捨てられた領地の反逆と変革の始まり
二人の学園生活はよい物ではなかったのだ。
言うまでもなく近しい年代に「王子」がいた事から、
国はその王子に傅く生徒を優遇し次世代の者達を立派に、
育てる事を優先したのだった。
その「犠牲」となる事を男爵令嬢だったターシャは望まれたのだ。
伝統・礼儀・誇り。
それらを守る為と言うのであれば、
「喜んでその身を差し出すのが正しい貴族としての役割なのだ」
それが国の求める形であって、「正しい国家運営」を行う為だったら、
辺境の土地は人知れず犠牲になるそれがこの国の貴族の「お勤め」なのだ。
王都に収められる実りが少なくとも「外交の面」からと言い訳をして、
何とか「数」を揃える事になる。
けれどその「数」を揃えるのは、足りない分の帳尻を合わせるのは。
当然王都には名も知られていない地方の大地を納める「貴族」なのだ。
ルクレイン領もその一つだった。
ファルスティンに近い北の大地と言ってしまってもいいこの場所で、
作物を育てるのは厳しい環境ではあった。
けれどファルスティンほどじゃない。
運営できるだけの大地を持ち良心的なルクレイン領領主は、
可もなく不可もなくただ王国の求めるがままの領地運営を、
していたにすぎなかった。
北にファルスティンを近くに持つ領主たちの考えは単純明快。
いつファルスティンが暴発して侵攻を仕掛けて来ても良いようにすること。
けれど、それは兵士を持つ建前に過ぎないという事は皆理解していたのだ。
苦しい生活を強いられるファルスティンは暴発する前に全滅すると言うのが、
近隣の領主達の常識となっていたのだから。
真に国に求められるのは安定した穀物の生産。
隣国と接していないので本格的な武装集団を抱える事の必要の無い、
北に近い領主たちが行う事は確実な「実り」を納める事だったのだ。
何時もと同じ年が訪れていつもと同じ時間が流れていく。
それが「ファルスティン」という国が考えた最大級の「ゴミ箱」を、
近くに持つ者達の変わらない日常だったのだ。
領地を通り過ぎるファルスティンの為に用意した「開拓民」を移送する馬車。
それを見ながら「ああはなりたくない」「見て見ぬふりをする事」も、
領主たちの義務だっだのである。
「美しい煌びやか」な王都を守るためには必要な犠牲だと言い訳をして、
日々行われる「開拓者」を乗せて通り過ぎる馬車を見送りながら過ごす毎日。
それがこの国の日常なのだから「ファルスティン」の跡取りとなる。
ライセラスの学園での扱いも「ゴミ捨て場の領主の息子」であることを、
当然の様に求められるのだ。
ライセラス自身が「そう言う場所でありそう言う学園」であるという事に、
慣れるのにそう時間はかからなかったのである。
ある意味で都合が良かった。
同室になりたがる貴族もいないのでペアを組む事になるのは何時だって、
連れて来たライゼンとなる。
それでライセラスにとっては十分だったのだ。
余計なしがらみも出来ない上に自信がもつゼファード・バルダーが作り上げた、
異質が広がる事もない。
何より、「オースヴァイン」の作り上げた常識が受け入れられないのだ。
学園内にある書蔵庫でほぼ毎日を過ごし、貴族として需要な「魔法」の練習は、
卒業するのに問題のない程度で取得する。
ともかく「オースヴァイン王国」の外にある隣国に関わる事を、
何でも良いから探して記憶してを行い続ける事をライセラスは在学中に、
続ける事になるのだった。
既にライセラスはこの「国」の事などどうでも良かったのである。
学ばされた事で言うのであれば叔父の、
ゼファードのこの世界での摩訶不思議すぎる理論が頭の中を占めてしまっていた、
ライセラスにとって「オースヴァイン」の誇る伝統こそが怖かった。
従っていれば楽になれる中央の貴族ならいざ知らず、
従順になった所で未来が無いという事は父であるアネス・ファルスティンと、
領地の扱いを見ていれば嫌でも解るのだ。
そして、このまま従順でいれば待っているのは王国に搾取されるだけの、
日常しか残らない。
そして都合の良いように扱われオースヴァイン王国の「正しさ」を守る為に、
歪みを受け止め続けると言う役目しかない事を「学園」で過ごしているだけで、
嫌と言うほど教えられたのだ。
その中でも時期国王となる第一王子との付き合い…
と言う名の「命令を聞かされる事」も数回あったのだ。
「へぇ…君が…。
大丈夫さ。
私が父上の跡を継いだ暁には開拓者を送る量を2倍にしてみせるよ。
それで君も楽になるだろう?」
「…そうですね。
嬉しいです」
「ああ!感謝していてくれ。
それと…この先討伐があるんだ。
ちょっと先に行ってゴミ掃除をしておいてくれると良いんだけれど。
まあ、強制じゃないよ。
ただ、私の「可愛い人」もついて行きたいって言ってね。
彼女を危険な目にあわせる訳にはいかないんだ。
解るだろう?
もしも聞いてくれないと、開拓民が減ってしまうかもしれないね」
「…解りました」
開拓民が増えようが減ろうがライセラスにとってはどうでも良い事なのだ。
けれど…
魔獣とやらがどの程度の物なのかは気になったので断らなかっただけだった。
ライゼンと二人だけでその「ゴミ掃除」と称した、
「魔獣」とやらを探しに演習の地を探っていると、
たった一人で戦っている人がいたのだ。
それが…ターシャ・ルクレインだったのである。
数頭の魔獣に囲まれながら徐々に追い込まれていた所に、
救援する形で戦闘に参加する事になったのだ。
既にボロボロだった彼女は腕と脇腹に深い切り傷を負ってしまっていて…
何とか救援に入ったライセラスの持っていた回復薬(叔父様特性)を飲ませ、
命を取り留める事になった。
「なんでこんな所にいる?」
「「私の可愛い人」の為ですよ…」
それだけで、理由を理解できてしまったライセラスは、
それ以上の事を聞かなかった。
助けた彼女はターシャ・ルクレインと名乗りそのまま別れたのだが、
ライセラスはターシャが自身に近づく事は無いと思ていたのである。
まぁ学園の常識に従うのであれば「命の恩人」だったとしても、
「ファルスティン」に近づかない事が常識だからだ。
けれどその「常識」を乗り越えてターシャはライセラスに会いに来たのであった。
「いつもここにいるんですね」
「必要な物はここにしかないからな」
「ファルスティンはどんな所なんでしょう?」
「この国のゴミ溜め」
「嘘ですね」
「…何が?」
「ゴミ溜めの未来の跡取りがあんな「回復薬」を買えるわけがありません」
「なら何だと?」
「作ったのですね?」
「…さて、ね」
ターシャは自身の体に残った「傷」の所為でもう「王国の貴婦人」とは、
なれないし見られない。
なれたとしても、年を取った貴族の後添え程度か、何処かのメイドが精々だ。
学園での立場が地に落ちた(落とされた)ターシャには居場所がもう無かったのだ。
野蛮な蛮姫と言われて「魔獣と一人で戦った野蛮な娘」と烙印をおされ、
蔑まれるだけだったのから仕方がない。
「可愛い人」の付き人が魔獣を見て確認してこいと言った命令が、
巡り見巡ってターシャの所に来たのだから何とも言えない。
ただ、その事で責任もとらず知らぬふりを突き通す周囲の貴族ともターシャは、
付き合おうとしなかったししたくなかった。
貴族令嬢としてもう役に立たないと言う烙印を押されてしまった以上、
学園にいる意味すら考えられなかったのだ。
立場のない自分に両親も領地に帰ってきて良いと言ってくれた。
それでもあの時助けてくれたライセラスに一言お礼を言いたくて、
ライセラスがいた書蔵庫にお別れの挨拶をするつもりで向かったのだった。
そこで見たのは「ゴミ溜め」と呼ばれても我関せずでいるライセラスの姿。
学園の貴族達から徹底的に距離を取って「目的の為に知識を集めまくる」
ライセラスの姿だったのだ。
自身の傷だらけのからだの事を知っていても何とも思わないライセラスを見て…
もう少しだけここにいられるのかもしれないと考えたターシャは、
その日から学園のほとんどの時間を一緒に過ごす事になる。
それからターシャとライセラスは、お似合いの二人と言われ、
そう言った扱いを受ける様になった。
罪を擦り付けられる事もしばしばで、
罪状は「ファルスティン」と一緒にいるから。
もはや難癖ではなくてただターシャを辞めさせたいと言う、
陥れたいだけと言う悪意だけしか「学園」にはなかったのだ。
けれどターシャは折れなかった。
もう「可愛い人」に頭を下げる事もしなかった。
その態度が更に「貴族らしくない」と言う反感を買い、
関係のない横領の罪を着せられてクルレイン領に、
罰則が下る事になってしまったのだった。
けれどそれをルクレイン領は受け入れたターシャの父は娘の、
免罪を受け入れながら、背負わされた罪に対する代価を支払ったのだ。
娘の為にと無理をして別の誰かが横領した分の、
穀物までも差し出す事にしたのだ。
その代償としてルクレイン領は、
穀物の大半を奪われる事態にまで陥れられたのだった…
実家のクルレイン領から溜めていた穀物は没収され…
その年の冬も越せるかどうかのギリギリにまでルクレイン領は追い込まれた。
賠償は済んだだからターシャは貴族でいられる。
学園の貴族の「戯れ」の果てにでっち上げられた冤罪だったとしても、
オースヴァインではそれがまかり通るのが正しかったのだ。
けれど…
ライゼン・エストラ率いる小隊がファルスティンから「ゴミ(小麦)」を積んで、
ルクレイン領を訪ねたのだった。
ライセラスはルクレイン領が潰される事を、
ターシャが涙する事を許さなかった。
ライゼンをファルスティンに帰らせ父であるアネスに事情を説明する。
濡れ衣の代償を払わせる事を止める事は出来ない。
代わりに取られた以上の物資を分け与えて欲しいと手紙を出したのだ。
その手紙を読んだアネスは直ちに動いた。
ファルスティンは小麦だったら「ゴミ」になるほどあるから抵抗もない。
文字通り「袋に詰めた」ゴミとして捨てた「小麦」は、
無事ライゼンに守られてルクレイン領に届けられる事になったのだ。
「ファルスティンはゴミ溜めなのです。
そのゴミ溜めから出た物は紛れもなく「ゴミ」だから受け取って「有効活用」を、
して戴けると嬉しいのです」
「それはっ!」
「領主様。
あたなは「ゴミ」を受け取った。
それで良いではありませんか?」
「っ!感謝するっ」
「お気になさらず。
では私達はこれで」
辺境の男爵家で起こった冤罪騒動はファルスティンの「ゴミ」を、
ルクレイン領が受け取ったことで何もなく、
それ以上の被害が広がる事もなく終わったのだった。
ターシャ・ルクレインは王国の貴族に逆らったあの日を忘れない。
ターシャ・ルクレインは救ってくれたライセラス・ファルスティンを忘れない。
恩義もある。自身を尊重してくれて居心地のいい場所をくれた。
傍にいて楽になるならいくらでもいて良いと言ってくれた。
心の中で惹かれ愛情も芽生えていた。だから愛してもいた。
学園を卒業する事が決まってその夜の卒業パーティーで、
ライセラスはターシャを誘うのだ。
「故郷に戻るのか?」
「そこしか、私の戻る場所はないですから」
「…私の下に来ないか?」
「良いのですか?」
「君が欲しい」
それが、ターシャがファルスティンに行く事になる誘いであり、
それはライセラス・ファルスティンが、
オースヴァイン王国に見切りをつけた日だった。
それはターシャ・ルクレインが、
ファルスティンへ嫁ぐことを決めた日だった。
ライセラスにとって王国の学園で得られた価値は
ターシャが生きて生活した場所としての価値しか生み出せなかったのである。
その彼女が自身の「手の中」に納まってくれるのなら王国にもう未練はない。
エルゼリアがボルフォードと繋がっているから「まだ」王国と距離は置かないが、
それだけなのである。
卒業と同時に周囲の者も最低限を残して撤退するファルスティンの面々。
その帰りの道中ルクレイン領へと寄りそのままターシャを貰い受ける挨拶が、
清めば、王国に許可を取るだけとなり当然直ぐに了承される。
食糧難で潰れるルクレインと、ゴミ溜めのファルスティンが結びつこうと、
王国になんの影響も出ないのだから。
ターシャはルクレイン領で祝福されて旅立つ事になったのだった。
それから数年二人は第一子が生まれて幸せを手にする事も出来ていた。
けれど、王国は少しづつ気付き始めしまったのだ。
北には美味しい実りがあるのだと。
けれどもう遅い。
王国がその豊かな実りに気付いた時には鉄壁の要塞が、
出来上がっていたのである。
その鉄壁を乗り越える為の道具となりえるはずだった、
エルゼリア・ファルスティンはもう王国内にいないのだ。
途切れた手綱を見て王国は何を思うのか…
何を思ったとしてもかまわない。
そしてファルスティンは王家の為にオースヴァインの為に働かない。
「ターシャ、あとどれくらい引っ張れると思う?」
「軽く見積もって一年はかかるでしょうね。
お花畑の王国でも「団結」する為に最低でもその位かけるでしょう?」
「そうだな。少なくとも都市ギネヴィアのゴタゴタに、
目途がつくまでは引っ張るか」
「そうね。2正面作戦なんて面倒だもの」
二人の頭の中に負けると言う言葉は既にない。
どうやって一方的な戦いに持ち込むかを考えるだけなのである。
季節は夏。
戦端はまだ開かれない。
そんな訳でこれが対オースヴァイン戦の始まりなのでしょうか。
これからファルスティン夫妻のライセラスとターシャの戦いが始まります。