美味しい匂いにつられてやって来たのは?
「これは……魚か? いやそれにしては、まろやかな酸味が……」
二人はちょっとずつおにぎりを食べ進め、中にあるものを確かめていた。
「それはマヨ魚です」
「マヨ魚!?」と、二人は異口同音に素っ頓狂な声を出した。
魚(多分、川魚)があったから、それを塩焼きして身をほぐして手作りマヨネーズと絡めた、なんちゃってシーチ●ン。
魚の皮がパリッパリになるまで焼いたから、スモーキーな香ばしさもある一度で二度美味しい一品に仕上がった。
あの、皮目を焼く時のパチッ、パチッという皮が焼けて弾ける乾いた音。そして、裏返して身を焼いた時、したたり落ちた脂が炭火に落ちて、ジュワッと白煙と共に食欲を刺激する音と香り。その様子だけでご飯三杯は食べられる。
そして、今回はただの焼き魚じゃなくて、さらにひと工夫。おにぎりの具は別にただの塩魚だけでも良かったけど、ちょっと二人を驚かせたかったのだ。
この世界にはマヨネーズなど当然ない。
あの美味しさを知らないのは、人生三割損していると常々思っていたところだ。だから、今回使ってみたが、二人とも初めての味に興奮しているのを見ると、計画は成功だったようだ。
マヨネーズは、酢と卵(黄身)と塩と油さえあれば簡単に作れる。全部の材料をよーく混ぜたら出来上がり。
今回は魚の塩気を邪魔しないように酢は控えめにした。手作りマヨネーズの良いところは、合わせる食材によって味を調整できるところなんだよね。
「あとは、甘たまとスタミナ焼き鳥です」
「甘たま、ですか?」
「そ。甘い味付けの卵焼きのこと」
やっぱり、お弁当のおかずと言ったら甘い卵焼きでしょ(偏見)。
それと、鶏肉もあったから、もも部分をぶつ切りにして、にんにくと砂糖と醤を混ぜた特性味噌を塗り、串を刺して直火。そこに山椒の実をすりつぶしたものをパラパラかけて完成。
濃いめの甘辛い味とにんにくの香り、そして山椒のピリッと痺れる刺激でご飯が進む。なんと言っても、甘辛い味噌が焦げた香ばしさがたまらないし、お酒にもあう。ポイントは、直火の時に皮から焼くこと。これによって皮はパリパリになるし、皮が肉汁がこぼれるのを防いでくれるから、口に入れた時にジュワッと濃厚な肉汁が広がるんだ。
結構大きなおにぎりを六つ作っていたのに、もりもりとなくなっていく。
「甘い辛い甘い辛いで……むぐっ……手が止まりません……!」
「喉に詰めないでね、菜明」
二つ目のおにぎりも完食しそうな勢いの菜明と、無言でひたすら竹籠の中身を減らしていく冬長官。
「うまっ」と漏れ出たように言う姿は、ちょっと嬉しい。
「って、私も食べないと」
なくなっちゃう――と竹籠を覗いたら、私の分のおにぎりをヒョイと取っていく手があった。
「ちょっと、冬長官。食い意地が張りすぎで――」
「へえ、確かにこの握り飯は美味いな」
「――ひゃあ! だ、誰ですか!?」
おにぎりを攫っていった手の主へと顔を向ければ、そこにいたのは見たこともない男の人だった。
いや、『人』ではない。
だって、頭に角が二本ニョキッと生えているんだもん。さすがに冬長官が鬼と呼ばれているからって、頭に突然角が生えるわけがない。
男は、池の縁にあった平岩に、胡坐をかいて平然としておにぎりを食べていた。
「――っ誰だ!」
冬長官に腕を引っ張られ、背に隠される。庇うようにして男との間に立ちはだかった彼の手は、傍らに置いていた剣をいつの間にか掴んでいた。
「こらこら待て待て、握り飯をひとつもらっただけだろ。そうカッカしなさんな、色男さんよ」
指に付いた米粒をペロリと食べる姿から剣呑さはまるで感じられず、思わず拍子抜けしてしまう。どうやら害意はなさそうだ。
「俺は殺生鬼という。変わったことをやっている人間がいて、つい声をかけたくなったんだ」
頭の角から予想はしていたがやはり鬼だった。
彼の名前を聞いた瞬間、冬長官が剣を下ろしたので理由を聞けば、鬼は悪いものではなく鬼神という神の分類なのだとか。
そう言われてみると、確かに燃えるように真っ赤な髪は短く綺麗に整えられているし、身に纏っているものも汚れやほつれひとつない白さで、洗練された清潔感がある。顔にも、鬼と聞いて想像するような陰惨さはない。
もしかして、この池の守り神様かと聞いてみたが、彼――殺生鬼様は顔の前で手を横に振った。
「じゃあ、どうしてこんな場所にいたんですか。この池はお世辞にも綺麗とは言えませんし、神様がいる場所には相応しくないんじゃ……」
「待ち人がいるんだよ」




