5-1 従属の秘薬……それ以上(※ギルバート視点含む)
手に何かを握るギルバート殿下が、エルナに対して、穏やかな表情を向ける。
渡したいものは、私ではないのか⁉︎
「バークリー伯爵令嬢の従者は、エルナと言ったな」
あれ?
どういうことかしらと、肩透かしをくらった私は、双方の様子を交互に見てしまう。
やけに気遣わしげに尋ねたギルバート殿下に、エルナが不思議そうな表情を浮かべたものの、静かに同意した。
「はい……そうですが」
「エルナの夫から、戦地でこれを預かってきた」
そう言った彼は、エルナにチェーンのついたロケットを差し出す。
素直に受け取っていいのかわからず、おろおろとしているエルナに対し、「殿下に失礼よ。早く受け取りなさい」と耳打ちした。
エルナは目を丸くしているが、正直なところ、私の方が驚きだ。
バグが起きているゲームとはいえ、私はこのゲームを隅々まで知っている。
にもかかわらず、こんなシーンを知らない。
いや……。
そもそも本来のゲームでは、エルナは罪人だし、殿下に関われる存在ではない。
何かを受け取るなんて、あり得ないのだから。
もしやこれは、私がストーリーを変えたことが理由だろうか?
まずいことをしたかしら? とは思うものの、悪いことではないし、問題はないわねと納得する。
躊躇っていたエルナが、おそるおそる手を伸ばす。
周囲が注目する中、緊張で震える彼女の手に、ギルバート殿下は優しくネックレスを乗せた。
受け取ったエルナ自身も、初めはその意味がわからなかったようだが、ロケットを開いた途端に表情は一変する。
口元に手を当て、声を上げて泣きそうになるのを必死にこらえている。そんな風に見えた。
ロケットの中はたぶん、エルナの写真が入っているのだろう。
そもそもギルバート殿下には、名前しか伝えていない。それも、この国では珍しくない名前を。
エルナの夫が戦地にいたことなんて、わかるはずもない。
受け取ったものを確認した彼女は、深々と頭を下げた。
「殿下のご無事の帰還について、心から喜び申し上げます」
「有能な人物を失ったのは、非常に残念だ。彼と一緒に帰って来られなかったことは、申し訳なく思っている」
感情を必死に抑えていたエルナが、ぽろぽろと涙をこぼしながら、頭を下げた。
「私はバークリー伯爵のご令嬢に、一生を捧げていくつもりです」
それを聞いたギルバート殿下が、私を見つめてきた。
「バークリー伯爵家のご令嬢が、この場で私を引き留めてくれたおかげで手間が省けたな」
はて? なんのことかしら? と思う私は、きょとんとした顔を返す。
「彼から預かったロケットを渡すため、エルナを王城に呼び出すつもりだったんだ。彼との最後の約束で、エルナに仕事を与えるつもりでいたからな」
ギルバート殿下は真剣な表情のまま、続けた。
「エルナはすでに良い主に仕えていたようで、安心した」
あはは……。
そうね。これからエルナを雇ってもらえるように、バークリー伯爵に交渉するんだけどね。
形式ばかりのお嬢様の私が、この場で一番複雑な立場だろう。
微笑んでいるつもりだが、うまく笑えず顔が引きつった。
「では、私はそろそろ行かねばならない。バークリー伯爵令嬢、またな」
そう告げたギルバート殿下は馬の歩みを進め、パレードを再開した。
私の性癖を詰め込んだヒーローは、一見すると冷酷だけど、心を許すと、とことん優しいのだ。
とはいえ知らなかった。
若き騎士のことまで把握しているなんて。
おや?
……エルナの顔がわかっていたのなら、初めから何かを察していたのかしら?
とは思うけど、まさかそんなわけないかと、深く考えるのはやめておいた。
◇◇◇
(ギルバート第一王子視点)
思わぬところで足止めを食らってしまったが、面白い人物と出会った。
表情がころころと変わり、見ていて飽きない女だった。バークリー伯爵家の令嬢か……。
そういえば名前を聞くのを忘れたな。
まあ、またすぐに会えるだろうし、そのときでいいだろう。
次はどんな表情を見せてくれるのかと考えれば、情けないが自然と笑みが溢れる。
いや、むしろ都合がいいな。
珍しく緩んだ表情で、沿道にいる観衆の声援に応えておいた。
お読みいただきありがとうございます。
最後に少しだけ、ギルバートの視点を載せてみました。
ぜひとも、この先も読み進めていただけると嬉しいです。
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