主従なんかよりもっと近い関係で
すっかり夏本番。魃様がいなくても、やっぱり夏は暑い。
こう暑いと、涼を求めてしまうのは人間の性だよね。
「ねえ、菜明。後宮の人達って、こんな暑い日はどうやって過ごしてるの?」
元の世界だと、扇風機やクーラーを使って部屋を冷やしたり、プールに行ったりして涼んでいたのだが、さすがにこの世界にはクーラーも扇風機も、プールすらもなさそうだ。
手で顔を仰ぎながら、菜明が「そうですね」と顎に指を沿わせる。
「后妃様達ですと、宮の奥に引っ込まれることが多いですね」
「ああ、宮の内側だと日が当たらない部屋があって涼しいもんね」
白瑞宮では、梅や食材の保管庫として使われている。
「そうですね。そこで侍女に仰ぐよう指示されたり、あとは氷を食されますね」
「えっ! 食べられる氷あるの!?」
聞けば、氷室の中には痛みやすい食材のために冷やす用の氷とは別に、食べられる氷もあるんだそうだ。でも、やはり貴重なものだから、誰それとは食べられないと。口にできるのは皇帝陛下や皇后様とか、上の人達だけらしい。
かき氷でも作ってやろうかと思ったけど、数に限りがありそうだし、そんな貴重なものを「ちょーだい」とはさすがに言えないよね。
白ちゃんの全知全能知識の中に、冷蔵庫の作り方がないのが悔やまれる。まあ、あったところで私には作れないんだけど。
(冷蔵庫って、日本でも昭和に入ってからのものだし、そんな技術の結晶みたいなのこっちじゃ無理か)
さすがは三種の神器のひとつ。簡単ではない。
「あとそうですね……お手軽な方法ですと冷桶ですね」
「冷桶? 水桶じゃなくて?」
「ふふ、見た目は水桶と一緒なんですけどね。使用方法がちょっと違うんですよ」
菜明は、少しお待ちをと言って、厨房の方へと消えていった。
そうして、次に広間に戻ってきた時には、両手で平桶を抱えていた。彼女が歩くたびに、チャプンと音がしていたから、中には水が張ってあるのだろう。
菜明はその桶を、ドスンと私の足元に置いた。音を聞くだけでも絶対に重かっただろうに、当の本人はケロッとしていた。毎日この広い白瑞宮を掃除したりして、あっちこっちに走り回っているだけあって、身体の丈夫さも伊達ではないのだろう。
「それでは冬花様、失礼しますね」
言うが早いか、私が返事をするよりも先に菜明は私の襦裙の裾を捲り上げ、目にも留まらぬ早さで、かつ、とても丁寧な手つきでスパスパッと靴を脱がせた。
「えー! ちょ、え!? 菜明!?」
脱がせた靴は椅子の脇に揃えて置かれる。さすがは侍女。女官長教育がはじまって、菜明の侍女力が容赦なく上がっている気がする。
ここまで来れば、目の前に置かれた水桶の利用法も予想が付くというもの。きっと、というか絶対にこの後、足を水桶に――。
「ひゃああああ――っっっ!」
「はい、どうぞー」と、にっこにこの菜明に、心の準備をする暇もなく水に足を入れられた。足湯ならぬ足水。
しかも、張ってある水はただの水ではない。井戸水!
あ、井戸水の冷たさを侮ってるよね?
常に日が当たらない深い深い場所にある水って、雪解け水くらい冷たいんだから。そこら辺を流れてる川に手を突っ込むのと大違い。
擬音で表すなら、ヒヤーンじゃない。キンキーンだ。
突然の冷たさに思わず身も縮まる。しかし、不思議なことに、ギュッと指を丸めていた足も冷たさに慣れ、開いてくる。こうなると、あとはむ涼を楽しむだけ。
「あぁ~気持ちい~」
「お気に召していただけ良かったです。やっぱり、冬花様でも最初は驚きますよね」
「私をなんだと思ってんのよ、菜明」
「白瑞の巫女様ですから、冷たさも良いあんばいに神々が調整されるのかと」
「つい最近、その神様が暑い暑いってへばってたんだから、私の足の体感温度なんて調整しないって」
そんな事細やかな気遣いをしてくれる、健康の神様みたいなのがいたら是非お願いしたい。だけど、この間の魃様との一件からするに、そんな都合の良い神様はいなさそうだ。いたら、真っ先に白ちゃんが呼んでる。
菜明は、笑いながら「それもそうですね」と言っていたから、やはり冗談だったようだ。
「ねえ、菜明も一緒に入ってよ」
「では、遠慮無くご一緒させていただきます」
桶の横に椅子を引っ張ってきて、彼女も靴を脱いで足を水に浸した。やっぱり最初は冷たいらしく、肩をすくめていた。
私が「どーだ」と胸を張ると、彼女は「なんで冬花様が威張るんですか」と笑った。
以前までの菜明なら、ご一緒するわけにはいきません、とか言って固辞していたはず。揺れる水面の下、大きさも形も違う足が並んでいる。
「……あのね、菜明。私、菜明が冗談言ったり、こうして一緒の桶に足をつけてくれたりして、とっても嬉しいんだ」
主従だから傍にいてくれてるわけじゃなくて、菜明の意思で傍にいてくれてるように感じられて、それがとても心を温かくした。
「私も、冬花様と一緒に過ごす毎日が何よりの幸福です」
目が合い、二人してはにかんでしまった。
そんな面映ゆい雰囲気の中、突然、コンコンと広間の扉が叩かれた。
扉の向こうに見える影は大きなものがひとつ。うん、もう誰か確認しなくても分かっちゃう自分が嫌。
「はーい、さっさとどうぞー」
どうせ入室の言葉と一緒に入ってくるのだろうし、私は先手を打って入室を許可する
菜明はというと、扉が叩かれて私が許可を出す数秒の間に、桶から飛び出し、靴を履いて、襦裙の裾を整えて何食わぬ顔で侍女然としていた。侍女のプロだ。
しかし、影は動かなかった。
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