あ~~~平和
「ではな。今回も美味かった、また来る」
おかわりを諦めた冬長官は、少し物足りなさそうに腹を撫でながら席を立った。
夜中だから腹六分目でいいの。
「いえ、来ないでください。ここは食堂じゃないんで」
「この時間だと食堂は閉まっていてな」
「人の話を聞いちゃいない……」
ここは深夜食堂でもないんだけど。
「冬長官って、いつも食べ損ねて顔色悪いですよね。だから鬼の長官なんて言われるんじゃないんですか? 少しは人間らしい生活を送ってください」
「好きで食いっぱぐれているわけではない。仕事が終わらないんだ」
わー社畜。
そう言えば、出会ったあの日も彼はお腹を空かせていた。
私と一緒にこの世界に飛ばされていたバッグから転がり出たお弁当を見て、お腹を鳴らしていたのだ。お弁当箱からこぼれたカレーチャーハンを見る目は、完全に獲物を狙う目だった。
このままでは危ないと思い――美男子がこぼれたチャーハンを手掴みで食べる姿なんて見たくない――その夜もこうして夜食を作ってあげたのだが、どうやら完全に彼の舌に気に入られてしまったらしい。
「私も料理するのは好きですし、こうして後宮に置いてもらってる身としては、何かしないとなと思っていたので。少しでも役に立ててるのなら良かったです」
「お前は……本当に白瑞の巫女なのか?」
「勝手に白ちゃんがそう言っただけで、私は普通の人間ですよ」
ド平民だが。
この国に生まれていたら、後宮など一生拝めない身分だ。
「へえ……普通、な」
冬長官は片口だけをあげて笑っていた。それはどういった感情なの……。
「ああ、そうだ。陛下への謁見の日取りが決まったぞ」
「あーやっとですか、良かった。それで、いつです?」
「明日だ」
「急すぎ!」
実は後宮に住んで一週間経つのだが、私はまだ後宮の主――皇帝への挨拶を済ませていない。本来ならば、ちゃんと挨拶してから住むのが礼儀だと思うけど、皇帝が忙しすぎて時間が取れなかったのだ。
もちろん、冬長官経由で住むことの了承はもらっている。けど、やっぱり挨拶文化が染みついてる日本人としては、きっちりと顔合わせはしておきたいよね。
なんだかこっそりと間借りしているような感じで、そろそろ肩身が狭いなと思っていたところだったから、いきなりで驚いたけど、ちょうど良いタイミングだ。
「分かりました――って、あれ!?」
考え込んでいる間に、冬長官はいつの間にか宮を出て行ってしまっていた。
本当、人の話をきかないな。
「さてと……それじゃあ私ももう寝よ」
床で、すぴーすぴーと愛らしい寝息を立てていた白ちゃんを抱き上げ、寝室へと向かう。
熊ほどの大きな犬が、今では私の腕に収まるくらいに小さい。
本来の姿では大きすぎて、一緒に白瑞宮で生活するには支障がでるため、行動しやすいような大きさになってもらっている。それに白ちゃん達神様は、人間の前に姿を現すのを好まないという話だった。
冬長官の前に現れたのは、私を助けるために不可抗力だったとのこと。自分がいることをあまり知られたくないらしい。
白ちゃんの丸い鼻先がヒクヒクしている。
指でちょっと押し上げてやると、フグフグッと速さが増す。
「かーわいいなあ、もうっ!」
大きいと犬にしか見えないのに、小さいと牛っぽくなるのはなぜなの。首にカウベルをつけたくなる愛らしさだ。
「……悪いな、冬花」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
腕の中で白い牛がもぞりと動いた。器用に前後の足を折りたたんで、腕に顎を乗せている。顎下の毛が温かくて柔らかくて腕が幸せだ。
「……勝手に連れてきてしまって……嫌な思いはしていないか?」
「え、まったく」
白ちゃんの顔は見えないが、寝ぼけていることを除いても声が小さい。きっと、申し訳ないとか思っているんだろう。
「どうせ、あのままあっちの世界にいたら死んでただろうし、むしろ白ちゃんが助けてくれたんだよ。それに、残っても向こうにはもう私の大切な人はいないし……ちょっと毎日が寂しいなって思ってたところだから良かったよ」
友達はいたし、会社の同期もいた。
だけど、私のことを本当に知っている人は誰もいなかった。話したところで気まずくするだけだし、そう思っている時点で壁を作っていたのだと思う。
「私は、料理ができて、それを食べてくれる人がいるだけで幸せなんだから」
「……そうか」
「さ、もう寝よ寝よ。明日の朝ご飯はなんだろうなあ」
「ワシは後宮の飯より、この間言っておった冬花の『ふれんちとぉすと』とやらが食べたいぞ」
「じゃあ、今度作ってあげるね」
この世界にパンってあるかな、などと考えながら、私は白ちゃんの温かさを感じつつ眠りについた。
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