表立って動く前に事前準備で水面下では大きく形が変わっている
領都の重要人物として無防備だったレアルスタの隔離が終れば、
ターシャが心配する事は特になく姫君達の為に真心を込める準備を始める。
リリーが渋っていた服飾関連。
特にターシャとミーシェのドレスを作成するチームを再編して、
「機密」と「姫」の2チームへと急いで再編しなくてはいけなかった。
組織の組み換えの時間だけはかからない。
けれどデルフィナスの姫君達は自身の為のドレスを作る専属を求め、
その専属を特別扱いしたと都市ギネヴィアからの手紙に書かれていた事から、
絶対に作業場を荒らされる事が確定している。
それは見られても良い物と行けない物をより分ける時間の始まりだった。
今まではファルスティン内に置いて見られて困るような相手はいなかったのだ。
けれど鉄馬に乗ってやってくるセルディア姫とメロディア姫は違う。
完全の他国の者であり、この先ファルスティン内に留まる事もきっとない相手である。
見られる事はそのまま情報漏洩にとなるのである。
ファルスティン領の服飾産業は基本2人の令嬢と伯爵夫人である、
ターシャの為だけ存在する。
そして機密になるのはそのドレスの創作過程において仕込まれる、
結界石などの魔石を使った防護用のアンダードレスの構造も彼女達が守るべき、
主の機密であった。
オースヴァイン王国内にいる王家に従順な貴族達ならいざ知らず、
ファルスティンの反抗的態度をしれば懲罰を与えようと考えるのが、
オースヴァイン王家である。
そう言った敵愾心から身を守るための物の構造を知られてしまえば、
折角着こんでいるのにも関わらず無力化する為の物も用意されてしまう。
セルディア姫とメロディア姫はファルスティンの味方ではない。
入ることは断れないが機密が漏れる事は許さないのである。
個人の機密の塊であるフルオーダーメイド用の部屋と別ける事は必然であり、
それは重労働となったのであるがそれでも彼女達のデザイナーや針子の気分は、
やる気に満ちていた。
それは当然「デルフィナス王家」の姫に着せるドレスは彼女達の宿敵、
ボルフォードを叩きのめせる「一種」のパフォーマンスの一環となる事が、
確実となったのだから。
例えどんなに酷いドレスであっても魔法の一言がある。
―家格が低いからボルフォードのドレスは理解されない―
それはどんなに粗悪品であっても、
伝統と由緒ある王家にドレスを納めて来たボルフォード家のプライド。
負ける事が許されないからこその言い訳なのであるが…
オースヴァイン王国のドレスを牛耳るボルフォード家のドレスは、
高位貴族しか着られない。
最低でも拍爵位でなければ売ってもらえないという建前があるのだ。
故に纏った者は高貴な令嬢のみ。
―ボルフォードのドレスの良さを理解できるのは高貴な令嬢だけなのだ―
―文句を言う物はボルフォードを理解できない愚か者―
というのが定説としてオースヴァイン王国にはある。
実際には恩着せがましく、男爵・子爵令嬢にも売っているし、
そもそもボルフォードのドレスでなければ、
夜会への参加資格を取り上げられる場合もある。
高くとも買わなければいけないのがボルフォードのドレスなのである。
しかし今回ばかりは違う。
ボルフォードは初めて定説の言い訳の出来ない相手と戦う事になるのだ。
セルディア姫とメロディア姫は王家の姫である。
たとえ弱小国であったとしても姫であることに変わりはない。
ここでボルフォードのドレスを上回る出来の物を着せて送り出せば、
ボルフォードのドレスはそのブランド価値を失墜する。
同時その余波はボルフォード家を圧迫する結果となる。
オースヴァイン王国のドレス産業…というよりも服飾産業の形は、
ここに来て大きな転換期を迎えつつある。
ファルスティンより滲み出ていた「可能性の形」がここに来て、
別の形で芽吹き始めていた。
ファルスティン領内で作られた粗悪なドレス。
山脈と気流の関係で極寒の地となるファルスティンは服飾に関して、
妥協する事は出来ない。
防寒性は必須であり造りの甘さはそのまま着用者の命を奪う。
その為に一着一着はどれだけ大変だろうと厚手に生地を何枚も重ねて造り、
堅牢かつ破れないように作るのである。
それは平民もライセラス達貴族も同じであった。
だがそうやって堅牢に造ったからこそ生地を使いきれない。
端切れが大量に生まれてしまっていた。
その端切れを大量に継ぎ接ぎして作ったのが「安いドレス」の始まりであった。
極寒のファルスティン領では着る者はいない。
しかしファルスティン領よりマシな寒さまでしか寒くならない、
オースヴァイン王国であれば十分に使用する事が出来る物であった。
そして、落ち着いたボルフォード製のドレスと明確に分ける為に、
再染色し色々な端切れの元の色を隠す為に濃い原色を多用した、
明るいパステルカラーのドレスに染め上げたのである。
原料をくまなく使い切る為に作られた端切れのドレス。
耐久性防寒性は皆無。
それこそ露出を減らす為に隠すところも絞った煽情的なデザインは、
貴族令嬢が着る物とは到底及ばない。
でも斬新で目を引き付ける物であった。
伝統と格式を無視して作られた平民向けのパステルカラーのドレスは、
その安さも相まって平民達に人気であり売れていたのである。
その市場は拡大し作りやすさも相まってファルスティン領から、
大量に出荷されたのである。
それは服飾産業の形を一部変えるまでに広がっている。
高位貴族が着ていたドレスは使い終れば仕立て直して売却される。
それを平民が買う事によって使いまわされるのである。
その使い終わったドレスを仕立て直して平民用に売るのも、
ボルフォードの産業の一つである。
その為にボルフォードは補修用のドレス部品を高値で販売していた。
しかし…
裕福な平民で買い手がいたからこそ仕立て直しは利益が出た。
そして貴族が使っていたというブランド意識。
けれどどうしても使い古しと言う事は消えない。
そこにファルスティンの平民向けドレスは滑り込んだ。
くすんだ色の汚れて見えるドレスより、
安い新品のパステルカラーのドレスの方が良い。
何より貴族が着られない「平民専用ドレス」と言う意味でも、
年頃の平民の女の子達は「安いドレス」を欲しがるのだ。
現在もじんわりと浸透していた「安いドレス」という仕込みがここにきて、
王家御用達の服飾を作る公認の「ボルフォード家」に、
手痛いダメージを与える状況へと繋がってくるのである。
どうせ直ぐに飽きられる。
ドレスは量産できる物ではない。
そう言った先入観がボルフォードの対応を遅らせる。
王国の一部に広がってしまっている「価格の安い服」に対抗して、
登場当初はボルフォードは高みの見物を決め込んでいた。
しかし流れがそれを許さない。
当初は平民のドレスなんて気にする必要が無かったのだ。
けれどまず小売店の店員が着る様になる。
それに合わせて外商が来ない様な貴族を相手にする装飾品を売る店の、
「平民」である筈の店員が「自身」をモデルにする様に、
宝石をより魅力的に見せる様にパステルカラーのドレスを纏ったのだ。
それが用意されている宝石とマッチしてしまう。
古くて野暮ったい伝統のボルフォードのドレスよりもだ。
となれば自身をより「美しく」磨き上げることに余念のない、
貴族令嬢もその流れに乗らざるを得なかった。
というよりももっと簡単な理屈が貴族令嬢を動かす。
―自身より可愛い姿で「平民」がいる事を「貴族」は許せない―
それが全てである。
町が「ボルフォード」以外の服を着て「華やぐ」事だけでは、
済まなくなりつつあったのだ。
「伝統」では「愛らしさ」を守れない。
それが事実である。
そして残念なことにボルフォードはファルスティンの様な
「染め物」として色彩豊かな色の生地を作れないし作り方を知る人もいない。
それは「伝統」という言葉に隠された不都合な事実の一コマ。
色を「作れない」のではなく「作らないんだ」と強弁を張って、
新しい物を受け入れなかった弊害だった事は確かなのだ。