6-1 イベントの成功報酬
「ははは! 凄いじゃないかアンドレア! 我が家に侯爵家と繋がりのある人物はいないからな。よくやった」
「それでは私の侍女ということで採用くださいますか?」
「ああ、よかろう」
伯爵のその一言で無事にエルナの採用が決まり、私の部屋へ彼女を連れていく。
◇◇◇
2人きりになった途端、それまで張りつめていた緊張が、一気にほどけていくのを実感し、部屋のソファーにくつろぐように体を預けた。
一方のエルナは私の横に控えるように立っている。
さながら板についた侍女のような振る舞いに、思わず舌を巻く。
彼女は私が思っている以上に、順応性があるのかもしれないわね。
とはいえエルナも疲れただろうと労うことにした。
「思ったより早く、お父様が王城から帰って来て良かったわね」
「そうですね。私のことを2つ返事で雇ってくださって、ほっとしています」
「エルナの挨拶が完璧だったおかげよ。私は令嬢としての知識がまったくないから、よろしくね」
「もちろんです。アンドレアお嬢様が困らないよう、お助けいたしますわ」
エルナには、アンドレアがバークリー伯爵家で暮らしている経緯を伝えておいた。
このあといろいろ助けてもらうことになるはず。そう期待している。
やる気に満ちたエルナが、「そういえば」という前置きをしたあとに、私に疑問を投げかた。
「アンドレアお嬢様は、どうして私の名前がわかったのですか?」
「腕にネームブレスレットを着けているでしょう。それが隙間から見えたのよ」
真面目な顔で言ってのけたが、真っ赤な嘘だ。着けているのは知っているけど、見えてはいない。
名前を知っているのは前世の記憶だ。
「あんな短時間で、そんなところまで見ていたなんて、さすがアンドレアお嬢様ですわ」
関心しきりに言われてしまうと、気まずい。申し訳なく感じる私は、静かに視線を外した。
そんなことを考えていると、執事長に呼ばれていると言ったエルナは、部屋から出ていったため、豪華な家具が揃った部屋に1人となった。
◇◇◇
このゲーム開始直後のイベントは、そもそも失敗しないような設定にしてあった。
理由は1回目の成功が、2回目につながるようなストーリーだからである。
1回目の成功報酬のお礼として手紙を送り、2回目のお茶会につながる。
わかっていながらストーリーを台無しにした。
そう……。ギルバートは王族だ。
殿下という権力者に、そう簡単に会えるわけもなく、すでに手詰まりである。
挙句、成功報酬としてもらえる予定の『身代わりのネックレス』ももらえず仕舞い。
「はぁ~あ、完全に行き詰まったわね」
何かヒントはないかしらと、部屋を見回せば大きな本棚が目についた。
「いいアイディアがあるかもしれないわね」
希望を抱いて本棚に近づき背表紙を見てみたが、何が書いているのか、さっぱり理解できないのだ。
忘れていたけど、従属の秘薬に書かれた文字も読めなかったんだ。
「えぇぇっ? 私って文字の読み書きができないってこと?」
激しく動揺しながら、適当な本を一冊手に取り開いてみた。
案の定、まったくもって読めない。
これを例えるなら、前世の義務教育で一切触れてこなかったアラビア文字を見たときの感覚に近いものがある。
どこまでが一文字なのか? そこからしてわからないから、話にならない。
パタンという音を立て、分厚い本を閉じると棚に戻した。
「よくあるゲームや本の展開では、なぜか読めるわ! って感動するところじゃないの……。私の存在って、鬼ハードモードじゃない……」
どうしたものかと頭を抱えていれば、先ほど部屋を出たエルナが焦り気味にノックをしたかと思えば、すごい勢いで入ってきた。
「アンドレアお嬢様大変です!」
「騒がしいわね。何かあったの?」
「申し訳ございません。つい興奮してしまって。聞いてください、これは驚きますよ!」
「だからどうしたのよ⁉」
気分が滅入りかけているため、やたらとテンションが高いエルナにいら立ってしまう。
私の不機嫌さを気に留めない彼女が、キラキラと目を輝かせた。
「お嬢様宛に、王城から使者が来ております」
「私宛に?」
自分の顔に人差し指を向けて聞き返す。
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