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「王族主催のパーティーで、僕に令嬢のエスコートを任せてもらえないでしょうか?」
本日も連絡なく訪れたサルヴィーノ。
パーティーのエスコートを申し込みに来たらしい。
その事もあり、本日は珍しく両親も同席している。
エミリアはこの場にいない。
サルヴィーノが望んでいる相手は……
「アクリナ様、是非僕と参加して頂けませんか?」
サルヴィーノは定期的に訪れる。
『令嬢に似合いそうな贈り物です』
『今日は天気がいいので、どこかに出かけませんか?』
『これ今話題の観劇、チケットが手に入ったんです私と行きませんか?』
何度も誘いに来る。
私としてはあしらっているのだが、めげずにやってくる。
今日は何を思ったのか、パーティーのエスコートを申し込みにプレゼントまで持参している。
箱の大きさからしてドレスだと予想。
「令息と参加してしまえば誤解が生れてしまうので、私としては遠慮したいと思います」
「ただのエスコートです。誤解などないかと」
「そうですか……」
「僕が令嬢を完璧にエスコートしてみせます……」
難色を示していた私が態度を和らげると、距離を詰めてくるサルヴィーノ。
「……それなら……エミリアのエスコートをお願いしますね」
「……エミリア様……ですか?」
エスコートの相手を私ではなく、エミリアにするよう提案するとサルヴィーノは困惑する。
「私は一人で参加できますが、病弱なエミリアを一人で参加させるのは不安です。良く知らない相手より、サルヴィーノ様の方があの子も安心できると思うのです。サルヴィーノ様もあの子を完璧にエスコートしてくださるそうですし」
「おぉ、それはいいなぁ」
「そうね、エミリアを一人で参加させるのは心配だものね」
私の提案に両親は受け入れる。
「待ってください、僕はアクリナ様を……」
「サルヴィーノ様なら安心してエミリアをお任せできますわ。お願いしますね」
私はサルヴィーノから逃れ、エミリアを彼に押し付ける提案をしソファから立ち上がる。
バタン
話が纏まりかけていた処を遮る大きな音。
室内にいる人物に断りなく入室するのは、この屋敷では一人。
「まぁ、サルヴィーノ様がいらっしゃっているなんて聞いていませんわっ」
誰かからサルヴィーノの存在を聞いたのか、慌てた様子でエミリアが登場。
「……エミリア。今度の王族主催のパーティーで、サルヴィーノ様が貴方をエスコートを申し出てくれたのよ」
エミリアの小言から逃れる為に、サルヴィーノを差し出す。
「アクリナ様っ」
焦った様子で叫ぶサルヴィーノ。
「本当ですかっ、嬉しいですっ」
登場時の態度を一変し、喜ぶエミリア。
その姿に両親も満足。
「あら? もしかして、これは私への贈り物ですか?」
サルヴィーノがエスコートの申し込みと共に持参した私への贈り物。
「いえ、こちらはアク……」
「そうだ。エミリア宛らしい」
サルヴィーノの言葉を遮ったのは父。
父の様子からサルヴィーノがエスコートを申し込みに来た相手は、私ではなく初めからエミリアにしたいようだ。
私も面倒なので、それでいいと思っている
それを阻止しようとしているのはサルヴィーノのみ。
「わぁ……とっても素敵ですね」
自身宛だと信じているエミリアは遠慮なくドレスを箱から出し、手に取る。
「うわぁっ……」
つい、心の声が漏れてしまった。
サルヴィーノの瞳の色のドレス。
そんなものを着てエスコートまで受けたとなれば誤解では済まされない。
心底エミリアに押し付け正解だったと安堵する。
それからパーティー当日までエミリアは上機嫌。
不機嫌で絡まられるくらいなら、自慢話を一方的に話し終え満足して帰ってくれる方が私としては楽。
そして、パーティー当日。
「お姉様、どうです? このドレス、私にとっても良く似合うと思いませんか?」
「えぇ。エミリアによく似合っているわ」
エミリアは準備が整うと何度も確認を求める。
この会話は既に三回目。
会話に付き合う事でエミリアが上機嫌でいるのであれば、『似合っている』という会話も苦ではない。
全身サルヴィーノの色に包まれているエミリア。
これは誰がどう見ても婚約者だ。
予知夢では、サルヴィーノがここまで積極的だったことは無い。
私を優先しているようで、陰でエミリアと仲を深めていた。
伯爵家を継ぐ権利はエミリアにもあるが、誰が見ても私と結婚した相手が伯爵代理となるのは予想できる。
継ぐ爵位のないサルヴィーノは私との婚約が進まない事に焦っているのかもしれない。
そうならないよう、私はエミリアを彼に押し付けている。
エミリアとサルヴィーノが婚約した場合、二人が伯爵家を継ぐ可能性もある。
確かにエミリアは伯爵夫人に相応しい素養はない。
エミリアを補佐する為に、前回の私は高位貴族の後妻にさせられた。
私の結婚相手のシオニス侯爵は悪い人ではなかった。
だけど、エミリアとサルヴィーノの為になるような結婚だけはしたくない。
あの二人……エミリアは結婚祝いが欲しいと言って、高額なものを要求してきた。
まさかその要望に父も同意するとは思わなかった。
「どこまでも、エミリア優先なのよね……」
嫁いできたばかりの嫁の妹が『鉱山欲しい』と言っているので、『姉として侯爵を説得し、結婚祝いに贈ること』と言えてしまう父には心底驚いた。
普段は常識的な父だが、エミリアの事になると常識を失う。
どんなに失礼な事を発言しているにもかかわらず、犠牲になるのが私であれば何をしていいと思っている。
サルヴィーノと婚約しなかったとしても、あの両親が私に何を要求するのか想像も出来ない。
エミリアと彼を婚約させ私を平民として追い出すのか、私を高位貴族の後妻にさせ伯爵家を継ぐ二人の踏み台にされるのか……
どちらだったとしても、私は私の人生を生きるつもり。
「馬車の準備が整いました」
全ての準備が整い出発する。
「お母様、私は……どうしたらいいですか? サルヴィーノ様はいらっしゃらないの?」
サルヴィーノが訪れないことに、心配な様子のエミリア。
「王宮までは、家族で向かうわ」
サルヴィーノが『エスコートします』とわざわざ申し出たので、すっかりエミリアの事を迎えにくると思ったが、家族で向かうらしい。
王宮に到着すると、既に貴族の姿がある。
両親と共に順番待ちをしているなか、エミリアだけが忙しなく周囲を見渡す。
「あっ」
誰かを発見し駆けていく。
振り向かずとも、エミリアが浮かれて駆けていく相手なんて一人しかいない。
「サルヴィーノ様ぁ」
「……エミリア伯爵令嬢様。本日は令嬢のエスコート役を指名して頂き喜ばしく思います」
サルヴィーノはエミリアに対してというより、周囲に説明するような返答。
「迎えに来てくださると思ったのに……サルヴィーノ様、どうなされたの? いつものようにエミリアと呼んでください」
「……モンテジール伯爵夫妻とアクリナ様にご挨拶をさせていただきます」
「本日はエミリアのエスコート頼んだよ」
「エミリアの事、よろしくね」
完璧なエスコートすると言ったサルヴィーノだが、エミリアに一切触れることなく先を歩き私達の元に。
彼は本当にエスコートする気があるのだろうか?
「モンテジール伯爵夫妻、本日はエミリア令嬢のエスコート役を指名して頂きありがとうございます。本日の令嬢の健康状態はどうでしょうか? 私の補佐はどのくらい必要でしょうか?」
サルヴィーノの言葉は、エミリアが病弱な為のエスコートではなく補佐。
自身は『介助人』であると、周囲に示したい様子。
心なしか『補佐』の時に、声が大きくなったように思える。
「エミリア、体調はどうだ?」
「はいっ。良好です」
父とエミリアの会話。
「……そうですか。アクリナ様は本日のエスコートは?」
思いついたかのように、私に話題を振る。
「私にはエスコートを必要としておりません」
「そうです。お姉様は、私と違って健康ですもの。サルヴィーノ様ぁ」
エミリアはサルヴィーノの腕に絡みつく。
義務的に対応するサルヴィーノに対し積極的なエミリア。
周囲から見れば、サルヴィーノを慕っているエミリアが強引にエスコートを頼んだように見える。
「そろそろだ」
両親エミリアとサルヴィーノ。
そして、少し後ろを歩く私。
確かにエスコートだが、サルヴィーノの姿は介助のようにも見える。
スマートではなく、過度に気にしている。
エミリア自身の行動と私がお茶会で妹の容態に触れたことで、病弱だというのは多くの貴族に知れ渡っている。
サルヴィーノのエスコートを無作法と感じる者はいない。
だけど、私としては違和感でしかない。
「そんなにエミリアと婚約の可能性を囁かれるのが嫌なの?」
家族とは一定の距離を置き、貴族が揃うのを待つ。
そして、王族の登場によりパーティーが始まる。
国王の挨拶。
「……では皆、パーティーを存分に楽しんでくれ」
音楽が奏でられる。
ダンスをする為に、皆が移動。
私も壁際に避難。
至る所で、ダンスの誘いが行われ始める。
「……アクリナ様、僕とダンス致しませんか?」
「「え?」」
私だって、ダンスの誘いを受けることは珍しくない。
何度かした事はある。
パーティーでの曲数は約二十曲。
全曲ダンスをしなければならないことは無いが、最低でも三~五曲はするもの。
一曲目は婚約者だったり、当日エスコートの相手が務めるもの。
誘われたのがエミリアであれば驚く事は無かったが、私が誘われた。
誘った相手は……
「サルヴィーノ様、どうしてお姉様を?」
私同様エミリアも、サルヴィーノの理由が分からないでいる。
大抵エスコート役の人間と一曲目を踊るもの。
婚約者でない者同士が二曲連続で踊る事は基本的にはしない。
誘われても、一曲目以降。
それを、一曲目からエスコートとした人物とは別の人間を誘うなんて。
サルヴィーノの言い分は……
「エミリア様の体調を考えると、ダンスは控えた方がよろしいかと思いまして」
彼の言葉は間違いではない。
ダンスは体力を必要とする。
体調の悪い者をダンスに誘うのを控えるのは当然。
『病弱』というのは、様々なところで影響を及ぼす。
「それで……お姉様を誘ったのですか?」
エミリアは何度も自身が『病弱』を理由にしているので、サルヴィーノの行動も眉間に皺を寄せながら受け入れる。
「アクリナ様はエスコート役もおらずダンスもとなると、周囲からどのような目で見られるのか。エミリア様の負担も考え、俺がアクリナ様をダンスに申し込むのは自然かと」
エミリアの体調を心配しつつ自身の考えを伝える。
どこかエミリアを説得するような言葉が強く感じる。
エミリアがどうにかサルヴィーノとダンスを出来ないか策を巡らせている間に、サルヴィーノは私に手を差し出す。
「サルヴィーノ様、私の事は気にしないでください。私達がダンスに迎えば、その間エミリアが一人になってしまうではありませんか。私はエミリアを一人に出来ません」
「はい、お姉様。一人になると急に不安になります」
私が断る姿勢を示すと、エミリアも賛同する。
「……そうですか」
「サルヴィーノ様ぁ。私、サルヴィーノ様ぁとダンスしたいです」
「……エミリア様。無理すると体に良くないのではありませんか?」
どうにか断りたいサルヴィーノ。
「今日は体調がいいんです。この機会を逃せば次ダンス出来るかどうか……お願いします、サルヴィーノ様ぁ。私とダンスを……」
上目遣いでお願いするエミリア。
「サルヴィーノ様、私からもエミリアの願いを叶えて頂けませんか?」
二人がダンスをしている間に、この場所を離れるつもり。
その時間が欲しいので、必死に願う。
「……分かりました。ですがエミリア様、無理はしないでくださいね。曲の途中でも気分が悪くなったら抜けましょう」
「はい。では、お姉様。行ってきますね」
勝ち誇ったようなエミリア。
「行ってらっしゃい。無茶はしないでね」
心配しつつ、二人をダンスホール中心へ送り出す。
いち早くこの場から離れたいが、曲が始まるまでは我慢している。
「エミリア様のお体は大丈夫なのでしょうか?」
声を掛けてきたのはミルーチェ子爵令嬢。
「今日は比較的体調がいいみたいです。ダンスが終わった時には分かりません。急に体調を崩すもので、私も予測がつかないのです」
「そうなのですね……エミリア様は原因不明の病を抱えているのですね」
ミルーチェの言葉は本心なのか嫌味なのか。
どちらにしても、私は心配する姉を演じるのみ。
「……はい」
「最近、エミリア様の良くない噂があるそうです」
「良くない噂ですか?」
「……高位貴族のお茶会には積極的に参加し、下位貴族のお茶会には当日欠席が目立つと……」
「そんな噂が?」
再びそんな噂が出回っているとは知らなかった。
「アクリナ様もご存じなかったのですね」
「体調が悪いとそこまで気が回らず……そうだったのですね。今後はエミリア本人に確認し、私が欠席の連絡をさせていただきます」
「その方がよろしいかと。エミリア様がご病気だというのは理解しているのですが、あのように健康な姿を見てしまうと……やはり……ねぇ……」
ミルーチェも疑いたくはないが、心から心配も出来ない様子。
「そうですよね……」
エミリアは、ホールの中心でサルヴィーノとダンス中。
軽やかにステップを踏む姿を見て、誰も病弱であるとは思わない。
ダンスが終わる。
サルヴィーノはホールを去ろうとしているように見えるのだが、エミリアの方は違う。
その場で立ち止まり、背伸びをしてサルヴィーノに耳打ちする。
その姿はまるで恋人達。
何かを提案したようで、サルヴィーノは大きく首を振る。
そして手を差し出、ホールを去ろうとエミリアをエスコート。
ホールを離れるエミリアの表情は明らかに不満顔。
「お待たせいたしました」
サルヴィーノは契約通り、無事にエミリアを届ける。
私の予定では、曲の間にこの場を去るはずだった。
ミルーチェに捕まり作戦失敗。
「……お帰りなさい二人とも。エミリアどうしたの、浮かない顔をして……体調が悪くなったの? 控え室で少し休む?」
「……いえ」
控え室を提案すると、パーティーには居たい様子。
「そう……だけど心配だから、あちらで少し休みましょう」
エミリアに会場内にある休憩場所へと移動。
サルヴィーノとミルーチェも一緒。
「エミリア様、ご気分は如何ですか?」
「はい大丈夫です、サルヴィーノ様ぁ」
サルヴィーノの腕にすり寄るエミリア。
これで婚約者でなければ恋人でもないというと、どういう関係? と思われているに違いない。
「そうですか。エミリア様の体調も問題ないようなので友人に傍にいて頂きアクリナ様、私とダンスを一曲お願いできますか?」
先程断ったというのに、再びダンスの誘いをするサルヴィーノ。
「いえ、私はエミリアが心配で……」
「エミリア様も、いつまでもアクリナ様を縛り付けるつもりはないですよね? 以前は病弱であったかもしれないが、今の様子では完治したのではありませんか?」
「……サルヴィーノ様は、私を疑っているの?」
「そうではありません。ダンス一曲踊り切れるくらいなので、完治したと判断しても問題ないはず。であれば、これからは一人の大人の女性として振舞うべきではありませんか? エミリア様は、誰かと婚約など考えたことはないのですか?」
エミリアを諭すようなサルヴィーノ。
「婚約……」
「このままでは誰も令嬢と婚約を望む人は、い……少ないでしょうね」
望む人は『いない』と言おうとして、耐えたのが分かる。
「少ないってどういう意味ですか? 私は伯爵令嬢ですし、お姉様より若くて可愛いですよ」
若くて可愛い……
エミリアの方が童顔で男性受けする顔なのは認める。
だけど、ここに姉の私がいるのにはっきりと言う?
「爵位や見た目も重要ですが、貴族にとっては健康面も重要です。跡継ぎの望めない令嬢との婚約は……正直、難しいですからね。エミリア様は後妻になるおつもりですか? それとも養子を迎えるおつもりですか? 伯爵はそのことを許しておられるのですか?」
「後妻なんて嫌ですっ。養子ではなく、私の……子……に跡取りを……」
エミリアは、既に健康。
自身の子を跡継ぎにと思うのは当然……なのだが、それを断言できない。
自身は『病弱』と言い過ぎたから。
「では、エミリア様が健康であることを示す必要がありますね」
サルヴィーノの思惑通りの展開。
流石のエミリアも黙り込んでしまった。
「サルヴィーノ様。確かに健康であれば示す必要はありますが、エミリアにはまだ早いです」
仕方なく、私が助け舟を出す。
「それはどういう意味でしょうか?」
「エミリアはまだ、万全ではないという事です」
「そうでしょうか? ダンスの相手を務めた限り、回復したように思えます。エミリア様本人からも、二曲目の誘いを頂きました」
エミリアは先程サルヴィーノに二曲目を強請った事を後悔している表情。
「今日のエミリアは体調がいいです。先日はカーテシーの練習中に貧血を起こし、今も淑女教育を中断している段階です」
「「淑女教育を……中断……」」
サルヴィーノやミルーチェは、エミリアが練習中に貧血を起こした事に驚いたのではない。
この年になっても、淑女教育を終えられていないことに驚いている。
体調が悪い人間でも、ある程度は終えられる淑女教育……
ダンスを一曲、問題なくやり切れる程の体力があるにも拘らず淑女教育を終えられない。
それは体調だけの問題なのか……
アクリナの言葉で二人は驚きと共に疑念を抱く。
エミリア本人だけは同情を引くように病弱を演じ始める。
「ですので、サルヴィーノ様にはエミリアを支えて頂きたいのです。エスコートを願い出られた時、『完璧なエスコートを致します』とおっしゃいましたよね? エミリアが着用しているドレスや宝石も、サルヴィーノ様が用意されたのではありませんか」
私は嘘は吐いていない。
エミリアのドレスや宝石はサルヴィーノがエスコートを願い出た時に持参した物。
贈った相手は……エミリアではなかったというだけ。
それを知っているのは、ここではサルヴィーノと私だけ。
訂正する必要はない。
私の言葉で近くにいたミルーチェが『まぁ、そのドレスや宝石はサルヴィーノ様が……』と反応。
エミリアも、はにかみながら小さく頷く。
「……何か行き違いがあったようですが、僕がエミリア様のエスコートを引き受けたのは令嬢の一人での参加に不安があるとモンテジール伯爵に相談をどうしてもと言われたのでお受けし了承したのです」
サルヴィーノもなかなか折れない。
エミリアをサルヴィーノに押し付けたい私と、それを拒絶したいサルヴィーノ。
あの夢では私からエミリアに乗り換えるのだから、頑なに拒絶する必要はないのに。
何故、今回の彼はそんなに受け入れないのだろう……
「一度エスコートを引き受けたのなら、最後まで自身の言葉を貫いてください」
「……そうですね」
「……申し訳ありません。我が家はエミリアの事になると、少し冷静でいられなくなってしまいまして……少し外の風にあたりたいと思いますので、エミリアの事お願いします」
私はサルヴィーノとの攻防を強制終了。
その場に居合わせたミルーチェには悪いが、一人逃げ去った。
「はぁ……」
一人になると、無意識にため息が出た。
どこに行っても、人・人・人。
会場内にいればダンスに誘われ、休憩所も親密な関係の人達に先を越されていた。
逃げた先は、テラス。
「パーティーは疲れる……サルヴィーノ様は、どうしてあそこまで頑ななのかしら……二人が婚約してしまえば話は簡単なのに……」
「……アクリナ様はエミリア様とサルヴィーノ様の婚約をお望みなのですか?」
一人で呟いていたのに、返事が返ってくる事に驚く。
「ミッ、ミルーチェ様?」
「すみません。その……アクリナ様が心配で追い掛けてしまいました」
「お見苦しいところを見せしてしまいましたね」
「いえ。それより先程の事なのですが……」
「先程の?」
「二人が婚約してしまえば……と……」
「私より、あの二人の方がお似合いではありませんか?」
「そうでしょうか? 私が見たところ、グディレス伯爵令息はアクリナ様にご興味があるように見えました」
「ふふっ。それはきっと、私がモンテジール伯爵家を受け継ぐと思っているからです」
「それだけではないように……」
「あの二人はとても親密な関係なんですよ。私が外出から戻ると、二人でいるのを目撃したのは一度や二度ではありませんから」
「そう……なのですか……」
「サルヴィーノ様は私が他の誰かと婚約し、伯爵家を継ぐことが無いようにしたいのだと。その後エミリアの体調が問題が無いと判断された時、二人が正式に婚約します」
「まさか……そんな……それは……あの二人の計画ですか? モンテジール伯爵夫妻は、その事をどうお考えなのですか?」
「両親が知っているかは分かりませんが、報告さえすれば問題ありません」
「問題ない? エミリア様は良くても、アクリナ様はどうなるのですか?」
「私は……エミリアさえ、幸せであれば……」
「犠牲になると? 」
「えぇ」
「失礼ながら、今のエミリア様の状態では伯爵夫人は難しいのはご存じですよね?」
「モンテジール家を受け継ぐとなれば、心を入れ替え精進するでしょう」
「……本当に思っていますか? あの方は病弱ではなく、ただの気まぐれのように見えます。高位貴族のお茶会には欠かさず参加し、下位貴族のお茶会には以前と同じように出席の返事を送りながら欠席する事が多々あります。病弱だからと目を瞑っていましたが、先程のダンスやグレディス伯爵令息の言葉も考えるとエミリア様の行為はただの怠慢に感じます」
「それは……私から謝罪致します」
「アクリナ様が他家へ嫁がれても伯爵夫人となったエミリア様の代わりに貴族達に謝罪するのですか?」
「……それが、私の役割ですから」
「役割? モンテジール伯爵夫妻は、この事をご存じないのですか?」
「両親は……エミリアの幸せを望んでいます」
「アクリナ様の幸せは?」
「私は……仕方がないのです」
「『仕方がない』って、どういうことですか? モンテジール伯爵夫妻はアクリナ様を蔑ろにしているのですか?」
犠牲……蔑ろ……
ミルーチェからの言葉は私もそうではないかと思っていたが、人から言われるとより一層心に刺さる。
「……私がいけないのです」
「……何か、理由がおありなのですか?」
「幼い頃、エミリアの病弱を疑い家庭教師を受けるよう強要した事があります」
「あの状態のエミリア様であれば疑うのは当然であり、家庭教師を受けるよう助言するのは家族として正しいと思います」
「……私が強要した三日後、あの子は高熱を出して三日間目を覚まさなかったのです」
「高熱……エミリア様が倒れたのと、アクリナ様の助言は関係ないのではありませんか?」
「……そうだと思いたいです。だけど……両親は私を今でも責めているのです。言葉で告げられた事はないですが、私が家庭教師を受けるよう強要しなければエミリアが苦しむ事は無かったと……」
あの時の事は今でも覚えている。
あんな事、言わなければよかったと。
エミリアも『お姉様に勉強を強要され、休むことも出来ず勉強しました』と両親に訴えた。
その時の両親の目。
今でも忘れられない。
「エミリア様はもともと病弱なのですよね? それなのに原因はアクリナ様だと?」
「あの時、何故エミリアが倒れたのか原因不明だったのです。それで、お医者様から『強いストレスが原因の可能性もある』と告げられ。私が強く言い過ぎたことが原因ではないかと結論づけられました」
「そんな……」
「それから私はエミリアの体調不良を疑う事はありませんし、エミリアの幸せの為に踏み台になるのも当然の事と受け入れました」
「……アクリナ様は、本当にそれでよろしいのですか?」
「……仕方がありません」
「あの二人が婚約・結婚した後、アクリナ様はどうなるのですか?」
「私は……ある方の後妻になるかと」
「ある方って、既に決まっているのですか?」
「相手方に話が通っているのかは分かりませんが、相手はシオニス侯爵様です」
「……シオニス侯爵様って……奥様を亡くされた……かなり年上の方ですよね? 」
「はい」
「その方と婚約を?」
「そうなります」
「アクリナ様は本当によろしいのですか?」
「シオニス侯爵様は悪い方ではありませんから」
「私だって、悪い方だとは思っていません。仕事一筋で真面目な方……ですが……あんまりではありませんか? 二人の婚約を認める為にアクリナ様が時間稼ぎのように繋ぎの婚約者となり、許可が下りたら二回り以上の男性との結婚が決まっているだなんて……」
私の事をこんなにも心配してくれる人は今までいなかった。
「……仕方がないんです。私は、エミリアの幸せの為に存在しているんです」
「そんなの……酷すぎます……」
「ありがとうございます。私は、大丈夫ですから……」
ガタッ
「「えっ?」」
突然の物音に私とミルーチェは振り返る。
人影はない……が、壁際に隠れている人の靴が見えた。
確認するのは怖くて出来ない。
話し声も聞こえなかったのでテラスには人がいないと思い込み、正確には確認していない。
両隣のテラスは陰となっていた為、誰かがいてもおかしくない。
「……少し冷えてまいりましたね。そろそろ、会場に戻りましょうか」
「そうですわね」
私達はそそくさとその場を離れる。
「……私達の会話、聞かれてしまいましたかしら?」
身を隠すということは、周囲に知られたくない関係が高い。
私達の会話を聞いたとなれば、人知れずの関係である事を公言するようなもの。
『一人だった』『相手とはそんな関係ではない』と否定したところで通用しない。
自分達の事が知られたくなければ、私達の会話も聞かなかった事にするしかないはず。
「きっと、大丈夫よ」
その言葉はミルーチェに対してではなく、私自身に言い聞かせた。
パーティーに戻り気を紛らわせるよう、私もミルーチェもダンスの誘いを受ける。
会話は聞かれたのか? 顔は見られたのか? 混乱する中、ダンスを終えパーティーを乗りきった。
屋敷に戻っても、不安ではあった。
「大丈夫、聞かれても問題ない会話よ。大丈夫……大丈夫」
何度も自信に言い聞かせ眠る。
パーティーを終えると、お茶会の招待状が何通も届く。
全てではないが参加する。
年齢や爵位で招待されるので、エミリアと一緒に出席する事もあれば別々に招待される事もある。
何故かパーティー後は別々に招待されることが多くなった。
それよりも、気にするべきことがある。
「アクリナ様」
「……サルヴィーノ様。ごきげんよう、今エミリアをお呼びいたしますね」
本日も彼は予告なく現れる。
もはや先触れで『相手の確認を取る』という事を、彼は知らないのだろうか?
「いや、今日もアクリナ様に会いに来ただけです」
パーティーでエミリアとの関係を暴露され、焦ったのか私への対応もあからさまになり始める。
「エミリアと何かあったのですか?」
面倒なので、いつもエミリアの名前を出すようにしている。
「エミリア様とは関係ありません。アクリナ様もご存じかもしれませんが、今社交界を賑わせている噂についてですが全ては誤解です」
「社交界を賑わせている噂とはなんの事でしょう?」
「アクリナ様はご存じありませんか? 何故か、僕とエミリア様の婚約の話が進んでいるという噂です」
「やはり、そうだったのですね?」
「アクリナ様も僕達が婚約なんて在りもしないと思ってくれていたのですね」
「二人は、婚約されるのですね? そうだと思っておりました」
「違いますっ、誰がそんな根も葉もない噂を流したのか」
「二人が親密なのは以前から目にしていましたし、パーティーでも親し気だったのでてっきり。他の皆さんもお二人の様子でそのように思ったのではありませんか? とてもお似合いのお二人でいらしたもの」
「僕がエスコートを望んだ相手はアクリナ様です。あのドレスも宝石も、アクリナ様の為に僕が選んだのです。ご存じですよね?」
「サルヴィーノ様、私が長女ということで気に掛けて頂いているのかもしれませんがエミリアにもモンテジール家を継ぐ可能性があります。両親の意向は、私よりエミリアに継がせる事です」
「……そうなのですか?」
「はい。ですのでモンテジール家との婚約を望むのであれば、噂を否定するより肯定した方が良いですよ」
サルヴィーノは考え込む。
やはり彼の優しさは私に気が合っての行為ではなく、婚約しモンテジール伯爵になりたかっただけ。
期待していたわけではないが、傷ついてはいる。
私が離れても彼は考え込んだまま、声を掛ける事は無かった。
「これで、彼から解放されるわね」
一難去って、また一難。
「どうして最近、私へのお茶会の招待状が届かないのです?」
エミリアは出掛ける私に向け、不満をぶつける。
謝罪お茶会から大人しくなったと思っていたが、ミルーチェからエミリアが再び当日お茶会を欠席していることを知る。
その為、下位貴族や一度当日欠席の被害者達はエミリアをお茶会に招待するのを控え始めている。
今日、私が招待されているお茶会にエミリアは招待されていない。
「以前から、私達が一緒に招待されることは少なかったと思うけど……」
「それでも、私の方が多く参加していました」
謝罪のお茶会を終えてから、一時は頻繁に外出していた。
「招待状が減ったの?……エミリアの招待状を私が管理できるはずないでしょ」
「では……お父様が招待状を? 謝罪は済んだのだから、私がお茶会に参加することにとやかく言われる筋合いはないわ」
謝罪のお茶会を主催する前は、父によりお茶会の招待状を管理されていた。
全ては誤解だと宣言してからは、意地になって届いた招待状全てに参加の返事を。
参加していたかどうかは私には分からない。
「では、どうしてかしら?」
「知りませんっ。もしかして、皆さん私に嫉妬しているのね」
何かを思いついたエミリア。
「嫉妬?」
「サルヴィーノ様との婚約が囁かれているので、私に嫉妬しているんだわ。それにお姉様は知らないと思いますが、パーティーで沢山の方にダンスを申し込まれたのですよ」
「そうなの。もしそうなら、令嬢達の嫉妬はしばらく続くかもしれないわね」
「魅力がないのを私のせいにしないでほしいわ」
エミリアの機嫌も良くなったので、私は招待されたお茶会に向かう。
「ポーリック公爵令嬢様、本日は招待して頂きありがとうございます」
「アクリナ様、招待に応じて頂きありがとう」
以前お茶会に参加した事のある令嬢。
数回招待されたが、日が空いていた。
「アクリナ様。皆さん気になっていることがあるんです」
「何でしょう?」
「エミリア様の体調はどうなのでしょう?」
「エミリアを心配して頂きありがとうございます。最近ではかなり回復しております」
「そう、それは良かったわ」
ポーリックのエミリアの印象は、悪くないようだ。