求められるのだ。
平民の暮らす街よりも贅を尽した貴族の舞踏会が「劣る」なんて許せない。
日に日に湧き上がる視覚的暴力と貴族令嬢から上がる不満の声を、
無視できなくなって来ていたのである。
そして目まぐるしく変化してしまったその街並みとドレスに、
ボルフォードは対抗しない訳にはいかないのである。
彼女達は未来の顧客であり「伝統」に雁字搦めに縛り上げる前なのだ。
伝統と言う縛りが無くなれば苦しくなるのはボルフォード。
けれど対象としているのは伝統と言う縛りに手が届かない若い貴族令嬢…
今は町へ出る時のお忍び用として数着だけ。
それが後に着なれたドレスで参加する貴族の私的な集いで許される様になれば、
その次は軽めの秘密の夜会での着用が許される。
認められていいないということであっても「華やかさ」を求められる、
舞踏会がボルフォード以外のドレスが選択肢に入ってくる。
このまま何もしなければ加速度的に認められ、
ボルフォードの持つ伝統と言う権益が消えるのは時間の問題となるのだ。
それを押さえつけ遅らせるには初動であってもこの第一歩目の、
広がりを阻止する必要がある。
何としてでも足元を支える為にここで食い止めなくてはいけない。
その為に安いドレスの対抗馬を作らなくてはいけなかった。
こうしてボルフォードは「安いドレス」に対抗するべく重い腰を上げた。
生地の質を更に落としてある程度の質の悪さはボルフォード産というブランドで、
押し切きり平民向けのドレスを販売すれば売れると思っていた。
いや、売れなかったとしても「店」に置いて貰わなくてはいけない。
置いて貰わなければボルフォードの磨き上げた「令嬢を美しくする」という行為を、
全否定される事と同義なのだから。
―オースヴァインの「美しさ」はボルフォードが決めるー
安いドレスに汚される訳に行かない。
それはボルフォードの財政が苦しくとも血反吐を吐いて利益が出なくとも、
安くドレスを売る事が至上命題となる第一歩の始まりだった。
けれど同価格帯ならファルスティンが作った質に叶わない。
ボルフォードの優位が消える。
上流階級に置いて「ボルフォード」は「ルール的」に強かった。
けれどルールの通用しない国民生活におけるボルフォードの価値は、
なかった事が証明された瞬間でもあったである。
それでも「ボルフォード」は未来を信じて戦うしか選択肢が無いのである。
足元からじわりじわりと侵攻を受けるボルフォード家公爵夫人。
この国の由緒ある伝統を作り上げ令嬢達に自身のドレスを美として認めさせ、
形作って来たエディルネ・ボルフォード公爵夫人は眉をしかめる。
けれど彼女は慌ててはいない。
否慌てる必要があると思っていない。
その場の流れの変わり方を感じ取れていたがそれだけだ。
慌てる必要がないと余裕を持って接していた。
「元婚約者風情が一体何を考えてるのかしらねぇ…
ゴミ溜めから絞り出された絞りカスが一体何をしているつもりなのか…」
「左様でございますなぁ」
「切り札は私達が握っているというのに…
どうしてこんな事も解らないのかしら?」
「わからないからごみ溜めなのでしょう」
「フフフ…そうね」
エディルネ公爵夫人はその余裕を崩さない。
―今のボルフォード家には切り札が存在する―
息子のカーディル・ボルフォードの婚約者となっている。
素敵な御令嬢。
ソフィア・マリス男爵令嬢がいるからである。
彼女は若いながら王国の伝統で磨き上げられた素敵なドレスを身に纏い、
毎日楽しく素敵な日常を送らされていた。
毎日が楽しい学習の日々…
高位貴族に嫁ぐ事になったソフィア・マリス男爵令嬢は、
今ソフィア・ボルフォード公爵夫人候補として素晴らしい日々を送っていた。
何せあのエルゼリア・ファルスティン伯爵令嬢の作り上げた、
巧妙な不正を暴き卒業パーティーにて断罪した正義の心を持った、
天使のような令嬢なのである。
その頭脳明晰な所を見せつけて日々学習に励み一日でも早く、
ボルフォード家の子息カーディル・ボルフォード公爵令息と、
結婚する日を夢見ているのである。
優秀すぎるソフィア・ボルフォード公爵夫人候補の未来は明るい。
彼女がいる限り「ボルフォード公爵家」は安泰なのだ。
ソフィアと言う切り札を手に入れたボルフォード公爵家は今は安泰なのである。
領民に熱い視線を向けられて日々成長しているソフィアは、
今日もボルフォード家の為に生き続けているのだ。
ボルフォード家に相応しいドレスを身に纏い、
甲斐甲斐しくエディルネ公爵夫人の用意した使用人達にお世話をされながら、
暮らし続けるソフィアはその役目を果たせるまでボルフォード家の中で、
大切に。大切に。扱われ続ける。
そのボルフォード家の切り札として用意されている「ソフィア」に、
対抗する形で用意されてしまったのが今回の歩くスピーカーとして、
王国に放たれるデルフィナス王家の姫なのである。
良い広告塔として育て上げる為の準備は入念に行われる事になる。
リリーは意気揚々と抑えていた気持ちを吐き出すのだ。
「技術の出し惜しみは致しません。
望まれるままに…いいえそれ以上に素敵なドレスを作り上げる準備をなさい。
それこそがファルスティンからの初撃となるのです」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
リリーがそう宣言する事によって、
針子やデザイナー達は理解せざるを得なかった。
もう、実力を隠す必要がないという事はオースヴァイン王国に、
ファルスティンが従わないという事。
それは言い変えればターシャ・ファルスティンの為のドレスを、
伝統に縛られずに作れる事に他ならない。
同時にリリーと言う通りの初撃となる一撃を叩き込む為の、
材料は好きにしてもかまわないという事なのだから。
実験体として好きにして良いという王家にとってはとっても問題のある、
事なのだけれどそれすら容認すると言う宣言に他ならなかった。
着飾らせるのはターシャでない事に不満はある。
けれど、それ以上に制限がない事に喜ばない針子とデザイナーは、
当然だがいなかったのだ。
彼女達のやる気は姫君達が来る前から暴走気味となり、
姫君のお付きとしてやってくる侍女とメイドや使用人の人数分の姫様方の、
嫁入りに合わせた場違いのド派手なメイド服と言う名のドレスまで、
用意し今か今かとお姫さまの到着を待っている状態となったのである。
出迎えの日の当日当然ターシャとライセラスのお出迎え用の礼服は、
王国の伝統を無視した物として用意される事になった。
鉄馬のホームで二人を出迎えて専用の馬車で屋敷にお連れする手筈を整えた。
二人の衣装は「姫様方」のプライドをくすぐる物として作り上げられる事となる。
言うまでもなく服飾に関わる事のターシャのお抱えの針子とデザイナーの「夢」
それを形にする王室となる時に袖を通して戴きたい。
いつか訪れるファルスティン王国となった暁に着せるつもりで用意していた、
ライセラスとターシャの礼服だった。
そのデザインと刺繍の細かにターシャ用に洗礼されたドレスは、
王家の王妃の装いとして相応しいものとして仕上げられている。
一伯爵家の夫人が着る様な装いではない事だけは確か。
けれど…それ故に姫様方を増長させ行動を刺激できる事と。
姫様方のお迎えに「王国」の人間は関わらない。
たった一度。
たった一度だけれど姫にそのターシャの姿を焼きつけてやればいい。
それだけで姫様方は暴走してくれる。
それに毎年「手直し」を続けてアップグレードが繰り返される、
未来のファルスティンの王家の装いは現在の最上級であり。
針子さんが努力を辞めない限り最上級は向上し続けるのだ。
若いファルスティンの領主夫婦は今、
王国に反旗を翻すために最大級の爆弾の作成を開始する。
ボー…
と、大きな汽笛を鳴らしながらライセラスとターシャが待つホームに、
素敵な「姫君(爆弾)」が乗った鉄馬が入ってくるのである。
「ようこそおいで下さいました。
セルディア・デルフィナス姫。
メロディア・デルフィナス姫。
わたくし達は貴女様方の来訪を楽しみにしておりました。
ファルスティン領、領主のライセラスファルスティンと…
隣にいるのは妻のターシャ・ファルスティンで御座います」
そう言いがら両姫の前で頭を下げるファルスティン夫妻。
けれど二人のその装いに確実に両姫は驚いていた。
明かな質の良さが解る生地にふんだんに施された刺繍。
そして何より夫妻でお揃いとなる様に作られたデザインは、
姫様方の持つ礼服の常識を簡単に超えてそして何より、
着ているだけで上位者と言う事を示す事が出来る、
豪華さと精巧さも持ち合わせていた。
ライセラスは自身の爵位は名乗らない。
そしてその代りに姿でファルスティンがどういた場所なのかを理解しろと、
宣言したのである。
「お、お顔をおあげになってくださいまし…」
そう宣言され姫君達の前に二人そろって正面から並べばそれは、
姫様方にとっては屈辱的な姿である事は考えようもない事だった。
言うなれば爵位は名乗らなかったが「領」と言っていた時点で、
何処かの国の一領地である事だけは宣言している。
そして姫様方は領都ライセラスに来る前に都市ギネヴィアの最高責任者である、
リチェルチェによって着飾らされたギネヴィアも見ているのだ。
それ以上の装いのターシャを見れば、同じ王族として姫様方は嫉妬せずにはいられない。
自身の前で何処かの国のたかだか一貴族が一国の王女より、
良いドレスを身に纏って堂々と自身の前に立ち挨拶するなんて、
デルフィナス王国ではあってはいけない事と思い出し…
セルディア・メロディア両王女は自身がどうしてこの場にいるのか、
そしてそう言う立場だったのかを完全に忘れることになったのだ。
姫の私達より良い物を一領主の妻が着るなんて許されないし許せない。
自身で言った「亡命」という言葉さえ忘れて彼女達は、
ライセラスとターシャの思惑通り「一国の姫」として振舞い続ける。
それは馬車に4人で乗る事から始まり…
そこで嫉妬に駆られた二人の姫は、
ターシャのドレスを見ながら宣言してしまうのだ。
何度見ても変わらない。
どう見たって自分達が着ているドレスの方が、
ターシャが着ている物よりも劣っている。
セルディア姫とメロディア姫は決して短いわけではない時間を、
都市ギネヴィアで過して来た。
そこで自分達に相応しい物を用意せよと声高らかに宣言して。
自分達の持つ美的感覚を最大限に使って都市ギネヴィアにいた、
ドレスメーカーの針子とデザイナーを総動員させ、
それなりに納得できる自身に相応しい物を作り上げたつもりだったのだ。
それが一瞬にして覆される。
基準が一気に上がる。
「私達の為に用意しなくてはいけない物は多いのですのよ」
「一国の「姫」を迎え入れる事とはどういうことか理解なさいね」
「まずはドレスを作らせなさい」
「当然使用人達の部屋も用意できているのでしょうね?」
始まる要求と言う名の嫌がらせ。
ただ、もうこの時点でセルディアもメロディアも「デルフィナス王家」を、
捨てなれなかったのである。
それは姫としてファルスティンに迎え入れられた事。
もう「亡命」ではないと自身で宣言した事に他ならない。
それは言うまでもなくデルフィナス王家の姫として、
オースヴァイン王国に嫁ぐ為の準備をする為の用意をファルスティンに、
やらせると無言で宣言した事に他ならない。
彼女達は最後の最後まで王女であることを捨てられず、
そしてオースヴァインに嫁ぐ事からもう逃げられない。
自分達で宣言した事に気付けない。