4-1 出会いのイベント
意を決したエルナを止めようと、静かに腕を伸ばした。
そうすれば、驚いた彼女の手から滑り落ちるようにナイフが落下していく。
そのまま石畳にぶつかったナイフは、ガシャーンという音を周囲に響かせてしまう。
とはいえ周囲も騒々しいため気づかれていないかと考え、エルナに注視する。
エルナが私の方に顔を向けたため、彼女の手首を掴んだまま、ささやき声を出す。
「やめなさい。この戦争を恨んでいる気持ちはわかるけど、あなたがその感情をぶつけても、大切な人は帰ってこないから」
真顔で言うと、震える声が返ってきた。
「あ、あなたも……?」
「戦争じゃないけど、家族と会えなくなったから、その辛さはわかるわ」
家族どころか友だちも、知り合いさえいない孤独を、只今、身をもって体験中だ。
まあ、そんな嘘みたいな話は言えるはずもないけど。
私ときたら、第1王子との出会いの機会さえも、たった今、自らの手でぶっ潰したし、ますますこの世界に馴染めなくなったわね……。
あははと泣けてくるが、こうするのが最善のような気がしたのだ。
『冷酷王子の烙印』のヒーローと結ばれるためには、イベントを遂行するのが最優先だろう。
エルナに事件を起こしてもらうのが自分のためだ。普通は。
どうせ重症者は出ない。
被害といえば、ギルバート殿下の乗っている白馬と処刑されるエルナだけ。
イベントを攻略したい気持ちは、最後まで迷うくらいあった。
彼との好感度もそうだけど、この機会で得られるアイテムも魅力的だから……。
できることならギルバート殿下の傍にいられる夢を見たかったけど、妹に従属の秘薬を奪われた以上、私の味方が欲しい。その感情が勝ったのだ。
案の定、私がエルナを制止したせいで、イベントは発生しなくなった。
ギルバート殿下が乗っている白馬は暴れることなく、私たちの前でピタリと静止しているし、完全にゲームのストーリーを変えてしまった。
ピタリと静止──?
え……。どうして止まっているのかしら?
てっきりそのまま通過すると思っていたため、不思議に感じながら頭を上げる。
そうすれば、眉間に深い皺を刻んでいるギルバート殿下と目が合ってしまい、頭の中がミュートを起こす。
ゆっくりと視線の先を変えたギルバート殿下は、地面に落ちたナイフを見ているではないか!
彼の好感度を上げるどころか、とんでもない窮地ではなかろうか……。この状況は……。
ナイフを拾いあげた歩兵が、ギルバート殿下が我々に下す命令を待っている。
周囲が静まり返る中、ギルバート殿下がエルナに指を差して命じた。
「そこの金髪の女を捕らえよ」
嘘だ。駄目よ。そうはさせないわ。
私の従者になってもらいたくて、危険を承知で彼女を止めたのに、処刑されてなるものか!
「待ってください!」
一歩も引けない私は真剣な声を出した。