もどってきた平和な日々
すぐに冬長官が捲っていた天蓋の薄布をおろし、全員、寝台を向いてその場で膝をつく。
同時に、内側から衣擦れの音と、「わたくしは……」という掠れ声が聞こえてきた。
間一髪だった。
「失礼いたします、輦皇后様。内侍省長官の冬雷宗でございます。お身体の加減はいかがでしょうか」
「冬、長官……。ええ……身体は重いけど……前のような苦しさは、ないわ」
声は掠れたままだったが言葉ははっきりとしており、安心して良さそうだ。
「そこ、に……あなた以外、誰か……いるの?」
「私と、白瑞の巫女殿とその侍女がおります。皇后様に取り憑いていた魔を祓うため、陛下より遣わされました」
掛かった薄布で薄らとした影しか見えなかったが、彼女が頭をこちらに向けたように見えた。
「巫女様が……そう……感謝申しあげます……」
「いえ。皇后様がご無事で何よりです」
彼女の声は徐々に小さくなっていく。
目覚めたばかりで、まだきついのだろう。精気をほとんど食べられていたわけだし。
「無事に魔は去りましたので、安心してお休みください。私共もこれで失礼いたします故」
冬長官の言葉で、私達は立ち上がり部屋を出て行く。
私は白ちゃんを抱き上げ、哮くんには、唇に人差し指を立て、静かに一緒に出るようにと目で促した。
「なに、か……白く眩しいのが……守って、くれたような……」
背中で聞こえた皇后様の微かな呟き。
「……あの子……だったのかしら……」
ふっ、と皇后様が微笑んだような気配があった。
しかし、独り言だと皆はわかっていため、何も言わずに静かに退出していく。だけど、なぜか哮くんだけは足を止め、皇后様を振り返っていた。
哮くんは、扉が閉まるまでずっと寝台の方を眺めていた。
◆
それから数日。
あれから皇后様は順調に回復されて、今ではすっかりと以前の様子を取り戻しているという話だった。
それを聞いて、私含めた白瑞宮の面々は良かったとホッとして、再び安穏とした日々を送っていた。
「ほーら哮くん、良い匂いのする梅の枝だよ――――とってこーい!」
「わーい!」
私が梅さんからもらった枝を力いっぱい投げると、哮くんは猛然と走っていって、地面に落ちる前に口でキャッチする。ファインプレーだ。哮くんは、枝を咥えて楽しそうに跳ねながら戻ってくる。
今回力を貸してくれた哮くんだけど、天上には戻らず今でもこうして白瑞宮にいる。白ちゃんに比べて本質が動物寄りなのか、わりと犬と遊んでいるのと代わらない。毎日、無駄に広い白瑞宮内を駆け回っていた。
「よしよし、じゃあもう一投しようね」
枝を受け取り、今度はさらに飛距離を伸ばそうと、胸にオー●ニショーヘーを抱き、思い切り振りかぶった――ところで。
「本当、お前はいつでも愉快だな」
「あ、冬長官。いらっしゃいませ」
いつの間にかやって来ていた冬長官に、呆れ半分の眼でため息を吐かれた。もう半分の感情はたぶん、『芋め』だ。
この枝を冬長官に投げてやろうかなー、哮くんに突進されたらいいのにーなんて考えていたら、彼の後ろに別の人影があることに気付いた。
「礼が遅くなった、巫女殿」
「やっとおあいできましたわ、白瑞の巫女様」
「えっ! 陛下に皇后様!」
さすがに、哮くんとの枝投げはお開きとなった。
「そうそうこれだコレ! これがずっと食べたくてな」
ドンと目の前に置かれた果物大福の山を、陛下は嬉しそうに眺め、ひょいっとひとつを手に取った。
「おや? 今回は大福の色が前回のと違うような……前より白いような気が……」




