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11-2 大きな前進

 私、アンドレア・バークリーは伯爵令嬢ではない。


 貴族でもない私が、殿下と親しくできる立場ではないというのは、十分承知している。


 だけど冤罪による処刑エンドなんていう、お先真っ暗な未来を覆したい私は、ギルバート殿下の近くにいられるように、あがくしかないわけで。


 屋敷を空けていたことが誰にもバレないよう、足音を立てず、周囲をうかがいながら自分の部屋に戻ってくれば、真っ先に本棚へと向かう。


 綺麗に並べられた背表紙を、端から反対端まで見流したところで、感動に打ち震える。


 部屋を出るまでは、これっぽっちも理解できなかった背表紙の文字が、はっきり理解できる。


「やったわ! 文字が読める! 翻訳ブレスレットで一歩前進したわよ」

 嬉しくて弾む声が漏れた。


 読めることを確認した私は顔を横に向ける。

 そこには学習用の机が置かれており、万年筆と紙が乗っていた。次はそちらか。


 文字が読めても書けなければ、試験を受けるのは無理だ。

 そう考え、汗ばむ手で万年筆を握る。


 アルファベットとも違う文字。形からしてわからない。書くのは無意識に体が動かないと無理だろう。


 神様お願い。名前が書けますように!

 

 そう願いながら紙にペン先を触れさせ、自分の名前を思い浮かべれば、手が勝手に動く。


「よかったぁ〜! 試験に受かるかどうかは別として、王城官僚試験を受けられるわね」


 希望の光が見えてきて、歓喜の声が出た。


 ◇◇◇


 それからしばらく、時間も忘れて読書に没頭していると、エルナが訪ねてきた。


「食堂にアンドレアお嬢様以外の皆様は、すでにお集まりですので、お急ぎください」


「いけない! つい夢中になりすぎたわ。お父様は怒っていないかしら?」


 がばりと立ち上がり、速足で向かう。


「ご安心ください。ご主人様は領地へ向かったため、しばらく屋敷を空けています」


「ってことは、お兄様とヘイゼルの3人ということなの⁉」


 それはそれで問題だ。

 領地まで片道4日はかかるため、伯爵はこの先しばらく不在ということか。

 今の伯爵家の中は、抑止力を持たないコンラートとヘイゼルの天下である。


 私をやけに拒絶しているコンラートと、ヘイゼルしかいないのは、地獄かもしれない。


 彼らを待たせているため、怒られる覚悟をして食堂の扉を開けた。


 そうすれば、2人から同時に視線を向けられた。


「遅れて申し訳ございません」


 急いでいるとはいえ、ほこりを立てないよう、静かに歩んで席に着く。


 そうすれば、真っ先に言葉を発したのは、不機嫌を全面に押し出すコンラートだ。

 低い声で嫌味が飛んできた。


「一番暇な人間が、悠長に遅れてくるとはな」

「申し訳ございません。本を読んで時間を忘れていました」


「ふん、大衆娯楽に夢中になって、お気楽なものだな」

 まあ、なんとでも言えばいい。


 平静を装う私は、余計な情報を漏らすつもりはないため、あえて否定しなかった。


 だが、私が読んでいた本は恋愛やミステリーという内容ではない。


 そもそもアンドレアの部屋にある本は、小難しい産業の本やら法律書ばかりだ。


 降ってわいたお嬢様に娯楽を与えるつもりはないという、誰かの嫌がらせで揃えられた本のバリエーション。そんな気がする。いわば読んでもつまらない本しかない。


 確かにアンドレア本人にとっては、そうだったはず。


 でも私には違う。


 嘲笑っている人間にお礼を言ってやりたいくらい、今の私には、都合の良い本が並んでいる。


 私がコンラートの言葉に対し一向に返事をしないためだろう、じろじろ見てきてうっとうしい。

 それなら何か伝えるかと考え、呑気な口調で告げた。


「そうでした。あり余る時間があるので、王城官僚試験を受けることに決めましたわ」


 そう告げると、コンラートがテーブルをバシッと叩くと大きな声を上げた──。


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