8-2 彼に近づくチャンス
目下の目標は、どうすれば文字を読めるようになることだ。貴族籍に入りたいと願ったところで自分の名前も書けないようでは話にならない。
何かないかとゲームを思い出していれば、ご機嫌なエルナが訪ねてきた。
「アンドレアお嬢様、お目覚めですか?」
「ふふ、エルナが来てくれるのを待っていたわよ」
「なんか朝から楽しそうですね」
「別に楽しいわけじゃないけど、何から教えてもらおうか考えていたのよ」
「私でお役に立てることがあれば、何なりとお申し付けください」
「エルナは何が得意なの? 貴族の令嬢が身に着けるべきことを教えて欲しいわ」
私としては下心しかない話である。だが事実を知らないエルナは、目を輝かせ熱く語り始めた。
「私を頼ってくださるなんて嬉しいですわ」
「一番頼りにしている存在だもの、当たり前でしょう」
「アンドレアお嬢様、いいですか‼」
「えっと……何かしら」
前のめりなエルナに引け腰になる。
「令嬢に大切なものは、殿方を立てることと情報戦を勝ち抜くための会話術ですわ」
目を爛々と見開くエルナが熱く語る。
前世でパソコンとしか会話していなかった女に、それは無理がある……。
会話術なんて苦手分野のため、引きつった顔を見せないよう、顔を背ける。
とりあえず、やる気のこもらない平坦な口調で確認してみた。
「具体的には何かしら……?」
「手始めに刺繡なんていかがでしょうか。男性へのプレゼントに必然とも言えますし。私は皮の財布やナイフカバーに至るまで、夫の持ち物全てに刺繍をしましたよ」
「そんなに言うなら教えてもらおうかしら」
とはいったけど、刺繍かぁ……。
こちらも別に得意じゃない。
むしろ苦手で、取れたボタンを付けるのも、1時間以上かかるくらいだ。
針と糸で絵を描ける気は全くしないが、息巻くエルナから刺繍の特訓を受けることになった。
◇◇◇
「まずは簡単なハンカチで練習するのがよろしいですわね。描きたい絵はございますか?」
「国花を描きたいわ」
いつかギルバート殿下に渡す日が来るというなら、これが最適だろう。
「まあ素敵なお考えですわ。それでは白ユリを刺繍いたしましょう」
2人同時に刺繍を始めたはずなのに、エルナが早々に「完成いたしましたわ」と発し、両手でハンカチを広げている。
生き生きとした花が描かれている。この短時間で。
ハンカチがキラキラと輝いて見えるのは私の目の錯覚だろうか……?
彼女の刺繍の美しさに驚愕する一方で、目線を下げると、幼稚園児がクレヨンで絵を描いたような花が一つある。
令嬢の刺繍スキルとは恐るべし。
「素敵な刺繍ね」
「アンドレアお嬢様は、どこまで進みましたか?」
「う〜ん、あと少しね。でも喉が渇いたから何か飲みたいわ」
「それではお茶にいたしましょう。すぐにお持ちいたします」
そう言ったいエルナは部屋をあとにした。
よし! 今がチャンスだ。
とても他人に見せられないハンカチは、このままなかったことにしよう。
見つからないよう急いでポケットにしまうと、何食わぬ顔で刺繍道具を片付け、ひとまず保留にしておく。私には刺繍なんて作業は無理だ。
文字も読めないし刺繍もできないなんて、何の取柄もない自分が、どうやって生き抜いていけばいいのかしら。
どう考えても処刑エンドまっしぐらじゃない。
こんなときこそゲームに何かヒントはなかったかしらと思うが、ギルバート殿下との2回目のイベントは、身代わりのペンダントのお礼のお茶会である。
昨日、ヘイゼルが受け取って、私はもらっていないのだから、どうすることもできない。
魔法でも使えればいいのに!
やけくそになって叫ぶと、ふと浮かぶ。
「翻訳ブレスレット……あれはどこで売っていたかしら」
そう……。
ギルバート殿下の好感度を上げるイベントに成功した場合、お礼にブレスレットを買ってもらう報酬が存在する。本来なら古代文字を読むためのアイテムだが使えそうな気がする。
その露店に行けば、今の現状を打破できるかもしれない。
明るい兆しが見えてくれば、ティーポットを持ったエルナが部屋へ戻ってきた。
「アンドレア様ってば随分と嬉しそうですが、刺繍が完成したんですか?」
「まあね。初めてにしてはうまくできたわ」
「物覚えが速くて素晴らしいですわ!」
ハンカチの話題には触れないでくれと思う私の心情をよそに、勝手に盛り上がっていく。
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