やはり野に置け蓮華草
「ワシも、魚の干物や野菜ちっぷすとやらを食べたいのう」
なんともわざとらしい言い方だ。思わず、私が笑ってしまった。
「ということで、瑞獣様の希望を叶えるためにも、遠慮無く力を使っちゃってください」
「…………て」
「て?」
「手を、だな……」
「え、あぁっ、すみません! これじゃ力が使えませんよね」
そうだ、私ったら魃様の手を握ったままだった。
慌てて手を離したのだが、魃様は自由になった手をじっと眺めるばかり。
「お主……不用意に妾に触れて、火傷したらとは思わなかったのか」
「興奮して、そこまで考えなかったっていうか……。でも、確かに魃様の体温は高かったですけど、温かいなーって思う程度でしたよ。きっと、冬場だとちょうど良いかもですね」
彼女の手は、湯たんぽのようなじんわりとした温かさだった。
あ、良いこと思いついた。
「冬になったら抱きつかせてもらっても良いですか? 私冷え性なんですよねえ」
今から予約しておこう。旦那さんの雨師様に怒られないかが心配だけど、地上だし、見てないところならセーフってことで。
「だ、抱き……!? 白澤様、いったいこの娘は……」
「ククッ、ワシが選んだ巫女じゃ。どうだ、面白いだろう」
そんなに面白いことを言ったという自覚はないのだが、しかし、魃様と白ちゃんの様子を見る限り、何か異世界感覚とズレたことを言ってしまったのだろう。
面白いと言った白ちゃんの台詞を、魃様は手を見つめながら、咀嚼するように何度も呟いていた。
「確かに。こんなところに……こんな平和な場所に、妾の力の使い道があったとは……確かに、これは面白いな」
顔を上げた魃様は、はじめて見る自信たっぷりの笑みを顔に描いていた。
「良かろう、娘! とくと妾の力を目にするが良い!」
自信に満ちた強気美女が大きく袖を翻す姿は、とても格好よかった。
◆
瑞獣の霊廟だったという神聖で高貴な宮で今、もくもくと白い煙が立ち上っていた。
煙の発生場所一帯は香ばしい魚の匂いに包まれており、発生源である七輪には、魚の干物が横たわっている。神聖な場所にあっていい光景ではないことは確かだった。
「はぁ~、良い匂い」
しかし、そんなの知ったこっちゃない。今は私がこの宮の主である。高貴とはかけ離れた随分と庶民臭い光景だが、そもそも私が庶民だし致し方なし。
「後宮で魚をこうやって焼いた女人は、きっとお前が史上初だろうな」
「歴史に名を残せて嬉しいです」
「残るか」
隣に座る冬長官に頭を小突かれた。
今、私達は厨房の外にいた。さすがに厨房の中で七輪を使うわけにはいかず、こうして外に出て、炭火で干物を焼いているのだ。
隣にはなぜか冬長官もいる。一緒に座って七輪を覗き込む美男子というのは、なかなかに面白い光景だ。
「衣装に匂いが付くから、中に入ってたほうが良いと思いますけど」
「誰にも会う予定はないし構わん。むしろ、魚の匂いが付いていれば、宮女達も寄ってこまい。内侍省に戻る道のりもこれで安全だ」
「苦労してますねえ」
これがイケメンの宿命なのか。スター来日みたいなものだろうか。自分に好意を持った者達が次々と声を掛けてくる。うん、分からない。
「歩くだけで声が掛かるなんて経験したことないし、どんな感じなのか興味深いですね」
その台詞は、パタパタと団扇で七輪を適当に扇ぎながら適当に言っただけだったのだが。
「興味……俺のことが気になるのか?」
なぜか食いついてきた。
グッと隣から顔を寄せられ、「近っ」と、私の身体も傾く。
「えー? 冬長官が気になるってことじゃなくて、その状況がってことですよ」
「……ふぅん」
「ふぅんって……」
彼はただでさえ怜悧そうな切れ長の目をさらに細めて、身体を引いた。
なんなんだ、いったい。
「あ、でも冬長官みたいに大勢ってわけじゃないけど、私も歩いてる時に男子に声を掛けられたことあったなぁ」
ふと、記憶が蘇った。
「何っ」
「一緒に帰ろうって言われて……ふふっ、なんか今思い出してもちょっと照れくさいですね」
その時は、相手の男の子も私も顔が赤くなっていたと思う。はっきりとした言葉にはしないけど、薄らと漂う好意とでもいうのか。あれが、どうにもむずがゆかった。
性別なんか意識しなかった小学生時代を終え、お互い違う性別だということを意識しはじめた、いわゆる思春期。そんな男女間において、わざわざ『一緒』という言葉と時間を創出するのは、特別以外の何者でもなかった。
どういう意味で誘ってくれたのか。もしかして好きと言われるのか。言われたら私はどう返事しようか。そんなことを、触れそうで触れない手を意識しながら思っていたなあ。結局、その男の子とはその後も数回一緒に下校し、けど、付き合うことはなかった。
あの時、私から手を繋ごうとでも言っていたら何か変わったのか。今となってはどうにもならないが、青春の一ページはやはり思い出すだけで、ちょっと胸が甘くなる。
「あんな想いをすることは、きっとこの先もうないんでしょうね――ひゃっ!」
突然、冬長官に手首を掴まれた。
七輪を扇いでた団扇が止まり、炭火の熱気が顔のほうへと立ち上ってくる。
「あの、何か……」
「どいつだ」
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