大切な物はゆりかごの中に
ファルスティンの「領都ライセラス」では、
遠方からはるばる外遊を重ねて見分を広げて下さった、
デルフィナス王国の姫君が着岸した都市ギネヴィアから、
鉄馬(鉄道)に乗り到着するのを今か今かと待っていた。
エルゼリアから届けられる近況報告を聞いて、
姫君達の立ち振る舞いがとても一国の姫君として相応しく、
ギネヴィアとエルゼリアの疲弊…
と言うよりもその周囲の疲弊がひどくなっているからこそ、
急いだ結果のでもある。
曲がりなりにも利用価値があるお王家の姫君達なのだ。
歓迎するには領主夫妻自らがお出迎えをするという素敵な準備も、
しなくてはいけなくなっていたのだが、
領主であるライセラスとターシャを支える面々の気持ちは晴れていた。
これはアレである。
カモがネギしょってやってきて鴨葱になる下準備でしかない。
ライセラスが動く事にターシャは同意しライゼンが手配をして、
リリーがやる気になった以上領都もそれ相応に忙しくなる。
迎え入れる体制を作り上げるにあたって大切な跡取りであるレアルスタは、
ライセラスの母であるミーシェ・ファルスティンのいる離れに避難する事にもなった。
ミーシェの暮らす場所は領都にある離れとはいえ本家の屋敷より、
ゼフィラとしての守りが強い。半面j兵士の様な剣を振るう人数は減るが、
それ以上に裏側から安全を確保している場所なのである。
ゼフィラの中枢と言う意味でも離れはその役割を果たしている場所であった。
ドロリとした感情とオースヴァイン王国に対する動きを直に見ている場所として。
ミーシェはどっぷりとその黒い所に浸かっている。
領主となったライセラスの動きに合わせて領内で動き、
ミーシェ自身はアネスと一緒に、
これからの第一防衛線になるであろう砦の建設に携わりたかった。
しかし急激に忙しくなったライセラスとターシャの代わりに、
孫であるレアルスタのお世話(守り兼用)する人としてはこれ以上に、
ターシャが安心して預けられる人はいない相手である。
2人の姫を受け入れた時点で連鎖的に物事は動いていく。
その急激なうねりから未来の領主を守るのは必要な事であり、
現在のミーシェの動きはレアルスタを第一に考えての動きとなっていた。
国を支える「暗部」に携わる人間として、
それ以上にアネスのパートナーとして現状レアルスタのお世話をしているミーシェが、
危ない所にいる事を許されない。
安全な所で「支援してほしい」と、アネスからもお願いされてしまった以上、
その役割を果たすのみ!
という訳で…暗部の幹部の一人は、
普通?の孫大好きおばあちゃんとなるしかなかったのである。
まだ幼いレアルスタにはオースヴァイン王国からの強い「守り」は絶対に必要なのだ。
レアルスタの利用価値は高い。
そしてこれからはもっと高くなる。
オースヴァイン王国がどんな手段を使っても欲しい存在に、
レアルスタは格上げされてしまっているのだから。
付け入られない為にも、
それ相応の情報の安全に関する「知識」を持った人の近くにいる事が、
レアルスタの安寧した日常の為には絶対の条件なのだ。
「義母様レアルスタをお願いしますね」
「あの子も決断しましたか。
始めるのですね?」
「もう止まりません」
「解りました。
一段落するまで徹底的におやりなさい」
それでもミーシェ・ファルスティンも周囲が騒がしくなる。
のほほんと日向ぼっこは出来るがその水面下でざわつかせられないように、
する為の処置が施される。
お日様の下は温かいだけ。
レアルスタは今日もばぁば(ミーシェ)とのほほんと一日を過ごす。
それがゼフィラのやり方なのである。
だが表と一緒に動く歯車がガチリとハマった時点で、
その平穏は少しばかり形を変えるのだ。
ゼフィラの中心に近いミーシェが動くという事は、
より表との連携が強くなるという事にもなる。
組織のレベルはオースヴァイン王国を支える暗部ほどの力はない。
けれどここはファルスティン。
地の利を最大限に生かされる結果愉快な事になっているのである。
「くぅくぅ…」
「あらあらお眠ねぇ…」
レアルスタをベッドに寝かせて乳母に世話を引きつぐと、
ターシャは整理と判断を行う。
アリア・バルダーが構築した領内の特殊ネットワーク。
天才ゼファード・バルダーが趣味と実益をかけて作りあげた、
対魔獣用観測用品…という名の領内諜報グッツ。
「領都に魔物が来ることもないからもういらないかなぁ」
「なら、必要な所に譲渡してしまいましょう」
「おやアリア?こんな警戒装置をだれか欲しがっている人がいるのかい?」
「えぇ。きっとターシャに渡せば喜んで下さると思います」
「なら、使い方は教え上げてくれる?」
「解りました」
ゼファードが作り上げた物をアリアから引き継いて、
諜報用に改良された物がターシャの手元に情報網は届けられたのだ。
天才が天災を発生させる事によって生まれた結果である。
暗部としては使えないがその逆である「表」として使える物は大量にある。
言うなればローテクなハイテクデバイス。
監視カメラの様な物はないけれど、
ライセラス達の住まう屋敷の周囲は監視対象エリアとして、
音を拾うマイクと赤外線センサーはない代わりに魔力センサー?を使った、
魔物の動きをトレースする為の物を転用。
人の出入りを確認する物に変更され監視が事も行われているのである。
ゼファードが作った訳の解らない「魔物監視機器」はその形を変えた。
足りないゼフィラの能力を補って余りある不思議な利便性と、
誤魔化せない情報をゼフィラに与えていたのだった。
「出来るはずがない」から警戒はされず王国の暗部は油断し、
監視・防御エリアの外だと思い込む。
ボロボロと安全地帯だと思い込んでいる場所で情報を提供してくれるのである。
その情報がこれからどのように扱われるかはまだ解らない。
ただ面白いくらいに暗部同士のオースヴァインの動向と命令の会話を、
隠しマイクならぬ隠し伝声管から聞く羽目になり、
漏れ聞こえた情報を持ってターシャが王都の舞踏会に参加する事となれば、
オースヴァインの貴婦人たちは震えあがるしかない内容が溜まっていた。
ドコゾノ令嬢の逢引きや愉快な不倫話を酒のつまみに楽しんでいる、
暗部の奴等が多いのだ。
王都から離れたファルスティンの諜報など暇なだけだと、
思われているからでもあるが。
聞きたくもないのにそう言った情報も、
音声として一部は記録され集まってくるのだ。
世の暗部を対象とした退屈しのぎに行われている逆諜報員に対する、
夜の観察は巨大な「情報の爆弾」となり、
暗部同士の交流会の素敵な酒のつまみとなっている事は確かなのだが、
それに気付ける暗部オースヴァインにはまだいない。
本来ならオースヴァインから侵入してきている暗部たちは、
この世から即日退場して戴かなくてはいけない存在のはずなのだが。
あまりにも巧妙に隠された?収集機器に気付ける相手はいなかった。
暗部の隠れた奴等が監視対象となってしまっているのである。
諜報のネットワークの中であるのなら。
「領都」に王国の暗部の侵入を許せてしまえる程度の明確な実力差が、
今のファルスティンの暗部なのである。
自領のネットワークの上でならオースヴァイン王国の諜報員でも出し抜いて見せる。
未来のファルスティンの為に。
レアルスタ・ファルスティンを可愛がる優しいおばあちゃんでありながら、
まだ暗部を支える柱としてミーシェもまた裏からファルスティンを、
支えるのである。