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11-1 大きな前進

 視界の端に、私をじろじろ見てくるギルバート殿下の瞳が映る。


 いけない。予期せぬゲームウィンドウの出現で、徐々に迫る露店にばかり気を取られていた。

 その間、何か話していたギルバート殿下は、不審に感じたに違いない。改めて確認してきた。


「聞こえているか?」

「あっ、申し訳ありません。聞き逃しました」


「ははは、まあ大した話ではないからいいさ。それよりも、何か気になるものでもあるのか?」


 ギルバート殿下が、そう感じるのも当然だろう。

 彼の言葉も聞き逃すくらい、露店に惹かれていたのだから。


 気になるものなら大いにある。

 だが、それをどうしたらいいのかわからず、困っているのだ。


 先ほど立ち寄った際、露店の商品を隅から隅まで見たが、翻訳ブレスレットはなかった。間違いなく。


 それが今になって出現したのだ。

 臨時イベントというゲームウィンドとともに。


 情けない話だが、子どもの落書きのような刺繍が贈り物と認定されたのだろう。


 ゲームウィンドウが、まるで標識のように指し示す翻訳ブレスレットは、イベントの成功報酬である。


 それを考えれば、ここでギルバート殿下から買ってもらわないと、もう2度と現れない気がしている。

 王族に強請れというのか……。


 無礼極まりない気もするが、ここは素直に甘えてみるのが得策だろう。

 そう判断した私は、恥じらいがちに口を開く。

「あそこに見えている雑貨屋が気になって」


「アンドレアは変わってるな。令嬢が露店のものに興味を抱くなんて、聞いたことがないぞ。子どものおもちゃのようなガラクタばかりだろう」


「そうなんですが、この道を初めに通ったとき、かわいいものが目に留まったものでして」


「それなら買ってやるよ」


「いいんですか?」

「ああ。さっきもらったのも、子どものような酷い刺繍だったし、ちょうどいいな。ははは」


「一生懸命描いた刺繍なのに、馬鹿にして酷いですわ」


「悪い、悪い。私はアンドレアの刺繍を気に入ったからな。これからも誰が何を言おうと使い続けるぞ。それなのにアンドレアは、心残りになるほど欲しいと思ったのに、どうして買わなかったんだ?」


「それは……」

 本当のことは何も言えずに口籠もる。


「アンドレアが気に入ったというなら、たとえ子どもじみた雑貨屋のものでも、堂々と買えばいい。まあその手のことは、貴族はうるさいからな。私も昔、大事にしていた石を、ゴミだといって捨てられたな」


「……そうなのですか」

 考えてもいなかった。

 でもそうだ。

 使用人でさえ、私を見下していたのだ。

 庶民感覚の私が、その辺の雑貨屋で買ったものなど、勝手に捨てられかねない。


「私からの贈り物だと聞かされたら、誰も馬鹿にしてこないだろうし、都合がいいからな」

 そこまで考えてくれているなんてと、心がほわっと温かくなった。


 そう言ってくれた彼は、アクセサリーがずらりと並ぶ露店の前で立ち止まってくれた。


 翻訳ブレスレット──。


 至近距離で見れば、本物に違いないという確証を得る。見覚えのある、青いガラスが嵌っているブレスレットだ。

 素材は金属だが、全体的に安っぽさは否めない。

 お祭りの露店で売っているような品で、前世のOL時代でも、着けるのを躊躇う子どもっぽいデザインのブレスレットである。

 でも私には宝石以上の価値がある。これが欲しい。


 おそるおそる手を伸ばすと、はじかれることも、消失することもなく持ち上げられたことに、安堵の息が漏れる。


「それが欲しいのか?」

「はい」

 と簡単に返すと、彼はためらいもなく支払いを済ませてくれた。


 その場を離れると、彼が私を見て笑っている。


「なんか趣味が子どもっぽいな」


「ギルバート殿下こそ、そのハンカチでいいなんて、どうかしていますよ」


「アンドレアが作ったのなら、お抱えの針子に描いてもらったものより価値があるさ」


「そのハンカチでは私が恥ずかしいので、もっと上手なものを贈りますよ」


 それを聞いたギルバート殿下が口元に手を当て、なぜか照れている。


「アンドレアとまた会えるのも、ハンカチのことも楽しみにしている」


 あれ?

 ゲームでこんな台詞があったかしら?


 そんな疑問は浮かぶが、臨時イベントだからだろうかと受け流し、屋敷へ戻って来た。


 ◇◇◇

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