ドキドキ、皇帝陛下に謁見
「ええと、確か御年四十二だったかと」
「……ず……随分と年上だね」
私はポリポリと、まだ結われていない頭を掻いた。
さすがに二十歳も上は範囲外というか。
しかし、菜明は「そうですか?」と首を傾げていたから、この世界の価値観はちょっと私とは違うのかもしれない。
「あ、白ちゃん」
まだ菜明がもったいないもったいないとブツブツ言っているが、トコトコと白ちゃんがやって来たことで強制的に話題は閉じられた。
「あらあら、駄目ですよ。冬花様は今、お支度中なんですから」
私の膝に登ろうとした白ちゃんを、菜明はひょいと捕まえて、そのまま部屋の隅にある長牀へと座らせる。
「朝食はそろそろ他の宮女が運んで来ますから、待っていてくださいね」
菜明はまるで赤ん坊に言い聞かせるように、人差し指を立てて、白ちゃんに大人しくしててと言っていた。
白ちゃんが不服そうな目で私の方を見てくるが……ごめん。笑いを堪えるのに必死で何も喋れない。
「……モー」
我慢できず、私は「ふッ」と息を漏らした。
今の「モー」という鳴き声は白ちゃんのものだ。
喋る牛など、明らかにただ者ではない――神だとバレてしまわないための措置らしい。よっぽど、人間に自分がここにいることを知られたくないようだ。
おかげで私も口裏を合わせて、「白澤様に連れて来られただけで、彼のその後の行方は知らない」と答えることになっている。
(菜明みたいな善い人に嘘を吐くのは忍びないけど、白ちゃんの嫌がることもしたくないし、こればっかりは仕方ないよね)
冬長官にも、他の人達には秘密にするようにと白ちゃんは念押ししていた。
すっかり周囲からの認識は、私のペットの子牛だ。
(日頃、牛じゃないって言ってるのに、鳴き声はしっかりモーなんだもん。笑うなってほうが無理だって)
「モーッ!」
怒られた。
「さて、それでは続きのお支度を」
「私は陛下のお后様じゃないし地味で良いよ。むしろ、ただで軒の下を借りてる感じだし、控えめで」
「お任せください! 他の方々が見とれるくらいに飾り立てましょう!」
「いやだから……地味で……」
「本当、飾り立て甲斐があって嬉しいです! 私、昔から衣装や装飾品を見るのが好きで、自分の手で女人を美しく飾り立てるのが夢だったんです。ですから、煌びやかな世界である後宮の宮女になったんですが、平民出身者は私は高位の方々の侍女になどなれないので、ずっと臍を噛む思いだったんです。飾り立てた后妃様を見るのは眼福ですけど、私なら色白の瑠鴎妃には濃紅ではなく薄紅を――」
熱弁だ。聞いちゃいない。
「私、頑張りますね、冬花様!」
私は、今日だけは菜明の好きにさせようと抵抗することを諦めた。
「モッモッモッ」と、背後から白ちゃんの笑う声が聞こえた。
今度作る料理は、激苦にしてやろうと思う。
◆
着慣れない衣装のズルズルとした裾を手で掴みながら白瑞宮を出れば、「馬子にも衣装だな」と、冬長官からいつものように皮肉な笑みをもらった。
本当、この男は顔と性格の不一致が著しすぎやしないか。
(今度、深夜に空腹で飛び込んできても寝たふりを通そう)
そして、彼に連れてこられた、黄檗殿という大きな建物の中。
膝と頭を床につけて待っていると、「面を上げよ」という渋い声が聞こえた。
見上げた先、数段高くなった台座の上にある大きな椅子には、豪奢な衣装を纏った男の人が座っていた。
(この方が皇帝陛下……)
顔の前に垂れ下がった冠のすだれの隙間から、キリリとした眉目と、きっちり真一文字に引き結ばれた薄い口が見える。四十二と聞いていたが、纏う威厳は五十や六十の人がもつような人生の凄みというか、重厚さがある。ちょっと怖い。
(あぁぁ、役員の人を前にプレゼンしてる気分だよ。緊張で胃がキリキリする……っ)
隣の冬長官が陛下に、後宮での私の日々の待遇について説明していた。
「冬花殿、後宮での暮らしはどうだ」
「えっ!? と、とても良い暮らしをさせていただき、感謝しております」
「困ったことはないか」
「はい。楽しい日々を過ごさせていただいております」
全部冬長官が受け答えしてくれるんだ助かる、なんて思ってたら、いきなりこちらに話を振られて焦った。
「はっはっは! 後宮にいて楽しいとは……それは何より」
大口を開けて闊達に笑う陛下の姿に、先ほどまで抱いていた緊張と恐怖心が和らいだ。