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このピリッと味がクセになる

 厨房にクツクツと沸騰する音と、立ち上る塩味のある香りが充満する。


「……まだか?」

「うひゃっ!?」


 いきなり気配なく背後から声を掛けられ、飛び上がってしまった。

 冬長官は、驚きすぎだろと不思議そうな顔をしているが、誰だって背後からいきなり声を掛けられたらこうなると思う。

 しかも、足音も衣擦れの音もなかったし、どこの忍びかな?


「あとどれくらいでできるんだ」

「も、もうすぐですから! あっちで座って待っててください」

「そろそろ俺も限界だぞ」

「なんで冬長官のほうが偉そうなんですか」


 肩口から鍋を覗き込んでいた冬長官を反転させ、グイグイと隣の部屋へと押し込む。

 楽しみにしてもらえるのは嬉しいけど、あんなにじっと見られてたんじゃ、料理に集中できないっての。

 自分よりも二十センチは背の高い冬長官を、なんとか押し込めて、さっさと鍋の前に戻る。


「まったく……初対面で剣を向けてきた人間とは思えないわ……」


 鍋には、茹だった牛乳と米が入っている。お粥の牛乳バージョンだ。牛乳でお粥と言うと驚かれるけど、スープの多いリゾットと考えればあり得る組み合わせである。

 そこに豆味噌の(じゃん)と塩と生姜で味を調えていく。

 ふんわりと牛乳のまろやかな香りが漂う中、醤の塩気とちょっと甘みのある匂いが立ち上る。どうして甘塩っぱい匂いってこうもお腹を刺激するのか。鼻から吸い込まれた香りは、口の中にも広がり疑似うまみを堪能する。もう香りだけでも美味しい。正直これは拷問だと思う。


 パラパラしていた米は、水分を含んでふっくら丸々となり、ゆっくりと鍋を混ぜると米のとろみで線が描かれる。そこにまたたらした醤が流れ落ちて、白と茶色の美味しそうな螺旋になる。ぷくっぷくっ、と粘度のある気泡が現れては弾け、その度に香りまで弾けて唾を飲んでしまった。


 最後に、溶いた卵を蜘蛛の糸を垂らすように細く流し入れる。ちゃぷんと白と茶色の螺旋の中に黄色が潜り込んでいく。あれ? 卵はどこに消えたのかな? なんて思っていると、底からスイートピーのようなふわふわとした黄色い花が螺旋の中に浮かんできた。一本の黄色い線だった卵が花開くこの瞬間は、さながら花農家並みの感動がある。


「そして、最後に刻んだ葱をふりかけて……完成!」


 乳白色のスープに醤の茶色が味気を加え、黄色い羽衣そして鮮やかな緑色の葱が美しさを加えていた。見た目だけですでに美味しそう。

 さっそく、隣の部屋でまだかまだかと待っている彼に持っていけば、すでに自分でレンゲを用意して待っていた。

 これが、周囲に鬼の長官と言われている人だとは信じられない。まあ、確かに出会った時は鬼だったけど。


「粥……か?」

「そうです、牛乳のお粥です。夜食なんで胃の負担にならないものにしました」

「牛乳粥とはまた不思議なものを……」

「文句はいいんで、お腹空いてるならまずはひと口食べてくださいよ」


 ぶつくさ言いながらも、彼はレンゲですくった牛乳粥をパクリと口に入れた。


「――んんっ!」


 たちまち、先ほどまで訝しげに眇められていた目が、ぱっちりと開いて輝きだす。もう、顔が『美味い』と言っていた。

 分かる分かる。お腹が減っている時の食事ほど美味しいものはない。しかも、そこに人間を魅了して止まない魔の味付けである『甘塩っぱい』が与えられれば、言葉も失うというもの。本当は色々と感想を聞きたいところだけど、食に集中してこちらを一瞥もしない彼の姿勢に免じて、黙って見届けてあげよう。


 彼はその後ひと言も喋ることなく、夢中でレンゲを口に運び、あっという間に皿を空にしてしまった。わあ、米の一粒も残っていない。

 そして、注いだ水を一瞬で飲み干し、そこでようやく落ち着いたらしい。


「牛乳と聞いて、多少の臭みがあるものと覚悟していたが、まったくなくて驚いた」

「すった生姜を少しだけ入れたんです。それと、やっぱり(じゃん)のおかげですね」


 豆味噌の醤は塩味のほかにほのかな甘みがあり、さらに香りも強い。

 食べた後に舌にピリリと残る刺激的な風味は醤の塩気だ。しかし、刺激的な味だと言っても尖った味ではない。牛乳がまろやかで優しい味に仕上げてくれている。


 とろりと舌の上でとろける優しい風味の粥に、塩味が時折顔を覗かせる。一度食べたら手が止まらなくなるやつだ。



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