日本の冬の星座を見たゼミ友が町中華での晩酌に誘ってくれた理由
1枚目の星座の画像は、アホリアSS様よりお借りいたしました。
2~3枚目の挿絵の画像を生成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
五限目の講義を終えて堺県立大学のキャンパスを出た頃には、すっかり日が落ちていたの。
もう冬も本番だから、日没後の寒さも一段と厳しくて全く参っちゃうよ。
「今夜は一段と寒いねぇ、美竜さん…」
日本人の私でさえ寒さに辟易しているんだから、台湾人留学生の王美竜さんの身には一層に堪えるに違いない。
そう思って呼びかけたんだけど…
「へぇ…流石は日本の冬だねぇ、蒲生さん。寒くて空気が澄んでいる分、星が綺麗に見えるじゃない。私の誕生星座の牡羊座も、今の時期なら何とか見えるよ。」
なんと台南市で生まれ育ったゼミ友は、寒さよりも冬の星空の美しさに気を取られていたんだ。
こんなロマンチックな振る舞いをされた日には、寒さに身を震わせていた私の立場がないじゃないの。
「えっ!寒くないの、美竜さん?こないだの放課後なんか、まるで獅子舞みたいに歯をガチガチさせてたけど…」
そんな私の問い掛けに美竜さんは、何とも得意気な微笑で応じたんだ。
「そりゃ勿論寒いけど、私だって学習したからね。この下には吸湿発熱繊維も着込んでいるし、ここ最近は薬膳茶を飲んで身体を内側から温めるようにしているんだ。」
成る程、薬膳茶による冷え対策とは盲点だったよ。
流石は御茶の文化を重んじる台湾っ子ならではだね。
「へえ…それじゃ美竜さんも、今ではすっかり日本の冬に適応出来たって事?」
「流石に適応までは無理だけど、凌げる位には学習したって所かな。孫呉の呂蒙だって、『士別れて三日ならば、即ち当に刮目して相待つべし』って言ってるじゃない。」
こういう日常会話の流れで至って自然に「三国志演義」の一節が出てくる辺りは、中華圏出身者の流石を感じちゃうよ。
きっと布袋劇や京劇とかで小さい頃から慣れ親しんできたんだろうな。
「三国志と言えばさ、諸葛孔明も星の輝きを見て自分の運命を悟っていたじゃない?『今にあの星が落ちるであろう』ってね。司馬懿や孔明は星々の状態から色んな事を読み取っていたけど、中華圏の人達は今でも星占いに関心があるの?」
「大星有り、赤くして芒あり、亮の営中に墜つ。『十八史略』の『死せる諸葛、生ける仲達を走らしむ』の一節だね。流石に三国志の時代程じゃないけど、誕生星座で性格判断や恋愛運を占う事はよくやってるよ。蒲生さんは大寒生まれだから確か水瓶座だったよね。今の時期は見えないけど…」
そうして美竜さんが見上げた夜空には、オリオン座を中心とする冬の星座が煌々と輝いていたんだ。
同じ夜空を見ているようでいて、占星術や星座占いが日本よりも盛んらしい中華圏出身の美竜さんには違って見えるのかも知れないね。
「んっ、待てよ…あっ、そうだ!」
ところが美竜さんは空の一角を凝視すると、いきなりピクッと身を震わせたんだ。
まるで何か重要な事に気付いたようだったよ。
「ねえ、蒲生さん!もし時間があったら、私と晩酌に付き合ってくれないかな?お金なら私が出すからさ。」
「あっ…えっ?どうしたの、美竜さん?」
そうして踵を返すなりツカツカと行っちゃうんだから、私としては慌てて後を追うしかなかったよ。
南海高野線と泉北線、そして地下鉄御堂筋線の三系統の乗換駅として重宝されている事もあり、我が堺県立大学の最寄駅である中百舌鳥駅の周辺には居酒屋や飲食店が軒を連ねているの。
私と美竜さんの二人が入店した大阪餃子大将中百舌鳥駅前店だって、そのうちの一つだよ。
「さあ、蒲生さん!遠慮なくやっちゃってよ。ここの猪脚麺線、割といけるんだ。」
「ええ…本当に良いの、美竜さん?」
濛々と白い湯気を上げる二人分の丼と嬉々とした様子のゼミ友とを見比べながら、私はどうした物かと思案に暮れていたの。
確かに大阪餃子大将はファミリー層をターゲットにしたリーズナブルな中華料理チェーンだけど、学食に比べたらやっぱり割高なんだよね。
ゼミの先生や家族ならまだしも、同年代のゼミ友に奢って貰うのは気が引けちゃうよ。
「良いって、良いって!今回に限っての話だけど、蒲生さんは一切支払いの事は気にしなくて良いし、私の懐だって全く痛まないんだよ。何しろ私には、こんな強い味方がついているんだから!」
そうして嬉々とした様子でゼミ友が内ポケットから取り出したのは、分厚い束になった大阪餃子大将の株主優待券だったんだ。
「うちのお父さん、大阪餃子大将の株主なの。それで大学の合格祝いに株を分けて貰えたんだ。配当金に使用期限はないけど、優待券はそうもいかないからね。」
「へえ…随分と気前が良いと思ったら、美竜さんって株主だったんだね。」
それを聞いて安心したよ。
持つべき物は株主の友達だね。
だけど私には、まだ聞いておきたい事があったんだ。
「美竜さんが気前良く奢ってくれる理由は分かったよ。だけど、どうして猪脚麺線なの?確かに猪脚麺線は台湾料理だから、美竜さんとしても馴染み深いかも知れないけど…」
素麺みたいな白い細麺の上に盛られた豚足の煮込みはコラーゲンが沢山入っていそうだし、カツオをベースに醤油で味付けしたとろみ出汁は日本人の私の味覚にも合いそうだよ。
だけど有無を言わせずにオーダーを決めた美竜さんの様子から察するに、単に「地元の味をゼミ友にも知って貰いたい」というだけじゃ済まない重要な理由がありそうなんだよね。
「よく聞いてくれたよ、蒲生さん。福建人や道教の風習に由来するみたいなんだけど、この猪脚麺線は厄払いの開運料理として昔から珍重されているんだ。」
美竜さんが言うには、台湾では厄払いや誕生日の時に猪脚麺線を食べる風習があるんだって。
メインの具である豚足には「災いを蹴飛ばす」って意味があって、白い細麺には「細く長く生きる」って願いが込められているらしいの。
こうした縁起担ぎは、まるで日本のお節料理みたいだね。
「確かに私は水瓶座だから、もうじき誕生日だね。この猪脚麺線は、美竜さんなりの誕生祝いって事かな?」
「それもあるけど、私としては厄除け祈願の意味合いの方が強いんだよね。今月の大学新聞、まだ読んでないの?うちの大学新聞の星座占い、留学生のコミュニティじゃよく当たるって評判なんだ。」
何とも意味深な物言いのゼミ友に促されるようにして、私は県立大のホームページから大学新聞のPDF版をダウンロードしてみたんだ。
正直言って、見たのを後悔しちゃったけど。
「えっ、やだなぁ…私の水瓶座、今月最下位じゃない。」
ランキング形式だから最下位の星座が必ず出てくるのは仕方ない事だけど、それを直視するとやっぱりテンションが下がっちゃうよ。
解説文にも、「ケアレスミスに注意、何かを決断する時は慎重な判断を。」なんて書かれているし。
「だからこそだよ、蒲生さん。何しろ猪脚麺線は、我が台湾が誇る伝統的な厄除け料理だからね。たとえ紫微斗数や四柱推命で悪い結果が出ても、これを食べて厄払いすれば運気回復だよ。それに私の牡羊座も、今月は麵類がラッキーアイテムだからね。」
「全ての占いに効く万能のラッキーアイテムって事?まるで子供の時の節分で食べた厄除けぜんざいみたいだね。」
オールマイティな厄除けアイテムや開運料理はあるにしても、それでも星占いの結果には興味津々なんだ。
台湾の人達は星座占いへの関心が高いとよく聞くけど、今回のゼミ友との晩酌ではそれを改めて実感させられたよ。