3-1 もう一人のヒロイン
恐る恐る部屋の入り口に視線を向ければ、一気に力が抜けた。
「あれ? お姉様ってばどうしたんですか?」
無邪気な表情で、こてんと首を傾げるヘイゼルが愛らしい声を出した。
事情を知っている私から見ると嘘くさくてしょうがない。
自分の部屋に無断で入っている私に対し、その反応か……。
いら立ちを覚えたが、落ちつけ自分。
ひとまず、この現状をごまかすのが先決だ。
大袈裟なくらい、ほうっと息をはき、安堵した表情を見せた。
「実は……バークリー伯爵家の家紋が入ったブローチを付けるようにお父様から言われたのですが、持っていなくて。どうしたらいいか、困っていたんです」
「なんだ、そうだったのね。お姉様のお顔を存じない方が多いから、今日のパレードは着けた方がよろしいですわね」
「そうみたいで」
「私は持っているから、待ってくださいね」
助かった……。
前世の記憶でヘイゼルの所有品を知っていたから、一か八かで適当なことを言ってみたけど、なんとかなったようだ。
私の言葉を信じたヘイゼルは、スタスタと歩き始め鏡台に向かう。
「どこにしまったかな~」
と呟きながら、大きな木箱のアクセサリーケースの中を探している。
「ちゃんとありましたわ」
そう言ったヘイゼルは、ブローチを私の元まで持ってきて、優しく手のひらに置いた。
「これですわ」
「あ、ありがとう」
「お姉様ってば遠慮しないでくださいね。何かあればいつでも言ってください」
にっこりと笑うヘイゼルが顔を傾けると、しなやかな金髪がふわりと揺れた。
さながらゲームのヒロインらしい愛嬌だ。
こうしてヒロインが2人並んでいるのだから、バグが起きている世界なのは間違いない。
だけど素直なこの子が、私を陥れる最悪なキャラなのか……?
一見、性悪な印象なんて、これっぽっちも感じさせない。
裏の顔を隠しているのなら、相当に面倒な存在ね。最悪だ。
形式ばかりの微笑みを返した私は、部屋を出るため扉へ向かう。
背中に彼女の視線を感じる。これはチャンスね。
せっかくだから試してみるか。
部屋を出る直前に、不意打ちでぐるんと振り返ってみた。
そうすればヘイゼルの笑顔はすでに消え去り、私を睨んでいるではないか。
はいビンゴ!
私が初期設定で作った、かわいいキャラクターではないことは確か。
「あれ? ヘイゼルは今、何か言わなかった?」
「いいえ、何も言ってませんわ。だけど時間が迫ってきましたから、お姉様も早く出発なさった方がよろしいですわよ」
「そうね、急いで準備するわ」
当たり障りのない会話を交わし、ピンクや白を基調とした、愛らしい家具が揃った部屋をあとにした。
◇◇◇
自室へ戻り、胸の位置にブローチを着けた私は、深いため息をつく。
『従属の媚薬』は、私のためのアイテムなのに、手に入らなかった。
ヘイゼルが誰かに従属の秘薬を使っているとすれば、厄介ね。
あの子に殺されるわけにはいかないから!
そう意気込むが、できることは思いつかないため、パレードへ向かおうとした、そのときだ──!
頭の中で「ピロン」という音が聞こえたと思えば、ゲームウィンドウが浮かんできた。
【イベント発生! 彼に自分の存在を印象づけよう(※成功アイテムあり)】
忘れかけていたが、私には絶対に攻略できない王子との婚約を目指すゲームだった。
私なんかがギルバート殿下と結ばれないのは、重々承知だけど、行ってみるしかないわね。
◇◇◇
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