1 改ざんされたゲーム
「伯爵家にふさわしくないあなたには、存在ごと消えて欲しいのよ。本物の令嬢の前をちょろちょろして、うざいんだから──」
にやりと笑うヘイゼルが、投獄されている姉のアンドレアに向け、皮肉たっぷりに告げた。
「ふふっ、お姉様の処刑について、いいことを教えてあげようか?」
そう投げかけられた姉のアンドレアは、猿ぐつわをされて床に座り、苦悶の表情でヘイゼルを見上げるだけである。
「お姉様が自ら毒杯を飲んで死ぬなんてかわいそうだから、最後くらい美味しいものを食べて欲しいって、涙ながらにみんなに訴えれば、私の言葉に感動してくれたわ」
「──っ!」
「食事にがっついて死ぬなんて、卑しい庶民らしくてあなたにピッタリね。私が用意した最後の晩餐は美味しかったかしら?」
ヘイゼルが、あははと声に出して笑っているときには、アンドレアは冷たい石畳の上に倒れていた──。
これは、私が使った乙女ゲームのエンドロールである。
どうしてこんな恐ろしいエンディングなのかというと、私のゲームがバグを起こしているからだ。
誰かが勝手にプログラムを変えたせいで、ヒロインが2人存在する、とんでもないゲームになってしまった。まさに異常事態。
妹のヘイゼルとはノーマルモードのヒロインのこと。
本来は、ハードモードのヒロインであるアンドレアと共生するはずもない。
だが、バグのせいでヒロインが2人もいるのだ。
ゲームの修正を試みたがうまくいかない。最悪すぎる。
「もう! どうなってるの? ゲーム本編中ではヘイゼルは優しい子で、性悪な性格なんて見せてなかったじゃない!」
ゲームの提出期限が迫っているから、早く修正しなきゃいけないのに……。
危機的状況を理解しているが……徹夜続きの私は、もう起きていられそうにない──。駄目だ。眠い。
限界に達し机に突っ伏すると、近くに並べていたカフェインドリンクの瓶に指先が触てしまい、倒してしまった。
ガラスが砕けるガシャーンという大きな音でさえ、遠くに感じる私は、深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
体が重いけど早く起きないと。
散らばったガラスの破片で誰かが怪我しては大変だわ。
そう思いながら、やっとのことで重い瞼を持ち上げた。
すると見慣れない天井が見え、なぜか自分はベッドの中にいる。
どうして、ここで寝ているのだろうと思いながら、恐る恐る体を起こす。
特段の体調不良も感じない。
そうなれば、横になって寝ていた意味がますますわからなくなる。
装飾がたくさん施された家具ばかりが並んでいる部屋だ。
西洋ドラマの撮影セットに見えるけど、うちの会社にあっただろうか?
いや……、あるわけないな。
否定する私は不思議に思いながらも大きな鏡の前に立つと、緑色の瞳が飛び出しそうなほど丸くなった。
そこに映ったのは、私のゲームのヒロイン、アンドレアだ。
茶色のロングヘアーの美人は、ハードモードのヒロインで間違いない。
完成したはずのゲームでバグが起き、修正しようと躍起になっていたため、カフェインドリンクを飲みすぎていた自覚はある。
もしかしてと思う私は、全身が凍り付くように冷えていく。
「過労で私は死んだの……?」
そう思った瞬間、鏡がモニター画面のように変わり、<script>play game </script>という文字が浮かんで、すぐに消えた。
「今のって、プログラミング言語だった気がするけど……」
play game ──!
「はぁ⁉︎ 処刑エンドしか待っていないゲームをせよってこと⁉」
現状を理解できず、目をぱちくりさせていれば、私の感情なんてお構いなしに【記憶の同期スタート】と表示される。
「ちょ、ちょっと? 一体何が起きているのよ‼」
動揺しまくりの私の口から素っ頓狂な声が漏れた。
モニターのような鏡の表示を目を瞬かせながら見ていると、今度は動画が映り始めた。
古くさい部屋の中だけど、既視感のある場所だ。
痩せ細った女性が、ツギハギの目立つ寝具をかけて寝ており、横には貴族風の男が立っている。
「あれはアンドレアの母親……と、誰だろう」
大きな男が、おもむろにこちらを見てくる。
画像が小刻みに揺れた。
「震えているのは、この男におびえていたのかしら?」
食い入るように観ていれば、貴族男性が、にたりと笑う。
『私の正式な娘になれば、母親の治療費を払ってやるぞ』
この声と顔は、バークリー伯爵で間違いないわ。
アンドレアとヘイゼルの父親だ。
メイドとして働いていた母に手を出し、妊娠させたのがバークリー伯爵だ。
アンドレアの母親は、バークリー伯爵から逃げるように暮らしていたが、正妻の子であるヘイゼルが亡くなったときに、アンドレアを連れ去っていくというのが、本来のシナリオだ。
そう考えていると、おそるおそるバークリー伯爵の手を握る少女の手が見えた。
そのあとは、この屋敷の中で家族になじめず、従者たちからもぞんざいに扱われている映像が流れた。
一連の状況を理解した私が最後に観たのは、この子が何かの薬を飲んでしまった映像だ。
「かわいそうに、アンドレア……」
複雑な気持ちでチェストの上に水が残っているグラスを見つめる。
本来のゲームでは、妹のヘイゼルの代わりに存在するため、ここまで酷い仕打ちは受けない。
もはや私のゲームとも思えないほど、バグりすぎじゃない……。
そう思っていると、ピロンという音とともに、ゲームウィンドウが開く。
【キャラ選択:ハードモード】
「は? どういうこと? これってもしかして私がハードモードのヒロインになって、攻略キャラを落とせってことなの……?」
あんぐりしていれば、次の文字が浮かんできた。
【冷酷王子の烙印 オープニングスタート】
「ま、待ってよ……。ヒロインが2人もいるせいで、ハードモードの私は好感度を上げきれないから、絶対に攻略できないゲームなのよ‼」
ゲーム考案者の自分でさえクリアできずに処刑され続けたのだから、私の未来は死亡フラグがぐっさりと刺さっているじゃない……!
八方塞がりの私が、おろおろと周囲を見回していると、ノックと同時に女性の声が響く。
入ってきたのはメイド服を着た中年女性だ。名前もわからない。モブか。
そう判断して静かに視線を向けていると、手に水色のワンピースを持った彼女が一礼した。
「ご主人様からのご指示で、本日開催されるギルバート殿下の凱旋パレードに、アンドレアお嬢様はこちらをお召しになってください、とのことです」
彼女は淡々と話しかけてきたかと思えば、にこりともしない。
そのうえなぜか、着用感のあるワンピースを差し出してきた。
「新品じゃないのね」
違和感を覚えたまま、素直に尋ねた。
「ヘイゼルお嬢様が貸してくださいました」
「妹が私に服を貸してくれるなんて、どうしてかしら?」
「アンドレアお嬢様と同じ色の服をお召しになりたいとのことです」
ヘイゼルね……。
その名前を聞きたくなかったわ。
私が転生した世界は、間違いなくヒロインが2人存在する世界だ。
ゲームのバグを修正できなかった自分が悪いとはいえ、自分の置かれた状況は最悪としかいいようがない。
「そう……ありがとう」
絶望する私は感情を必死に押し殺すと、差し出されたワンピースを受け取り、ぱさりと広げる。
この際だ。
とびきりにっこりと笑い、愛らしく小首を傾ける演出も加えておく。
そうすればメイドは、私がこのワンピースを気に入ったと思ったのだろう。
鼻を膨らませ含み笑いを見せている。
なるほどね……。
このワンピースは、このメイドの仕業か。
残念だけど、私は17歳の子どもじゃないの。
小賢しい罠に引っかかるわけがない。
私はそれまで見せていた嬉しそうな表情から一変、瞬時に真顔になった。
そうすれば、メイドはギクッとした表情を見せた。
私の行く末は処刑エンドのみ。
この窮地で使用人からも嫌がらせを受けている場合じゃないから!
そう思う私は、彼女に冷たい視線を向けた。
メイドが口を開きかけ、何か言い出そうとしたため、私が先手をいく。
広げたワンピースを高々と上げる。
そうすれば、眉間に皺を寄せた彼女が訝しんで私を見つめてきた。
生地が薄いわね。これならやれそうだわ。
覚悟を決めた私は、ワンピースの襟元をぎゅっと力強く握った。
あとは勢いだけ。
片腕だけ力強く振り下ろせば、耳をつんざくような音が響き渡った。
ビリリリリ──ッという、布の悲鳴のような音と2つに切り裂かれたワンピースを見たメイドは、目を丸くして、震えている。
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※冒頭の第一話を4月25日に非公開にしました。