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19 イベント中

 すっかり手慣れたエルナに、朝の支度を整えてもらっている。


「そのドレスは今まで見たことがないけど、どうしたの?」

 アンドレアのクローゼットに収められている服は、型遅れのワンピースがほとんどなのに、真新しい深緑の服を私を持っているのだ。


「王城で働くアンドレアお嬢様の衣裳を、コンラード様が揃えるよう指示を出してくださったのですよ」


「そうなのね」

 当たり障りのない返答をした。

 結局はコンラード自身の保身だろう。


 自分の妹が、王城の中を庶民にも見えてしまう格好で歩いているのを、見過ごせない。そんなところか。


 内心思うこともあるが、素直な感情としては嬉しいため、文句はない。

 鏡に映る自分が、いつになく可愛く見える。


「お仕事も順調そうですし、今日も頑張って来てくださいね」

 にっこりと笑うエルナから、元気に背中を押され王城へと向かう。


 ◇◇◇


 屋敷には絶対的な味方はいるし、王城での時間は案外楽しいし、処刑エンドを逃れられる気持ちが増し、上機嫌に執務室の扉を開けようとしたときだ──。


「「うわぁ~っ!」」


 自分が発した声と、慌てた様子のルシオの声が重なった。


「た、大変申し訳ございませんアンドレア卿。急いでいたせいで、よく前を見ておらず……」


「問題はないですが、ルシオ卿は忙しそうですね」


「はい、昨日話していた市井を走る馬車の件で、今日は終日不在だと思います。ご確認いただきたい書類は、机に置いてありますから、目を通してくださいね」


 わかりましたと頷いた私は、昨日と同じように机に向かう。

 今日もテーブルマナーにカーテシー……。

 官僚に必要なことだろうかと疑問はあるが、来賓対応もあるからか。なるほどなと頷く。


 そうすれば、扉を強めにノックする音が響き渡る。


 騒々しい音を立てるのを毛嫌いする貴族たちが多いのに、珍しいなと思いつつも入室を促す。


 そうすれば入ってきたのは、兄のコンラートだ。

 彼が近衛兵を2人と、黒いガウンで顔を隠している人物を引き連れている。


 ただならぬオーラを放つ人物は、魔導士だろうか……。


 異様な気配を感じ、身を固くする私は、ルシオがいてくれたらよかったのにと、空席になっている彼の机を恨めしく見やった。


 その矢先、コンラートがこちらを責めるような鋭い口調で告げた。


「陛下の指示で、王城内にいる全ての者に実施している調査に協力して欲しい」


「私にできることでしたら……」

 緊張しながら答えたらところで、コンラードと近衛兵が私の机に近づいてきた。


 険しい表情の兄の気迫に押された私は、机から離れるように、ゆっくりと後ずさりしてしまう。


「簡単な持ち物検査だ。机の中を確認する」


 そんなことかと思う私は、どうぞと促す。


 そうすれば、遠慮がちな近衛兵2人が「失礼します」という言葉を口にして、一番上の引き出しを開けた。


 その直後、顔を見合わせた彼ら2人が、コンラートに顔を向ける。


「コンラート卿……これではございませんか?」

 彼らの中で、袖口の線が1本多い近衛兵がラムネの瓶を持ち上げた。


 すると、私を射殺しそうな目つきで睨む兄が、周囲の水差しが共鳴してカタカタと揺れるほど、低い声を出す。

「お前……」


 怖くてさらに後退りをしてしまうが、コンラードは私ではなく魔導士を見やった。


 震える私は状況を理解できないまま、近衛兵が握ったイベントの報酬アイテムを見守ることしかできずにいる。


 確かにそのラムネは私のものだ。

 だが、高価な魔道具を持っている説明がつかない。


 コンラートが静かに言った。

「鑑定をお願いします」


 うむと大きく頷いた魔導士らしき男の手元から、青い光が発せられた。

 普段ならテンションが上がる奇妙な光景だが、複雑な心境の私は、凝視できずにいる。


 不思議な光が消えたところで、沈黙が解かれた。


「池に溶けていた成分と……同じ毒です」


「ど……く……?」

 恐怖のあまり、喉の奥で声にならない音を出す。


 イベントの成功報酬は毒だったのか……?


 放心状態の私をよそに、ざわめく周囲は私を捕らえようと動き出す。


 ハッと我に返ったときには、怒りで震えるコンラートが近衛兵に命じていた。


「アンドレアを牢に投獄せよ‼︎」


「ち、違うわ! 何かの間違いです。私は毒なんて知らないから!」


 取り押さえられ、身動きの取れなくなった私が大声で叫ぶものの、状況は一切変わることはない。


 押さえ込んできた男2人の力に抗えるわけもなく、薄暗い牢へと運び込まれ、最後は背中を押されて投獄された。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

 慌てて振り返ると、キィーという音を立て、鉄格子の扉が閉まっていく。


 怒りを滲ませるコンラートが、鉄格子をきつく握り告げた。


「お前も知っているだろう。陛下が住まう王城は、毒を所持しているだけで、死刑だということを。何を企んで王城内に毒を持ち込んだのか知らないが、我が家の恥さらしめっ!」


「私は何もしていないからギルバート殿下に知らせてちょうだい!」


「勝手に言ってろ。さあ、我々は陛下に報告へ行くぞ」

 全く聞く耳のないコンラードが踵を返すと、近衛兵もそれに続く。


「私は無実よ! お願いだから信じてってば!」

 必死の叫び声は、石でできた狭い空間の中をこだまし、ただの独り言として消えた。


 額を鉄格子に押し当て呆然とする。非常事態だ。


 裁判で私の無実を証明したくても、無理に決まっている。


「ゲームのイベント報酬が毒だったという説明が、通用するわけない。真犯人なんていないのよ」


 悔し紛れに鉄格子をガタガタ揺らしていると、体が大きくふらついた。


「きゃっっ!」

 と声が漏れた私の右手には、外れた鉄格子が握られており、外れたその先は、細身の私の体であれば、通り抜けられそうな幅がある。


 ──逃げられる。


 そう思ったとき、昨日、感じたざわつきが、再び襲ってきた……。


「ギルバート殿下と協力して問題を解決するはずなのに、馬車の件は私1人で意見を伝えただけ……。まさか……」


 そう感じた私は、手に握りしめている鉄の棒を見つめた。


「結局今だって、ルシオが馬車の問題を解決させようと駆け回っているし、問題にしては簡単すぎた」


 昨日、食堂から戻ってきてラムネを見つけたときに、本来ならあるべきものが浮かんでない。


 すっかり馴染みになったゲームウィンドウを見た記憶がない。


 空振りに終わった従属の秘薬を見つけたときだって出てきたのに、おかしい……。


 今一度、逃亡可能な隙間を見やる。


「もしもここで逃げたら、脱獄者として、本当の罪人になってしまうわね」


 そうなれば、何を言っても言い訳はできない。ゲームオーバーまっしぐら。


「今の状況こそ、イベントのような気がする」


 一度そう思い始めたら、そうだとしか思えなくなっていた。


「決めた! 私は彼を信じてここで待つ。お願い。犯人を見つけて──」

 目を瞑り、心からの祈りを捧げた。


お読みいただきありがとうございます。

いいね等での応援、ありがとうございます。

最後までよろしくお願いします!

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