だって、私は白瑞の巫女ですから!(いや、よく知らないけど)
「妖魔……ですか」
その言葉には聞き覚えがある。私がこの世界に来た時に、冬長官から真っ先にかけられた疑いだ。
妖魔とは、意思を持って悪さをするためだけに存在するモノらしい。
だから、人間にとっては天災になるが、そこに悪意はない魃様は妖魔ではない。れっきとした、人間を愛する神様だ。悪意一〇〇%の人ならざるモノって考えたら良さそう。
そこで思い出す。
「あの、宮廷術士って人達がいるんじゃありませんでした?」
悪いものを払ってくれたり、封印してくれたりする人達だ。
梅さんを封印したのはムカつくけど。梅さん悪くないし!
すると、陛下と冬長官は互いに目配せたあと、渋面でこちらを見た。
「術士は結界を張ったり護符を作ったりと、外から守ることは得意なのだが、魔を祓える力はない。守護や守備ということに特化した者達だ」
「今回の場合、すでに皇后様の宮……もしくはお身体の中に入ったものを払うのは難しいらしい。せいぜいできて、容態が悪くなるのを遅くするくらいだと」
術士っていうからなんでもできるかと思ったけど、色々あるらしい。確かに、梅さんも祓ったわけじゃなくて、封印だったもんね。いや、封印自体間違ってるんだけど!
「後宮にいようと、巫女殿は《《後宮の住人》》でないことは重々承知している。このように個人的な願いなどするのは間違っているとも思う……っだが、どうか皇后を助けてくれ」
「陛下っ!?」
深々と頭を下げた陛下に、驚いて腰を浮かせてしまった。後ろにいた冬長官も、目をぎょっとさせて慌てて陛下を起こしている。
「こ、皇后様のことは絶対になんとかしますから、えっと、あの……なのでっ、大船に乗った気でいてください!」
陛下は「助かるよ」と上げた顔をクシャッとした。
私には、泣き笑いのように見えた。
◆
皇后様が住む皇后宮――またの名を、『玉衡宮』。
白瑞宮にも負けずとも劣らずの荘厳さがあり、後宮の主人に相応しい姿だった。ただ、仕える人の数が違うのか白瑞宮よりも殿舎の数が多く、また敷地も広大だ。
菜明を伴った私は、皇后様の侍女に案内されて寝殿へと辿り付いた。何枚もの薄布が高い天井から垂れ下がり、まるで優雅な迷路のようだった。
その奥、ようやく薄布の迷路を抜けた先に、彼女はいた。
天蓋付きの寝台には、やはり薄衣が四面に掛けられており、誰かが横たわっている影しか見えない。
「皇后様、白瑞の巫女様がおいでになりました」
侍女が声を掛けるが、返事はない。
部屋に入った時から思ったが、あまりにも誰かが生きているという気配がなかった。健康に問題がない私でも、この部屋に立っているだけで寒気がしてくる。
私は、腕に抱えた《《宝具》》にこそっと話しかける。
「白ちゃん。なんかこの部屋、空気がおかしい気がする……気持ち悪い」
「よくわかったのう。随分と妖魔の気が濃くなっておる」
宝具――頭から布を掛けられた白ちゃんも、私だけに聞こえるようにボソッと返事をする。
神様とかが持つ特別な力を持った道具を『宝具』って言うらしい。
どこからどう見ても子牛の白ちゃんは、下手すると『畜生』だからと立ち入りを止められる可能性があった。だから、白ちゃんに布をかけて姿を隠し、畜生ではなく宝具――巫女のなんかすごいありがたい道具として持ち込んでいた。
「集中して皇后様の様子が見たいので、部屋に誰も入らせないようにしてください」
侍女に伝え、部屋を出て行ってもらった。
部屋に私と菜明、そして白ちゃんだけになった。瞬間、白ちゃんは腕の中から飛び降り、勝手に寝台の薄布の内側へと着地した。
「なるほど」
そんな白ちゃんの声が天蓋の中から聞こえた。
「冬花様」と菜明に声を掛けられ、私は意を決する。嫌な気配が一番濃い寝台を確認するため、薄布を捲った。
現れた女性――皇后様は、すでに死んでいるのではと思うくらいに、顔が白かった。唇すら赤色が薄れて、まるで白粉を塗り間違ったみたいになっていた。
「皇后様のこんな姿を見たら、それは陛下も心配なさいますね」
一緒に覗き込んだ菜明は、手で口を覆っていた。
布団から出た腕は木の枝を思わせるほどに細く、痛々しさしか伝わってこない。万灯祭の時に見た、陛下と朗らかに笑いあい、肝が太いと思ったほどの皇后様は、ここにはいなかった。
「白ちゃん、原因の妖魔はわかる?」




