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「エミリア、これ欲しいっ」


 いつものようにエミリアは自身が欲しい物を宣言する。


「エミリア、これは私のよ。貴方は新しい物をお母様から買ってもらえばいいじゃない」


「嫌。エミリア、これが欲しいの」


 日常と言える姉妹の会話。


「アクリナはお姉ちゃんなんだから妹に譲ってあげて」


 どんなに私の物だと主張しても、最終的に私の物は妹の物になる。


「やったぁ」


 今は手に入れたことで、エミリアは幸せそうに私から奪ったものを抱きしめている。

 エミリアの姿に両親も使用人も満足そうに微笑む。

 強引に手に入れた物も二日もすれば存在を忘れ雑に扱い、アクリナが新たな物に興味を示すと「お姉様にお返しします」と言って押し付けにやって来ては新たな物を奪っていく。

 そのような関係が何年も続けば諦めもつく。

 始まりはエミリアが高熱をだし、三日ほど倒れたこと。


「エミリア様のご病気は原因不明です」


「原因不明って……そんなっ」


 医師の診察は両親を打ちのめした。

 他の医師にも診察させたが、原因は分からず。

 そして願った。


「お願いよ、エミリア。貴方が目覚めたら、なんでも欲しい物を買ってあげるわ。だから起きて」


 その後、エミリアは奇跡的に目覚める。

 両親は約束通りエミリアに何でも買い与える、溺愛が始まった。

 その溺愛は、私の犠牲の元に成り立っていた。

 私がエミリアに奪われたものは数知れず。

 次第に物だけでは収まらず。


「お母様、私の誕生日が延期ってどういうことですか? 」


「アクリナ。エミリアが体調を崩したのよ、エミリアのいないパーティーなんて出来ないでしょ。エミリアが回復したら家族みんなでアクリナの誕生日パーティーをしたらいいのよ。そこでエミリアも回復した事を発表すれば二人をお祝い出来るわね」


 だけど、私の誕生日パーティーが開催されることは無かった。

 それなのに、エミリアの誕生日には盛大なパーティーが催される。

 そんな私だけど、唯一奪われない物があった。


「アクリナは伯爵家を継ぐという自覚を持ち、常に精進しなければならない」


「はい」


「今度、グディレス伯爵令息と会う」


「はい」


 グディレス伯爵令息との対面の日。


「お姉様、体調が悪いの。傍にいて」


「……エミリア。一緒にいたいのだけど、もうすぐお客様がいらっしゃるの。準備しないと」


「もう少しだけでいいの、お願い」


「……あと、五分だけよ」


 エミリアに根負け。

 その後急いで身支度を済ませお客様を出迎える。


「アクリナ、グディレス伯爵と令息だ。挨拶しなさい」


「はい。アクリナ・モンテジールと申します。よろしくお願いいたします」


「初めまして、アクリナ嬢。私がグディレス。こっちが息子だ」


「初めまして、サルヴィーノ・グディレスと申します。令嬢にお会いできて光栄です」


 挨拶を終え、四人で談笑中。


「お待たせしましたぁ」


 突然エミリアが登場。


「エミリア、どうしたんだ? 」


「お姉様が婚約者の方にお会いすると聞いて、私もご挨拶したいと思い伺いました。貴方が、お姉様の婚約者ね。私、エミリア・モンテジールです」


「初めまして、サルヴィーノ・グディレスです。お会いできて光栄です」


「んふふ。グディレス伯爵様は初めまして、妹のエミリアです。お姉様をよろしくお願いします」


「エミリア嬢、初めまして。確りしたお嬢様ですね」


「んふ、それでは私は失礼します」


 エミリアは去って行った。 


「モンテジール伯爵、可愛らしいお嬢様ですね」


「えぇ。ありがとうございます」


 挨拶だけでありながら、強い印象を残していったエミリア。

 グディレスがエミリアの話題を振るので、エミリア溺愛の父はかなり饒舌に。

 婚約するのは私とサルヴィーノだというのに、エミリアの話で持ち切り。

 それでも私達の婚約は成立。

 定期的にサルヴィーノは我が家を訪問。


「こちらはアクリナ様へ、こちらはエミリア様にどうぞ」


「いつも、エミリアの分もありがとうございます」


「いえ。僕が贈りたいだけなので気にしないでください」


 サルヴィーノは私にだけでなく、エミリアにも贈り物を準備する。

 花束だったり、髪飾りにドレスまで。

 色違いで送られるので、エミリアに奪われることは無かった。

 奪われないことに嬉しさを感じていると、サルヴィーノとすれ違っていく。


「アクリナは伯爵夫人となるが、正確にはサルヴィーノ様は伯爵補佐にあたる。最終決定はアクリナにあることを忘れるな」


 成人が近付くにつれ、私の家庭教師の時間が増えていった。

 私の都合で、サルヴィーノとの時間が減少。

 彼は不満など見せず、いつも微笑んで私を待ってくれている。


「僕の事は気にしないで」


 彼はいつもの笑みを向け、優しい言葉をくれる。

 彼に悪いと思い、少しでも早く終わるよう常に努力した。


「今日は、かなり進みましたね。最近は余裕がありますので、今日はここまでにしましょう」


 家庭教師が、いつもよりかなり早い時間で終わりを告げた。


「はい」


 家庭教師を見送り、サルヴィーノとの約束の場所に向かう。

 

「まだ、来てないのね」


 いつもは彼を待たせていたので、私が待つのは久しぶり。

 待っている時間も、彼の事を考え苦ではなかった。


「お姉様、今日はもう終わったんですか? 」


「えっ……エミリア……と……」


 現れたのはエミリアと腕を組むサルヴィーノ。


「今日は早かったのですね」


「えっえぇ……二人は……」


「私がね、一人で待っていたサルヴィーノ様が寂しそうでしたので庭を案内していたんです」


 エミリアにサルヴィーノが『一人で待っていた』と言われると、待たせていたのは私なので責める事が出来なかった。


「そう……」


 仲睦まじい二人の姿。

 私の知らないサルヴィーノの笑顔。

 エミリアに向けるサルヴィーノの笑顔を見て、私に向けていた笑みは作り物だと知った。

 

「お姉様、今日は三人でお茶しましょうよ」


「そうですね。アクリナ様もエミリア様が一緒だと嬉しいですよね」


 私を気遣っているようなサルヴィーノの言葉。

 エミリアの提案を即座にサルヴィーノが受け入れるので、三人分の準備が行われる。

 私とサルヴィーノの婚約者の時間なのだが、三人のお茶会となる。

 初めは三人のお茶会だったが、いつの間にか二人のお茶会の傍観者になっていた。

 私の知らない会話をする二人に、以前から二人は会っているのだと理解した。

 その後、二人のお茶会や買い物に観劇など出掛ける姿を目撃。

 二人を監視しているのではなく、二人が関係を隠す事が無くなった。

 私の家庭教師の時間、彼らは談笑している。

 休憩時に外を眺め、二人の姿を目にしたのは偶然ではない。

 私に見せつけるようにあの場所を選んでいる。


「はぁ……結局はこうなるのね……」


 サルヴィーノの心はエミリアにある。

 だけど、エミリアは体が弱く伯爵夫人の教養どころか貴族の礼儀作法すら身に付けていない。

 勉強もしていないように見えるが、基本的な知識と突飛な発想力があった。

 思いもよらない提案に父もサルヴィーノも関心を寄せていた。


「アクリナ、お前の結婚を少々延期しようと思う」


 一カ月前までは、結婚式の準備をしていたのに突然の延期。


「延期……それは……どうしてですか? 」


「エミリアの体調が良くないと……」


「良くない? 今日もサルヴィーノ様と一緒にお茶していましたけど? 」


「そのお茶会でアクリナとサルヴィーノ様が結婚した時、『自分は二人のお荷物になるのではないか』と話したらしい。サルヴィーノ様も『そんな事はない』と説得したようだが、それから部屋に閉じこもっている」


 成長するにつれてエミリアの体調も回復し、私主催のお茶会も主役のパーティーも延期や中止がなくなっていたので油断していた。


「エミリアを説得する為に、私の結婚が延期になるんですか? 」


「そんな言い方はやめなさい。エミリアは家族だろう」


「お父様は私も家族だと思った事はありますか?」


「何を言っている、アクリナも大事な私の家族だ」


「では、私がエミリアの為に何度お茶会を延期し、誕生日パーティーも中止したか覚えていますよね? 」


「……それは、家族であれば当然だろう? どうしてそんな冷たいことを言うんだ。エミリアが可哀想に思わないのか?」


「可哀想ですか? 」


「あの子は体が弱く、アクリナのように自由にお茶会やパーティーに参加できないんだ」


「エミリアは下位貴族のお茶会やパーティーには不参加ですが、高位貴族のお茶会とパーティーを欠席した事はありませんよ」


「それは偶然だ。言いがかりはやめなさい」


「それに、あの子が体調が悪くなる日は決まって家庭教師の日ではありませんか。サルヴィーノ様が訪問される日に体調を崩したことは無いわ」


「精神的なものだろう。これ以上エミリアを悪く言うのはやめるんだっ」


 父との言い争いをしても、私の結婚式の延期が撤回されることは無く来年となった。

 本来、私が結婚式を執り行うと決まっていた日、エミリアは嬉々としてサルヴィーノと出掛けて行く。

 未来に希望を持たず、一日一日を過ごしていく。


 一年後。


「私はね、娘二人には素晴らしい殿方と結婚してほしいと思っているの。エミリアは病弱だから、譲ってくれるわよね」 


 母の言葉は理解できなかった。


「それは……どういうことですか? 」


「だからね、サルヴィーノ様との結婚をエミリアに譲ってあげて欲しいの」


 結婚の延期もサルヴィーノの心が私にないのも受け入れた。

 それでも、私がサルヴィーノの結婚相手であるというのは揺るがないと思っていたから……


「私はモンテジールを守り抜くために今まで学んできました」


「えぇ。だけど安心して頂戴。アクリナの今までの努力が無駄にならない相手よ」


「……既に決定しているということですか? 」


「そうよ。成人を終えて、婚約解消となった貴方を受け入れてくれる素敵な殿方。それも侯爵家」


「婚約解消となりすぐに新たな婚約者ですか? 」


「そう。シオニス侯爵よ」


「シオニス侯爵……」


 シオニス侯爵は数多くの事業を抱えており、かなりの資産家。

 良い相手に聞こえるが、相手は父よりも年上。

 そんな侯爵の令息……ではなく、侯爵本人。

 シオニス侯爵には子供はいない。

 夫人と令息は流行り病により命を落とし、今は独り身。


「エミリアがモンテジールを率いる事になるけど、万が一何かあったら侯爵夫人となったアクリナが助けてほしいの。貴方はお姉さんだもの、妹を助けるのは当然よね。これでモンテジールもエミリアも安心ね」


 母の言葉は既に決定事項。

 私が何を言っても覆る事は無い。


「私の人生はエミリアの為にある……」


 今までそうだと思っていても口に出すことは無かった。

 口に出せば認めてしまう事になるから……

 だけど、もう頑張れなくなっていた。


「お姉様っ」


 相手の同意もなく扉を開けて非常識に入室するのは、基本的な礼儀作法も受けていないエミリア。


「なに? 」


「ごめんなさい。私、お姉様からサルヴィーノ様を奪うつもりは無かったの。お父様に私もサルヴィーノ様のような素敵な婚約者が欲しいと言ってしまったから……」


「では、どうして断らなかったの? 」


「よく知らない人と婚約するのは怖くて……サルヴィーノ様は以前から知っていたし……」


「彼が私の婚約者だと知っていたでしょ? 」


「だけど、お姉様はサルヴィーノ様より別の事を優先してばかりじゃない。彼の事、興味は無いのでしょ? 「彼が寂しい思いをしている」と私が伝えても、彼との時間を割くような素振り見せなかったじゃない」


「私はモンテジール家を途絶えさせない為に学ぶことがあったのよ」


「お姉様が学ばなくてもサルヴィーノ様と結婚すれば、彼が伯爵になるわ。彼はモンテジールの為に尽くしてくれるって私に誓ってくれたもの」


「……もう、出て行って……」


「お姉様……私の事、嫌いにならないでね」


 去り際のエミリアの言葉は、何度も聞いたことがある。

 エミリアの行動が原因であるのに、私が体の弱いエミリアを一方的に怒鳴っていると周囲は受け取っている。

 今では、使用人もエミリアの味方。


『エミリア様は体が弱いんだから、ドレスや靴や宝石なんて譲ってあげたらいいのに』

『先月も何か取り寄せていたわよね? 』

『自身が贅沢しているの気が付いていないのね』


 使用人は私が贅沢していると思っている。

 私からするとお茶会やパーティーで必要な物を全てエミリアに奪われるので、新たな物を準備するしかないのにそこを分かってくれない。

 私からエミリアに婚約者が変更となり、初めてサルヴィーノが訪れる。


「アクリナ様、シオニス侯爵とのご婚約おめでとうございます。僕との婚約より喜んでいると聞きました。上昇志向の高いアクリナ様にはお似合いの相手だと思います。モンテジールは僕が継ぎますのでご安心ください」


「それは……誰に何を……」


「エミリアの事は心配でしょうが、何かあればすぐに連絡しますから」

 

 いつからか、サルヴィーノにも私の言葉は届いていないと思っていた。

 それどころか、周囲が勝手に予想した私の言葉を彼に伝えている。


「アクリナがいなくなるなんて寂しいわ」


 程なくして私がシオニス侯爵との婚約が発表され、婚約者として相手の屋敷に向かう事に決定。 


「お姉様が出て行ってしまうなんて寂しいです。来月は私とサルヴィーノ様の結婚式ですから、侯爵様と一緒に出席してくださいね」


「もちろん出席するわよね? 家族の結婚式なんだもの」


 私に尋ねているようで、母が決定している。

 侯爵家へ向かい私がどのような待遇を受けるのか未定にも拘らず、決定して良く。

 母も父もエミリアも、私を気遣ってくれたことなど一度もない。


「アクリナ、シオニス侯爵に迷惑をかけるんじゃないぞ」


「侯爵様にもエミリアの結婚式に出席するようお願いしてね」


「お姉様、侯爵様とお幸せになってね。私は大丈夫ですから」


 私が屋敷を去る時も誰も寂しがることは無かった。

 両親もエミリアも侯爵が出席したという事実が欲しいのと、姉の婚約者を奪った事実を姉に祝福される事で払拭したいだけ。

 そして、使用人も病弱な妹に冷たい姉がいなくなることに安堵している。

 私は侯爵家に向かう途中馬車が事故に遭ってしまえばいいのにと願っていた。


「お待ちしておりました、アクリナ様」


 シオニス侯爵邸に到着。

 出迎えは使用人のみ。

 

「旦那様はお忙しく、出迎えは出来ません。私達がご案内させていただきますので、何かあれば申し付けください」


「ありがとうございます」


 侯爵夫人部屋に案内される。

 侯爵邸に到着し数時間後。


「出迎え出来ずに申し訳ない」


 夕食時にシオニス侯爵と対面。


「いえ、侯爵様はお忙しいと聞いておりましたので」


 シオニス侯爵は噂とは違い若々しく……なんてことは無く、私からすると祖父といってもいいくらいの人だった。

 侯爵夫人見習いとして過ごす日々。


「アクリナ様、手紙が届いております」


「手紙……」


 私がシオニス侯爵邸に滞在しているのを知っているのは、モンテジール家の者だけ。


「結婚式の招待状……」


 エミリアからサルヴィーノとの結婚式の招待状。

 私はあの二人の顔も両親の顔も見たくなかったので、欠席の返事を送ろうと悩むも出席の返事を書いた。


「侯爵様と共に参加します」


 だけど、当日出席する事は無かった。

 初めから欠席の返事をすれば、エミリアなら泣きながら侯爵家に突撃してくるのが予想出来た。

 そして、わざとらしく咳込むか貧血のフリをして、強引に自身の望む返事をもぎ取る。

 なので、私は当日欠席する事を選んだ。


「お姉様っ、酷いわ。どうして私の結婚式に来てくださらなかったのですか? 私、大好きなお姉様に祝って頂きたかったのに、とっても悲しかったです。それに、周囲の人にも私達は仲が悪いと誤解までされてしまいました。悔しいです、私はお姉様が大好きなのに」


 シオニス侯爵邸に突撃し、私を見るなり泣きながら訴える。

 そして、第三者にも分かりやすく自身の状況を被害者に聞こえるよう伝える。


「当日、体調を悪くしてしまったので欠席したの」


「そんな。体調悪くても私の結婚式に出席してほしかったです」


 普段、体調が悪いと言っては欠席するエミリアが、私が体調が悪いのを理由にするとそれでも出席しろと強要する。


「あなたの結婚式を台無しにしたくなかったのよ」


「それでも少しは顔を見せるのが常識ではありませんか? 」


 なんの連絡もなくと姉が嫁いだ高位貴族の屋敷に突撃する事を非常識と思わない妹から、常識を問われるとは思わなかった。


「今度から、そうするわ」


「今度も何も、私の結婚式は一度なのですよ。お姉様は本当に常識が無いのですね。だからいつまで経っても家庭教師の方にお世話になるんですよ」


 私が長い間家庭教師を受けていたのは将来、伯爵家を任されることが決定していたから。

 授業をまともに受けていないエミリアにだけは言われたくない。

 エミリアの言葉を聞いた使用人がどのように判断するのか、不安でしかなかった。

 今までの経験で、誰も私の言葉を信じてはくれなかった。


「私が伯爵家を継ぐ予定だったから、色々と学ぶことがあったのよ」


「それがお姉様の勘違いなんです。モンテジール伯爵家を継ぐのはサルヴィーノ様と決まっていたんです。お姉様のワガママでお父様とお母様だけでなく、サルヴィーノ様までも振り回していたことに早く気が付いてください。お姉様がおかしな勘違いに囚われていたから、サルヴィーノ様との婚約が解消となり伯爵家を継がせるのか困難と判断されたんですよ」


 こうも堂々と宣言されると私が間違っていたような思考になる。

 エミリアはこうやって周囲を先導してきたのかもしれない。


「……エミリア。モンテジール家は貴方に任せるけど、少しお父様と話し合った方が良いわ」


「話し合いも何も、お父様は私が正しいと仰ってくれているわ。そう、お父様から手紙を預かって来たわ」


「手紙? 」


 手紙を受け取ると、今すぐ読むよう態度で示される。


『アクリナ。

 エミリアとサルヴィーノ様の結婚式を見るのは辛かったのかもしれない。

 だとしても、事前に欠席する事を伝えることぐらいはできたはずだ。  

 エミリアは姉の婚約者を奪った妹として社交界で囁かれている。

 大事になる前にお前が処理するように。

 それとシオニス侯爵から、祝いの品が届いていない事を伝えておきなさい。

 エミリアは侯爵が所有する鉱山が欲しいそうだ。

 欠席の詫びと結婚祝いで贈るように』


 私が侯爵邸に馴染んでいるのか心配する言葉は一切なく、最初から最後までエミリアの為の手紙だった。


「お父様はなんて? 」


 エミリアは私が読み終わるのを反応を見て待っていた。

 

「……『侯爵様とお話するように』と書いてあるわ」


「それだけ? 」


「ちょっと」


 エミリアは私宛の手紙を奪い確認する。


「もう、お姉様は嘘ばかり。ちゃんと『失態を詫びるように』と書いてあるじゃない。知られたくないからって隠していると、後になって取り返しのつかない事になるのよ」


「……こんな事、侯爵様にお願い出来るわけないでしょ」


「どうして? お姉様は侯爵夫人になるんだもの。妹に贈り物するくらい問題ないじゃない。もしかして、お姉様はここで嫌がらせを受けているの? 酷いっ」


 使用人が部屋にいるというのに、侯爵家の者を責めるようない言い方。

 エミリアはモンテジール家に戻る事が出来るが、私は簡単にモンテジール家に戻る事はできない。

 戻ったとしてもあんな人達と一緒にいたくない。

 

「エミリア、私は皆さんに良くしてもらっているわ。誤解を招くような言い方はしないで。伯爵家にいた頃のように私のドレスや宝石が欲しいのなら譲ることはできたけど、貴方のワガママを叶える為にシオニス侯爵の所有物を私の一存で贈る事は出来ないわ」


「どうしてそんな言い方するんですか? 私はお姉様にも祝ってほしいと言っただけで、ワガママだなんて」


「シオニス侯爵が所有している鉱山が欲しいだなんて言われても叶えられないわ」


 私達の会話が聞こえても反応しないよう努めている使用人も、エミリアが『鉱山が欲しい』と願っていた事に驚く。


「鉱山が欲しいなんて、私一言も言っていません」


「父からの手紙には『貴方が鉱山を望んでいるから、シオニス侯爵を説得しろ』と、あるわ」


「お父様は大袈裟に書いているのよ。そのぐらい私の結婚を祝ってあげなさいっていう意味でしょ」


「……分かったわ。結婚の祝いの品を贈るわ。だけど、鉱山のようなものは贈らないから」


「分かっていますわ。ドレスや宝石を十着ずつくらいで構いません」


「……常識の範囲で送らせてもらうわ」


「大丈夫ですか? お姉様の常識は少し皆さんと異なっているので心配です。サルヴィーノ様も困惑してしまうかもしれないので、私が望む物リストの手紙を送りますね」


「……いえ結構よ。貴方を驚かせたいから私に考えさせて」


「そうですか? 侯爵様の名誉にも拘る事なので気を付けてくださいね。分からなければ私に聞いてください」


 贈り物を贈るという約束を得られた事でエミリアは満足げに帰って行った。

 

「鉱山か……一つなら構いませんよ。アクリナ嬢の妹の結婚だ、祝わない訳にはいかないからね」


 シオニスにエミリアの訪問と経緯を報告。


「いえ。あの子にはまだ、経営能力は乏しく今ではないと思います。我が国ではまだ珍しいですが隣国で話題の芸術品を贈りたいと思います」


「アクリナ様は妹思いなのですね」


「いえ」


 芸術品もかなりの金額だが、鉱山に比べれば微々たるもの。

 これでエミリアが満足するとは思えない、

 だがお茶会やパーティー会場でその作品を目にした時、目の肥えた人間なら気が付く。

 そこで価値のある作品だと実感すると、エミリアなら謙虚に自慢するだろう。

 決して、私からの贈り物とは言わず『心惹かれるものがありました』とか言って、知識は無いが芸術の良さは分かると思わせるだろう。 

 数日後、予想通りエミリアは侯爵家に襲撃に訪れた。


「お姉様っ、なんですかあの贈り物はっ。あんな子供が落書きしたようなものを贈りつけるなんて、お姉様は本当見る目が無さ過ぎます」


「エミリア、あれは隣国で価値を認められた作品よ。我が国では珍しく、彼の作品は王宮でも数点しか所有していないんだから」


「お姉様、騙されたのではありませんか? あんな物が認められるはずありませんわ。お姉様は余計な事は考えず、私が欲しい物を贈ってください。こちらが、リストです」


 エミリアは自身の望む物をリスト化した紙を私に押し付ける。 

 確認すれば、桁違いの物ばかり。

 ドレスや宝石も前回の数より三倍は多く記されている。

 あれほど、鉱山は自身の意思ではないと言っておきながら『欲しい』と書いてある。

 別荘もあれば、侯爵家で自身主催のパーティーを開催したという理解できない内容も。

 これで、自身が常識的と言えるエミリアが心配でしかない。


「エミリア……」


「お姉様、この事は私達だけの秘密ですからね。シオニス侯爵にも話してはダメですよ」


 相談してしまえば自身が何を強請ったのか知られてしまうと思い、私を口止めする。

 

「……考えさせて」


「お姉様はのんびりさんですから、今月中にお願いしますね」


 私はあえて手紙を伏せることなく誰にでも目に付くようテーブルの上に置き、エミリアを見送る。


「エミリア、今度訪れる時は連絡してくれないかしら?」


「どうしてです? 私達は姉妹なのに」


「姉妹でも、ここはシオニス侯爵家だからよ」


「お姉様は本当に不遇な扱いを受けているのですね」 


 相手の確認を得てから訪問するという常識を知らないエミリア。

 家庭教師の全てから逃げていたので、相手の予定を確認するという事を知らない。

 

「私は侯爵家。貴方は伯爵家なのだから自覚を持って行動してほしいの」


「そうやって爵位や立場を見せつけるから、サルヴィーノ様はお姉様の事を苦手に思っていたのですよ」


「えっ」


「あっ、なんでもありません」


 エミリアは自身の常識がないのを指摘され誤魔化す為の反論かもしれないが、サルヴィーノに苦手に思われていたという確かめる事の出来ない言葉は私の心に突き刺さった。

 期限を過ぎても、私がエミリアに贈り物を贈る事はなかった。


「お姉様、約束が違います」


 本日もエミリアは事前連絡なく突然現れる。


「私にはどれも準備出来ないわ」


「お父様やお母様もお姉様を見損なったと話しています。どうして、私の結婚を祝ってくださらないのですか?」


「既に祝いの品は贈っています」


「あんなののどこが祝いの品なのですか? ガラクタではありませんか」


「それでも私なりに貴方の結婚を祝ったつもりです」


「お姉様がサルヴィーノ様に捨てられたのを私に八つ当たりするのはやめてください」


「八つ当たりなどしていないわ。婚約者の妹と不貞を犯すような人、信頼できないから結婚しなくて良かったと思っているくらいです」


「そんな強がりやめてください。それに彼は不貞を犯したのではなく、お姉様が不貞を犯させたのです」


 貴方達の不貞は、私の責任と言いたいのね。


「では、そんな姉から結婚祝いだなんて貰いたくないでしょ? これ以上贈るつもりは無いから。二度と侯爵家に来ないで。迷惑です」


「お姉様……私、お姉様から酷い扱いを受けても、お姉様の事大好きですから」


 どこまでも被害者になろうとするエミリアにはうんざりだ。


「お客様はお帰りよ。それと今後この子が訪れても屋敷に招きいれる必要は無いから」


 使用人達に宣言する。


「それってどういうことですか? お姉様っ、待って……」


 エミリアに呼ばれるも、振り向くことなく応接室を出て行く。


「お客様っ」


 エミリアが付いてくるのが分かったが、私は振り向かなかった。

 使用人がエミリアを止めてくれる、そう思っていた。


「ちょっと、お姉様っ」


「えっ……ちょっ……ぁっ……」


 私はエミリアに振り回されたくなく、急いで部屋に逃げ込もうとばかり考えていた。

 まさか、登り切った階段で腕を掴まれ強引に振り向かされるとは……

 

「……アクリナ様っ、アクリナ様っ。誰か、お医者様をっ」


 動かない体で周囲を確認すると、階段の上で驚愕しているエミリアの姿を目撃。

 それが私の最期だった。

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