表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/54

えっ、犬じゃないの???

『妖魔かどうかは分からんが、つまりお前は不審者ということだな』

『いや、不審者というか迷子というかですね。とりあえず、川への行き方を教えてもらえれば、自分で出て行きますんで……』

『不審者を大人しく逃がすと思ったか。陛下の後宮を騒がすことは許されん。俺直々に捕らえて、牢に入れてやるとしよう』

『だから不審者じゃないってば!』


 にやりと男は愉しそうに笑った。


(ひぃぃいいいいいッ! 話が全っ然通じない!)


 しかも嗜虐趣味まである。絶対、部下にネチネチいやみを言って、忘れた頃にもう一度釘刺してくるタイプだ。捕まったら最後、ねちっこい尋問とかされるに決まってる。地獄怖い!


 長い足を大きく動かし、男は足早にこちらへと向かってくる。

 逃げなければと分かっていても、混乱と動揺と恐怖で足が竦んで動けない。

 もうだめだ、と私はその場で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 しかし、男の手はいつまでも襲ってくることはなく……。

 そろりと目を開けたら、視界は白で埋め尽くされていた。体を柔らかく包む白は、毛足の長い毛布のようで心地好い。


『そこな人間、ワシの巫女を怖がらせるでない』


 頭上から声がした。

 見上げると、助けた犬とよく似た犬が私を腹に抱えているではないか。

 体を包んでいたのはこの犬の尻尾だったようだ。


(……ていうか、なんか……大きすぎない?)


 助けた犬は確かに大型犬でちょっと大きめだったが、それでも私の膝丈くらいの大きさだったはず。なのに、今私を守るように抱える犬は、私どころか、目の前で瞠目している男よりもはるかに大きい。

 違う犬かとも思ったが、額に朱色の模様がある犬などそうそういないだろう。というより、これは犬のくくりにしてオッケーなのか?


『この娘は、ワシの大切な巫女なのだからな』

『ちょっと待って。ワンちゃんが喋ってる』


 いや、犬じゃないかもしれないが。


『ワシは犬ではないが……』


 やっぱり。しかも、空から現れたように思うのだが。


『じゃあ、妖怪? 幽霊?』

『……ちょっと黙っておれ』


 なんだか呆れられたみたい。

 何者だろうなと思いつつも、言われたとおり大人しくする。

 そして、視線を向かいに戻すと、男がこれでもかというほど瞠目していた。


『そのお姿……っまさか、あなた様は瑞獣の白澤様では……!』

『いかにも。(しん)(よう)(かい)(おう)白澤とはワシのことだが』


 たちどころに、男は地面に膝を突ついて叩頭した。翻った袖が仰々しい音を立てる。


『失礼いたしました。私は清槐皇国で内侍省長官の役を賜っております、冬雷宗と申します。まさか……この国にお戻りになられていたとは……っ』

『勘違いするでない、雷宗。戻るかどうかはワシが決める。この娘はその試金石だ。言っている意味は分かるな?』

『はっ!』


 いや、私はまったく何も分からないんですが。

 ただ、牢に入れられる心配はない、ということだけは分かった。


 

 それから、白ちゃんと冬長官との間で勝手に話は進み、ひとまず私は、後宮の中にある白瑞宮に住むようにと言われた。

 どうやらここは地獄でも三途の川近辺でもなく、私が住んでいた世界とは全く違う世界らしい。

 異世界というやつだ、多分。

 そして、なぜひとりで後宮にいたかという理由も分かった。


 元の世界で事故にあう瞬間、白ちゃんが私を抱えて世界線を飛び越えたのだが、その途中でうっかり落としてしまったらしい。

 うっかりで人を落とさないでほしい。死ななくて良かった。

 それで、私が落ちた先が、偶然にも目的地である清槐皇国の後宮だったようで、ちょうどいいからそのまま住めと言われたのだ。適当すぎやしない?

 私は全然何もオーライじゃないけど、まあ、これが一週間前の出来事。


 それからは特に何か命令されることもなく、私は白ちゃんが連れてきたってことで『白瑞の巫女』なんて呼ばれて、白瑞宮の中で自由に過ごさせてもらっている。

(安定的な衣食住があるなら、別に異世界でもいっか)

 むしろ、後宮でこんなにスローライフさせてもらえて良いのだろうかと心配になるほど、平穏な日々を過ごしている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ